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【小説】似せ俳優 2話 依頼「親父にカミングアウトするから彼氏のふりをしてほしい」

「ここには二度と帰ってくるな。顔も見たくない。」

僕の隣で親が子を全力で殴った。
ただしさんは殴られた頬を押さえ畳に
うずくまったまま。
お父さんは殴った自分の手を庇いながら
息が荒くなっている。
はっきり言って居心地は最悪。
ただ僕は今でも不思議だ。
何であの時あんな言葉が出たんだろう。

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「OK!ここまでにしよう!延長料金
かかっちゃうからあと10分で撤収ね!

携帯を確認しながら誰よりも早く着替える吉永さん。
顎髭は稽古前より伸びている気がする。
20時50分。あと10分を超えると
レンタルスタジオの使用料に延長料金が
加算されてしまう為、劇団員は急いで着替えや掃除に取り掛かる。

劇団サンクチュアリの舞台もあと1か月を
切った。というのに僕はまだ演じる
コンビニ店員の役の特徴を掴みきれずにいた。こだわりと呼べるか分からない演技
プランなんてのがあるわけでもなく。

5年前大学入試や就職先を探す忙しい
周りを横目に僕は焦りは皆無で
かたや夢を追っかけてとかそういうことでもなく
下北沢に行きこの劇団サンクチュアリの
舞台を観た。
知らない舞台の知らない俳優達のこの世界を僕は知りたくなったのだ。

そして現在は「俳優」という肩書に
腰かけているだけ。
焦りは皆無ではなくなっていた。

レンタルスタジオを出て劇団員に
別れを告げ
新代田駅方面の家に戻りたいが遅刻してしまう為、僕はそのままバイト先の新宿に向かった。

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新宿歌舞伎町のど真ん中の映画館に備
え付けられた
ゴジラの左足付け根にある
「BAR MOON」
店内はカウンター6席、奥に4人座れるボックス席があり

黒を基調とした壁紙でママが好きな
UKロックアーテイストのポスターが
壁のあちこちに張られている。
BARというよりどちらかというとスナックに雰囲気が近い。

「れいと。2日連続遅刻て、アンタしばくで?」
染めたてなのか赤髪坊主のママのヘアスタイルはもはや見た目リンゴだった。
僕に向けられたママの中指は子供には
見せれないよからぬ方向を指している。
そしてママは男性が好きな男性だ。

遅刻に対して平謝りをし
カウンター内に入ると
その一連の流れを見ていたただしさんは
ウーロン茶を飲みながら何故か笑っている。

ただしさんは30歳。このお店の鼻の先のお店の焼き肉店の店長さんだ。
お店に来るときはいつもラフなTシャツにジーパン姿。今風なサイドを刈り上げた
ツーブロックの黒髪で短髪。ジェルで髪を綺麗にまとめあげている
そしてママと同じ男性が好きな男性だ。
しかしママと違う所は言葉遣い、見た目、仕草に品がある。
カミングアウトされるまで僕は全く気付かなかった。

「ただし!私に相談しても結局決めるのはアンタなんやから。実際どうなん?」
ママの電子タバコの煙が横にいる僕の顔にかかる。

「うーん。親父にはいつか言わなきゃいけないとは思ってるんだけどね。」

ただしさんは山梨県出身で実家には
父親が1人で住んでいる。
父親は昔堅気で小さい頃はよく
しつけの一環として口よりも先に手が出るタイプだったらしい。
反抗期がなく父親には一度も反抗したことがないとのこと。

最近は早く結婚し親を安心させろと
頻繁に連絡が来るらしい。
ただしさんは30歳の節目に自身のことを
カミングアウトしようか迷っているという。
マッチングアプリで出会い2年付き合った彼氏がいたが彼氏の方から別れを切り出され別れてしまったらしい。

「れいとくん。まさえさんから話を聞いたんだ。何でも演じてくれる便利屋みたいなことしてるんだよね?

噂ってのは膨れ上がると本当に怖いものだ。情報はまず疑えってまさにこのことで。

「こないだのまさえの時うまくいったやん?演技の経験値上がるやんけ」
ママの小声が僕の耳を伝わり僕は天井のライトを見つめ、店内のBGMで流れるロックを
ただただ聴いていた。

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山梨県甲府駅。昼の12時を少し回り、
天気は快晴。

僕は駅前のロータリーでただしさんを待っている。
乗り気じゃない僕の気持ちなんかおかまいなしに飛行機が空を気持ちよさそうに飛んでいる。

「れいと君待った?本当にごめんよ引き受けてもらっちゃって。」
申し訳なさそうに言うただしさんはいつもの白のTシャツにジーンズではなく
ビシッと決めた紺色のスーツ。スーツ姿を初めて見たからかいつもより若々しく見える。
髪はいつものジェルが多めのせいか陽の当たりが相まってツヤが凄い。

2人でただしさんの軽自動車に乗り車内のBGMは陽気なJポップが流れている。

僕とただしさんは家に向かう道中綿密に
作戦を立てた。
まずはお父さんには僕を男友達ということで紹介する。

そしてタイミングを見てただしさんが
ゲイだとカミングアウトし、
僕はただしさんとお付き合いしてる
彼氏だと伝える流れ。
今日は無理に説得はしない、
お父さんの意見を尊重し肯定し続ける。

