【短編小説】わたしたちのハッピー♡パレード
1、陽菜の決断
もうダメだ。帰りたい。
そもそもわたしは青色好きじゃないし。
この寒空の下で、ヒーターもない吹きさらしのテントで早くも3時間。お気に入りだったヒラヒラレースにミニスカートの衣装も、こんな状態じゃただの罰ゲームだ。
ダウンコートのポケットに両手を突っ込んだまま、震えながら小さく足踏みをする。散歩中のゴールデンレトリーバーの笑顔がうらやましくて、生まれ変わったら犬になるのもいいなぁ、なんて思う。
「もう、陽菜ってば! 聞いてる?」
通り過ぎる犬を眺めていたら、愛莉の声でハッとした。そうだ、本番前にもう一回全員でフォーメーションの確認しよって言ってたんだ。
「またぼーっとして。もっと真剣にやってよね」
愛莉が手元のスマホで曲を止めた。
熱血タイプの愛莉はいつでも全力で、今日の公園ステージの出演が決まった1ヶ月前から自主練しまくってる。
「ご、ごめん・・・・・・」
「こんな小さいステージでも地道にお客さん増やしていかなきゃ、ハピパレ存続できないよ」
テントの中は出番を待つ人たちであふれてる。
ロックバンドにアカペラグループ、おじさんバンドみたいな年齢の高めの人たちもいるけど、一番多いのがカラフルな衣装を着たわたしたちみたいなアイドルだ。
向こうに見える小さな簡易ステージでは、8人組のアイドルグループが歌ってる。ピンクの衣装がかわいい。あ、人数多いのにダンスの動きがそろっててすごいな。
「ねえ、聞いてる!?」
「わ! うん、聞いてるよ~」
「まあまあ、陽菜も頑張ってるから」
愛莉にうまく言い返せないわたしを見かねて、花凜が間に入ってくれた。
「ほら、フォーメーション確認するんでしょ。愛莉、もっかい音楽かけて。陽菜も今度は集中して」
うまく歯車がかみ合わないわたしたち3人。足並みがそろわないまま、もうすぐ1年になる。
*****
私が所属するアイドルグループ「ハッピー♡パレード」が始動したのは去年の春。
中学のダンス仲間だった友達が誘ってくれて、一緒に事務所に所属したのに、やっぱり受験勉強を頑張りたいからって言って、気がついたらその子は辞めちゃってた。
新しいグループのオーディションを受けたら、まさかの合格で、気がついたら3人グループの青色担当になっていた。平日は高校からそのままレッスンスタジオに通って、土日はときどき入る小さなステージやオーディションに出る。
めまぐるしい毎日にびっくりしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
歌もダンスも好きだし、練習だって嫌いじゃない。だけど私は何をするにものんびり屋で、どうしたって人より時間がかかる。
先生からもいつも注意されるばっかりで、メンバーの二人の足を引っぱってるのも自覚してる。
赤色担当の愛莉ちゃんは歌がうまくて、わたしがド緊張で震えるようなオーディションのときも堂々とセンターに立つ。いつでも自信満々で、まさにアイドルになるために生まれてきました!って感じ。
緑色担当の花凜ちゃんは3歳からバレエをやっててスタイル抜群。ダンスレッスンでは誰よりも最初に振りを覚えて、まわりのみんなに教えてくれる。一つ年上ってこともあって、わたしもつい頼っちゃう。
そんな二人に並んで、なんでわたしがメンバーに選ばれたのか。
自分が一番わかんなくて、事務所の社長に聞いてみたら、「いつかちゃんとわかるよ」なんて、ニコニコしてはぐらかされた。いつかじゃなくて、今わかんないと意味ないんだけどな。
*****
「あのー、ココアください」
ぎくしゃくしたまま三人での動きの確認を終えて、トイレに行ったら、公園の入口にある売店が目に入った。せめて温かい飲み物でも飲みたい。
「はーいはいはい、ココアね~」
お店の奥にいた店員のお姉さんが振り返る。
「あら、寒そうな格好して!」
コートの下からのぞくヒラヒラミニスカートが、わたしアイドルですって主張してる。
「あ、はい。このあと青空ステージに出る予定で・・・・・・」
「ああ、あそこの」
両手を何度もこすりながらステージの方角を見たら、少しだけ音楽が聞こえてくる。ロックバンドの楽しそうな演奏。お客さんとして観に来ていたら、もっと楽しめたのかな。
「はい~、なんかいつの間にかそんなことに・・・・・・」
「いつの間にかって!」
再開した練習でもわたしは立ち位置を間違えて、愛莉とは気まずいままだ。あと30分で本番なのに、わたし何やってるんだろ。
なんでここにいるのかわかんなくなっちゃったな。
「ハイ、お待たせ!」
公園の景色をぼけっと見ていたわたしに、お姉さんが湯気の出てるココアを差し出した。
こすり合わせてた両手をほどいて受け取る。ホット用カップのザラザラとした手触りと、じんわり手のひらに伝わってくる熱で、体が冷えてることをより実感した。
「あと、これはサービスね。魔法のカイロ。持ってるとイイコトあるわよ」
そう言ってお姉さんがレジ横のカゴからカイロを1つ取って渡してくれた。魔法ってなんのことだろ。
「え。あ、でもこれ売り物なんじゃ」
「いいのいいの! 若い子を応援するのがお姉さんの楽しみなんだから。ステージ頑張ってね!」
ありがとうございます、と言いながら、なんだか後ろめたくて、お姉さんの顔を直視できなかった。
あーあ、ただ楽しく歌って踊りたいだけだったのにな。
こんな状態で続けても意味ないよね。このままこれ以上続けていく自信なんてない。指先でヒラヒラの青色スカートの裾を触る。
決めた。今日のライブをさっさと終わらせて、私はハピパレを脱退する。
2、愛莉の告白
もうダメだ。帰りたい。
わたし、もっとキラキラのスポットライトが当たるステージに立ちたいのに。こんなステージじゃ、全然やる気でない。
本番まであと30分。控室代わりのテントで、三人でフォーメーション確認をする。スマホから流した音源にあわせて口ずさむけど、横にいる陽菜が全然集中してないのがわかる。
あ、サビ前のターン、また失敗してる。ほら、次のわたしとの場所の入れ替えも、タイミング遅いんだって!
