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【イタリア】5月4日 規制緩和での変化

8週間のトンネルを抜けて


3度のロックダウン延長の末、
コンテ首相は、これ以上経済を停滞させられないと、
5月4日から段階的に規制を緩和すると発表した。

感染者がそれほど多くないトスカーナ州では、
5月1日から徒歩や自転車での外出許可が出た。
私の住む街は、大多数が海と共に育っている。
年中、海へ日光浴や海水浴をして過ごす。
気温が20度を越えるこの時期は、泳ぐ人は少なくない。

ということで、地元の新聞には、
海岸通りに溢れる市民の姿があった。
ソーシャルディスタンスの確保ができていたのかと
疑うほどの密集率だった。

それと同時に、
好き勝手行動する人がどの街にも存在するが、
車やバイクに乗った人はいなかったと、
秩序ある行動をした市民を讃えていた。
一方で、自転車の多さにアムステルダムの様だと綴る記者も。
確かにアムスは車より自転車に注意が必要だった。

賑やかさを取り戻した週末を経て、
5月4日(月)にイタリア全土で規制緩和となった。

規制緩和で何が変わった?

朝、窓を開けると車の行き交う音に驚いた。
街が動いている!静けさに慣れていたのだと気づく。

さて、どのように緩和されたかというと、

*健康上においての外出
*プロアマ問わず屋外の個人で行うスポーツ
*公園の開放(入場制限有り)
*馬や犬の調教
*ボートやヨット(二人乗りのみ可)
*別荘やキャンピングカーなどの手入れや修理
*お墓参り
*陸からの釣り
*個人のトレッキング(車移動可)
*個人の引っ越し
*市民農園・きのこ狩り(←ピンポイントさに微笑んでしまう)

いずれの行動もマスク着用や2m以上の距離を置き、
家に戻ることが義務付けされている。

学校は、年齢層の高い先生もいることから、
9月の新学期まで休校となっている。

この他、商業について

建設業や製造業、卸売業など再開。
飲食店は持ち帰りや配達のみ可能。
ニュースによると、
400万人が復帰するとみられている。

我が夫が努めていた会社は、輸出入に関する仕事だが、
一部の人のみの再開で、仕事量は少ないようだ。
まだ本契約してもらえるかどうかまで至っていない。
ヨーロッパ内の企業や個人からの注文や配送を行うため、
イタリアのみの規制緩和であっても、
近隣国が可動しなければ、フル回転はまだ先なのかもしれない。
EUという市場の大きさを改めて認識することになった。

商人によるデモ

4日の地元紙を見てみると、
経営者や労働者によるデモが発生していた。
営業が未だ再開しないレストラン、バール、
美容室、エステ、衣料品店のほか、
仕事に戻ることのできない人など200人が
大聖堂前から市役所まで静かな抗議した。
中でも、籐でできた籠に各々店の鍵を投入し
市長に手渡したことは、事の重みを感じたであろう。

地元紙QuiLivornoより

彼らが訴えたのは、
営業再開できないこと、税金の支払い、
再開準備など、財政支援がないまま営業はできないと抗議。
政府は5月18日に再開する方針を明らかにしているが、
このままでは、開けることは厳しく、
閉店したままになってしまうと。

市長は、代表者と何時間にも渡り話合ったが結論は出ず。
「首相令を覆すことや歯向うことはできない。
皆の要求を満たせるよう可能な限りのことをする」と語った。

これ以外の活動は未だ行うことはできない。
つまり、イベントや集会はもちろん、
美術館やミュージアム、テアトロなどの芸術鑑賞、
外出先での自由な行動は許されていない。


とは言え、前述したように、
この街の人は、海を切って離すことが難しい。
秘密の隠れ場で、泳いだ人もいたそうな。

外出証明書を携帯せよ

不要不急の外出以外に、
今日から、健康のために堂々と出かけることが可能となった。
とはいえ、思いつきで外出はできない。

どういうことかというと、
家を出る前に、外出証明書を所持しておく必要がある。
それがコレだ。

氏名、年齢、住所、身分証明書の番号と発行日、
出発地点、行き先、目的など記入し、
日付、時間、場所を書いたらサインをする。

コレを携帯していないと、罰金や逮捕の対象となる。
この用紙には、自分が感染者ではないことを証明。
また、仕事や必要な用事で外出している証にもなる。

特に、市役所のスタンプがいるわけでなく、
ただ自分の行動を明らかにするためのもの。
ネットから印刷して記入するだけ。

我が家は何枚か印刷し、
消えるボールペンで書いて、
明日になると日付や時間を書き換えて出かけるようにした。
ちなみに、私の使っているペンは、
PILOTのFRIXION BALL
実はイタリアでも、販売されているから、
便利なペンとして知られているようだ。

ということで、
気の思うままにふらりふらりできない。
行き先を決めてから行動に移すという、
自由を拘束されたような気持ちになる。
けれども、「海」や「街」と書けばことは済む。

昨日、私が行ったのは、
港近にある、小さなお堀が巡らされている、
ヴェネツィア地区
要塞の近くにあることから、
海からの敵を侵入させないように、
また、船で商売が行えるように整備された場所だ。
フィレンツェの新港として約400年前に
メディチ家によって築かれた。
そう、この街はまだ若いのである。

当のヴェネツィアはもちろん、大都市などでも、
ロックダウンにより空気が綺麗になっただの
水の透明度が増しただの話題になっている。
ここでも同様、
ヨットハーバーには、イルカが何度となく泳ぎに来ている。
このヴェネツィア地域も船の横行がないのとから、
大小様々な魚の群れが悠々と泳いでいるのが見えた。

この機会に、市は動き出した。
お彫りに投げ込まれた粗大ごみを除去することに。
酸素ボンベを背負って潜っている人姿があった。
ゴミのカゴには、
タイヤ・自転車・ボトル・グラス・沈没船
道路標識なんてものもあったようだ。
酔って投げ込んだとしか思えない物ばかり。

以前撮った写真 澄んだことで自転車がはっきり見える

お掘りだけでなく、この際道路も歩道も
掃除すれば良いのにと思うのは私だけではないはずだ。
除菌するように、街の手入れや景観にも
もっと目を向けるべきだと思う。

私は、暇そうな移民たちを集めて、
外壁の落書きや、道路の雑草やゴミを掃除する
活動をしたいと妄想したことがあった。
お揃いのおしゃれなユニフォームを着て作業する。

地元民の大半は、「街を汚すのは、移民たちだ」と
思っているだろう。そんなことはないのだが、
それを覆すためにも暇そうな人を集めてやってみたい。

日本なら、ボランティアの人たちが、慣れた手付きで
一斉をまとめて短時間でやってのけるのだが。
ここは、そう簡単にいかないからやり甲斐がありそうた。

閑話休題…
ということで、ロックダウン規制緩和は
このようにして段階を踏んでゆく。

二週間後にはさらに、再開する仕事や
活動の幅が広がる予定だ。

この間に、感染者拡大しないよう祈るしかない。
引き続き予防を徹底し、静かに暮らしていくのみだ。

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