「れいと君いて心強いよ。よし。何か言える気がしてきた。言える、俺は言える。」
運転をしながらただしさんは呟いた。僕に語り掛けるように自身に言い聞かせているようだった。その声は明らかに震えていた。

甲府駅を出て20分ぐらい経ったろうか
ただしさんの実家に到着した。
家は古風な1件屋で横には一面に田んぼが広がっている。
周りはそれを囲むように山。山。山。種類は分からないが
鳥の鳴き声がどこからか聞こえてくる。

玄関まで行くと表札で「横溝」と書いてある。
今さらながら僕はただしさんの苗字を初めて知った。

「ただいまー」
ただしさんは恐る恐る家に入り居間へと進み障子を空ける。
10畳ぐらいの畳のど真ん中にちゃぶ台がありその上に新聞紙が置いてある。
テレビはつけっぱなしで昼の情報番組だろうか芸能人のスキャンダルが流れている。
部屋の片隅に掛け軸がかけてあり滝の絵のようだ。

その横には女性の遺影が飾られている。きっとただしさんのお母さんだろう。
畳独特の匂いがほんのりする。

奥の部屋から物音がして障子が開いた。これは着物?和服?を着た厳格だと見た目で分かる仏頂面のただしさんのお父さんだ。
僕達をちらっと見てすぐに目をそらした。あまりただしさんには似ていない。

「帰ってくるなら連絡ぐらいしろ。誰だその人は?」
ちゃぶ台の前に座りあぐらをかき、新聞を読み始めた。

僕達はゆっくりお父さんの向かいに座った。
ただしさんの方に目をやると額からでた汗が頬まで垂れていた。
正座をし膝の上に置いた握りこぶしは力が入っているのが見ただけで分かる。
お父さんの表情は新聞で隠れていて分からない。

「あ、親父…。実は俺、この人と真剣に付き合ってるんだ。」

タイミング早い!車内で緻密に立てた作戦はものの数分で崩れた。
僕は思わずただしさんの顔をガン見してしまった。

新聞をめくるお父さんの手は止まり、新聞から顔だけ出す。仏頂面のまま。
「冗談はいいからどうするんだ?」

そしてただしさんは少し間を置き威勢よく話した。
「親父!俺、れいとと真剣に付き合ってる。
ほら!今、同性の恋愛も徐々に認められ…」

お父さんは新聞を置きちゃぶ台の上をまたいで勢いよくただしさんの顔面を殴った。
うずくまるただしさんに馬乗りになり
無言で何度も何度も殴った。
僕は一瞬のことで動けなかったが我に返り止めに入った。
お父さんは乱れた和服を手直しし
殴った手をかばいながら息は荒くなっている。
「ここには二度と帰ってくるな顔も見たくない。」

ただしさんはうずくまったまま。

今でも分からないが僕は自然とお父さんに対し言葉が出ていた。
「好きになったのが男性だっただけじゃないですか?」

新聞を再び読もうと座るお父さんは僕の言葉にまくしたてるように言い返してくる

「他人の君には関係ない!男が好きだ?
結婚はどうする?」

ちゃぶ台を叩き怒りをあらわにするお父さんに僕はあえて冷静に話し始める。

「考えられないじゃなく、まず一度落ち着いて考えてみてください。
お父さんだって奥さんの事を愛したんでしょ?その愛した人の間に出来たのがただしさんでしょ?
何でそのただしさんの愛するものを愛してあげないんですか?」

愛してるなんて言葉初めて使ったかもしれない。

お父さんは立ち上がった。僕は反射的に奥歯を噛みしめた。

「こいつの幸せの為を思って私は言ってるんだ!」
お父さんはうずくまるただしさんを指し
僕に対峙する。

「それってただしさんのでなく、お父さん自身の幸せの為ですよね?エゴですよね?
理解しろとは言いません。理解しようと
努力してみてください!」
僕はエゴ丸出しの意見をぶつけていた。

お父さんは僕の上着の首元を掴んだ。
「君は他人だから世間体とか気にせずずかずか言えるんだ!」

僕の上着は伸びきっていながらも気にせず反論した。
「僕は他人だから世間体の1意見です!」

僕は吹っ飛んだ。速すぎて見えなかったが殴られたんだろう。
アドレナリンが出ているからか痛くはなかったが殴られた箇所を確認すると
出血していた。

ただしさんはお父さんを突き飛ばした。
「俺は物じゃない。あんたの人生の一部じゃない。
ただしさんは30年間で初めて父親に反抗した。

お父さんはあっけに取られた表情を見せ、何も言わず奥の遺影に目をやった。
『ただし。お前は俺に似ていない。何故だか分かるか?』

お父さんは逆カミングアウトをし、また新聞に目をやった。
ただしさんは何かを悟ったかのように笑顔のまま涙をこぼしていた。

帰りの車内で僕は後悔していた。ただしさんに何度も謝罪をしていた。
車から流れるJポップを口ずさんでいるただしさんは一仕事終えたような
清々しい顔をしていた。

「いいんだ。気付けたんだ。親父に認めてもらいたいんじゃなくて
親父にカミングアウト出来ていない、隠してる自分自身を認められなかったんだって。
れいとくんがいてくれたから言えたんだと思う。」

赤信号で停止してる車内、ただしさんは僕の目をじっと見つめた。

「ただ…俺前髪系がタイプだかられいと君タイプじゃないんだごめん。」

僕は告白してもないのに振られた自分を認めたくはなかった。

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