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多文化共生時代における学生主体国際交流プログラムの考察

(2020年3月17日火曜日)

1)論文について

 先日、「多文化共生時代における学生主体国際交流プログラムの考察」(URL;https://repository.tku.ac.jp/dspace/bitstream/11150/11446/1/jinbun146-06.pdf)というタイトルで、活動を共にする大瀬朝楓さんと共同で発表した。

 本稿は2008年度から取り組んできた南アジア・東南アジア諸国での国際交流活動を、とりわけ活動が活発だったネパールとベトナムでの取り組みを例にとりながら総括したものである。

 時間がある時にぜひ論文を読んでもらいたいが、下記にも要約を載せておく。

2)論文の要約

⑴日本社会の現状

 この論文は2008年以来取り組んできた学生主体の異文化交流プログラムについての総括である。
 現在日本は国際競争力の低下、少子高齢化による労働者不足が深刻となっている。社会を支えるために「外国人労働者」に助けを求めるしか他にない状況に追い込まれ、大量の外国人が日本に押し寄せつつある。
 例えば東京都には2019年1月1日の段階で55万人以上の外国人が居住している。新宿区に限ればおよそ人口の12%が在住外国人であり、出身国の内訳をみるとベトナムやネパールなどのアジア圏の多様化が著しい。
 一方、島国で暮らしてきた私たち日本人は文化多様性の視点が必ずしも豊富とは言えない。社会からは戸惑いの声が上がっているのが現状である。

⑵多文化共生

 グローバル化が進展した現在、従来の国境を超えた人や文化の交流が促進されるようになった。これらの文化の接触は文化間の摩擦をも引き起こす可能性がある。その文化間の軋轢を軽減する流れで登場したのが、「多文化共生」である。
 「多文化共生」は、もともとアメリカやカナダ、オーストラリアなど移民国家で発祥した概念である。
 さらに西洋文明中心の教育から脱却し、多様な歴史や文化を承認しながら異なる文化背景を持つ人々を尊重する態度としてアメリカで注目され始めた。(小川,2015 )
 日本においても,1990年代からブラジルなど南アメリカ諸国から移住してきた日系人やアジア諸国からの移住者が増え始めたことをきっかけに「多文化共生」という用語が使われ始めた。ただし,この用語は日本が起源と言われており西洋の「多文化主義」とは少し意味合いが異なるため英語にも翻訳しづらい(モハーチ,今井,2016))。

⑶「多文化共生」の教育での実践

 多文化共生の考え方は教育界においても注目される。文部科学省は,「広い視野を持って異文化を理解し尊重する態度を育成するとともに,日本の伝統や文化について理解を深めること」を教育目標の一つに掲げた。この流れに沿うように,海外研修や国際交流プログラムを行う高等教育機関や団体が増え,実践報告も多くなされるようになってきた。
 ただし,ただし著者の知る限りその多くは大学側や団体側によって活動内容まで細かく規定されたプログラムに学生が参加する受動的形態のプログラムに留まっているのが実態である。さらに,学習者主体の海外研修プログラムの実施やその考察は皆無と言っても過言ではない。
 そこで本稿では,著者たちが11 年間学生たちと共に取り組んできた学習者主体の国際学生交流プログラムを,ネパールとベトナムでのプログラムに特化して,プログラム発案段階から具体的な活動内容に至るまで詳述した。
 この時の学生主体の国際交流団体はAAEEである。次の項目ではAAEEについて述べる。

⑷国際交流プログラムの運営主体

 国際交流プログラムの運営主体はアジア教育交流研究機構(AAEE)であり、すべてのプログラムはAAEEが独自に開発したメソッドに基づいて形成される(詳細はAAEEのウェブページ参照のこと)。
 「グローバル人材の育成」を掲げ、とりわけ東南アジア・南アジア地域での学生交流・教育交流を積極的に推進することを志す有志団体として「アジア教育交流研究会」を発足したことが団体の端緒となる。当初は世界の未来について一緒に学び語り合う勉強会的な発想だった。
 プログラム内容は徐々に発展し、2012年以降日本の学生と開催国の学生が一定期間(2週間)寝食を共にして、参加者の多文化理解能力を高めると同時に、将来国際社会で活躍する際に共同で取り組むパートナーになれるような深い友情を育むことを目的とするものに変化している。
 2008年以降ネパール、インド、タイ、ベトナムなどアジア各国で開催されている国際交流プログラムで、ベトナムとネパールでの開催が主となっている。

⑸国際交流プログラムの流れ

 プログラムでは単に2週間交流することに留まらず、渡航前の綿密な事前準備や帰国後の報告会イベントを行うことで学習効果を最大限高めている。交流中は現地の学生と寝食を共にし、逃げ場のない状況で非日常の様々な異文化が目の前に出現し混乱しがちである。事前に相手文化の知識を得ること、事後に交流の振り返りを真剣に行うことで学びを深化させることを意図している。