「ねえ! ほんとにやる気ある?」
イライラをそのまま陽菜にぶつける。
「ご、ごめん! もう一回」
「それ何回目? 本番は一回しかないんだよ?」
「もう、愛莉ってば。言い方キツいよ」
「愛莉ちゃん、ごめんね」
わたしが陽菜にイライラをぶつけて、陽菜が謝る。そこに花凜が止めに入る。この1ヶ月、同じようなことばっかり繰り返してきた。
たとえ真冬の小さな公園ステージだとしても、もっと大きな舞台に立つためには頑張らないと。そう思う気持ちとは裏腹に、テンションはどんどん下がっていく。
黙ってうつむく陽菜と困った顔してる花凜の顔を見てたら、今度はなんだかムカムカしてきた。
これじゃなんだかわたしが悪者みたいじゃない? なんで? もっと頑張ろうよ!
思わず長いため息をついたら、あてつけみたいに真っ白な息が出た。
「ダメだ、いったん休憩しよ!」
*****
アイドルグループ「ハッピー♡パレード」略して「ハピパレ」は、結成してもうすぐ1年。事務所のオーディションで3人が選抜された。
わたしはダンスは人並みだけど、歌には自信があったから、赤色担当でセンターポジションをもらえたのは嬉しかった。
学校でも「あの子、アイドルやってるらしいよ」ってささやかれるたび、なんでもない顔しながら心の中ではガッツポーズしてる。
何より、中学のときからつき合ってる彼氏の駿くんが、彼女がアイドルやってることを友達に自慢してくれてるのが嬉しい。いちおう、美男美女カップルやらせてもらってます。
子どもの頃からアイドルになりたかった。キラキラの世界にずっと憧れてた。わたしはその世界の住人にふさわしいと信じてきた。
だから、アイドルになったらあっという間にテレビに出たり、雑誌に取材されたりするもんだと思ってた。まさか寒空の下でこんな地味なステージに立たされるなんて思ってなかった。
しかも、これは二人にはまだ内緒だけど、事務所内のウワサによると、このまま売れないと次の夏にはメンバー入れ替えの可能性もあるとかないとか。ようやく手に入れたポジション、絶対ゆずれない。
なのに、こんなに必死になってるのはわたしだけで、いつも一人で空回りしてる。
同い年の陽菜は何をするにもマイペースで、もう1年近くも一緒にいるのに、全然タイミングがかみ合わない。
花凜は一つ年上だけど、そのせいか、いつもなんか説教くさい。
正直、なんであの二人が選ばれたのかわからない。事務所の社長に聞いたら「愛莉ちゃんにはまだ難しいかもねぇ~。それがわかればきっと売れるね!」だって。
なにそれ、意味わかんないんだけど。
*****
もう出番も近づいてるけど、テントの中にいるのも気まずくてスマホだけ持って散歩に出た。歩きながら駿くんに電話をしようとして、メッセージを送る。
〈今日、見に来てくれるよね?〉
昨日の夜にイベントの詳細を送って既読スルーされてたところに、吹き出しマークが追加された。
ハピパレの活動を始めてから、デートの回数が減ってる。この1ヶ月は土日の自主練を詰め込んだから、一回も会えてない。
活動を始めたばっかりの頃は、「愛莉が頑張ってるなら応援する」って言ってくれてたのにな。
晴れた日曜日の大きな公園。気合い入れてランニングしてる人に、ベビーカーを押した家族連れ。仲良さそうに手をつなぐカップルもいる。
あーあ、わたしだってデートしたいよ。だんだん悲しくなってきちゃった。なんでこんなに頑張ってるんだっけ。
いつの間にか入口近くまで歩いていて、そこにあった売店が目に入った。人通りが多い割には誰も足を止めなくて、中にいるお姉さんが暇そうにしてる。
「あら、いらっしゃ~い!」
目が合ったと思ったら、ニコニコ私を見つめてくるお姉さんの視線にちょっと緊張して、小さく会釈した。
「あなたは赤色担当なのね?」
「え、はい。えーっと・・・・・・?」
ダウンの下からはみ出る赤色のスカートの裾をいじりながら返事をする。
「さっきね、青色担当の子が来たから」
お姉さんがうんうんと頷きながら答えた。
ああ、そういうことか。こんなヒラヒラスカートなんて、そうそう見ないよね。
さっきの陽菜の様子を思い出して、ますます落ち込んできた。このあとの本番、どうやって乗り切ろう?