・ 事前準備
事前準備は、渡航前に3ヶ月かけて次の三つを行う。それは、日本人参加者間の友好関係の構築すること、プログラム開催国への理解を深めること、自文化に対する理解を深めることである。

・国際交流
・報告会イベント
プログラム終了後の数ヶ月以内に日本国内で報告会を開催している。
参加した学生たちの学びの深化のみならず、経済的事情などでプログラムに参加できなかった学生たちも異文化理解の学びの機会提供という側面もある。

⑹「交流」を通じた異文化学習

 実際に交流を経験した学生たちの声を踏まえて、参加学生が何を学び・得たのかについて述べる。

①異文化理解
 他者との交流を通じて、机上の学びに止まらない異文化理解を深めることとなっている。例えばベトナムの場合は、実際に現地の学生と触れ合うことで社会の制度にまで思いを馳せるきっかけをとなることもある。
 以下にベトナムプログラムに参加した学生のインタビューを引用する。

 「ビンフック省での滞在中,わたしたち日本人の知らないところでベトナム参加者たちはベトナム政府に対して,怒りを覚えていた。彼らが怒りを覚えていたのは,あらかじめ決められていたスケジュールの変更を繰り返し行ったからである。わたしたち参加者が準備をしていたプレゼンテーションの実施が危うくなったことや,ホストファミリーとのクッキングコンテストの時間の短縮など,様々な要因が挙げられる。日本人参加者がこの事実を知ったのは,ビンフック省での滞在の終盤にさしかかったところだった。わたしは,なにか慰めの言葉をかけることができたわけでもなく,ただただベトナム参加者の言葉を聞くことしかできなかった。これが,社会主義国家での生活なのだと感じた。(ベトナムプログラム参加学生)」

 参加学生は机上で学んだ漠然とした(時に他者に対するステレオタイプ的な)知識が,交流や体験を通して自身の心に繫がる学びとなっていることがうかがえる。

②自文化理解
 また、異文化と触れ合うことで己の文化と向き合うきっかけともなりえる。
 例えばネパールを訪問した日本学生は、ネパールの学生が自国の歴史や文化、宗教について深い造詣を有している事実に遭遇し、「果たして自分は自国の文化をこんなにしっかりと説明できるだろうか」と内省するきっかけとなった。

⑺異文化コミュニケーション学習

  異文化コミュニケーションではどちらか一方的に理解を促進するのではなく、相互関係の中で尊重する気持ちを持ちながら行われることが重要である。
 実際に国際交流に参加した学生が異文化コミュニケーションから学んでいるのは大きく以下の三点であると思われる。

①他者を尊重する態度
 相手との違いを尊重しながらコミュニケーションをとる態度である。例えば、参加学生の中には英語でのコミュニケーションがうまくいかなかった体験を通じて「英語が話せるし、通じるだろう」と思っていた自らの固定観念に気づくきっかけとなった者もいる。

②積極性
 コミュニケーションに対する積極性である。
 積極的な姿勢を持ち、自ら行動を起こすことが他者との交流や深い学びにつながっていく。
 英語でコミュニケーションをとることに最初は苦手意識を持っていた学生でも、大切なのは英語の得手不得手だけではなく、物事や相手に対しての興味や疑問を抱き、積極的にコミュニケーションを図る姿勢が重要であることを学んでいる。

③非言語コミュニケーション
 友好関係を構築し、交流を円滑に進めていく上で、適切な非言語コミュニケーションは有効となる。
 特に、英語でのコミュニケーションに苦手意識を持っている学生の場合、ダンスや歌などが自分の殻を打ち破り、交流を促進するきっかけとなっていることがうかがえる。

⑻特定課題

 文化交流による異文化理解だけでなく,グローバル・イシューに関するアカデミックな観点での交流を促進するため「特定課題」を設定するようになった。
 特定課題とは学びの効果を深める目的で、国際交流中に行われる課題である。
 例えば、2018年度ベトナム―日本学生交流プログラムでは「貧困と教育」をテーマとした。参加学生は,ベトナム各地の学校を訪問しティーチング活動やインタビュー調査を行なったり,現地に暮らす少数民族の人々の貧困調査活動を行なったりした。また2019年のVJEP では「持続可能な社会と環境」をテーマに,プログラム終盤で環境に配慮した持続可能なビジネスモデルをグループごとに提案した。これは主に参加学生の要請によるものであり,年を重ねるごとにプログラム全体の中でこの調査に関わる活動の割合は増えていくこととなった。
 国際交流場面におけるこの類の活動はやりがいもある反面難易度も高まる。結果,困難を極める場面にも少なからず遭遇した。

⑼おわりに

  参加学生は肌で交流相手の文化を体験することができ、同世代の他国の学生とのコミュニケーションによって刺激を受け成長の活力に変えることができている。
 今後の課題としては、プログラムごとにテーマを設けて特定課題調査を行うにあたってはいくつかの改善の余地が見られる。

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