「あなたにもあげるね。これね、魔法のカイロ!」
急にお姉さんが大きい声を出したからびっくりした。
「はい?」
「これ、持った人は、めちゃくちゃラッキーなこと起きるから」
自信満々にお姉さんが手渡してくる。レジ横に置かれたカイロの積まれたカゴには一個150円って値札がついてた。
「あ、疑ってる!?疑ってるね??」
「いやだって、普通に売ってるカイロですよね・・・・・・」
「あ、わかってないなー」
私が怪訝な顔をしてお姉さんの顔を見返すと、お姉さんはふふんって笑った。
「魔法っていうのはね、そうやって日常に紛れ込んでるもんなのよ」
力説するお姉さんの顔を見たら、なんだかアホらしくなって力が抜けた。魔法って言われても。
「ほらほら、開けといてあげるね。こうやって振ってさ、そしたらすぐにあったかくなるからさ」
お姉さんはピリッと袋を開けて、カイロを一生懸命振ってくれている。
もはや今日を乗り切れるなら、藁だって掴みたい。
なんか恥ずかしくなってきて、「どうも」ってもう一回小さく会釈して、小走りでその場を去った。
胸の前で両手でカイロを握る。指先がじんわり暖まって、冷え冷えとしてた気持ちが和らいできた。
魔法だって。そんなのあるわけないのにね。くすっと笑いながらテントに向かう。
ステージから聞こえてくるのは、音痴って言いたいくらいに下手な歌。
あの子知ってる。歌もダンスもうまくないのに、天然なところがファンに受けて、動画の再生数を伸ばしてる。
ピコン。
ポケットに入れたスマホが鳴った。駿くんからだった。
〈ごめん今日は行けない〉
嫌な予感がした。
ピコン。
〈ステージ頑張れ〉
立て続けに次のメッセージが来た。
ピコン。
〈あと、しばらく距離を置かない?〉
あー・・・・・・。
こっちに有無を言わせない疑問形。
なんで今? 突然すぎない? 応援してくれてたんじゃなかったの?
混乱した頭の中で必死に抵抗する。
もう本番なんだから。気持ち切り替えないと。テントに向かって全力疾走した。
テントに入る前に息を整える。奥のほうでパイプ椅子に座ってる二人を見つけて、平静を装ったまま近づいたら、陽菜の声が聞こえてきた。
「わたし、もう続けてく自信ない……」
「陽菜、考えすぎだって」
「でも、二人みたいにわたしはすごくないから」
ガタンって音を立ててパイプ椅子の向きを変えて、二人の背中に向かって座る。
「・・・・・・心配しなくても、わたしたちこのままじゃ終わるから」
陽菜と花凜が、振り返る。
どうしよう、こんなこと言うつもりじゃなかった。だけど、自分で自分が止められない。
「夏にはハピパレのメンバー入れ替えするってウワサ。どうせこのまま頑張ったって意味ないよ」
口から出てきた言葉を聞いて、自分でもぞっとした。
出番まであと三組。
最悪のタイミングでの告白。
ステージからは大音量でヒドい歌が聞こえてる。
凍りついた顔の二人を見ながら、今日は人生最悪の日だと思った。
3、花凜の逆襲
もうダメだ。帰りたい。
この二人がかみ合わないのは日常茶飯事だったけど、もううんざり。なんでいつも私が貧乏クジ引かなきゃいけないんだろう。
弱気になった陽菜をなぐさめてたら、愛莉から突然メンバー入れ替えのウワサを教えられた。
「それ、どういうこと?」
陽菜の顔が真っ青になってる。
「言ったとおり。わたしたち結果出さなきゃ続けらんないの。やめるキッカケできてよかったね」
自分から話したくせに愛莉の顔からも血の気が引いてる。両手で握ったスマホを膝に置いて睨みつけてる。
本番前だからってナーバスになるタイプじゃないはずなのに、今日はいったいどうしちゃったの。
「そんなのただのウワサでしょ? そんなのに振り回されないでよ。ホラ、もうすぐ出番なんだからメイク直して!」
椅子から立って、二人の肩を叩く。こんな状態で本番を迎えるなんて信じられないけど、とにかく乗り切らないと。
「わたし、急いでトイレ行ってくるから! 二人とも準備しててよね」
言い残して、その場から去った。あの状態の二人を残して離れるなんていつもなら考えられないけど、さすがのわたしにも頭の整理をする時間がほしい。
この1年間、三人の息が揃ってないのはわかってた。だけど、いつかどうにかなるだろうって濁して、ずっと逃げてきた。まさかこんな形で大爆発するなんて。
しかも何? 夏にはメンバーの入れ替えだなんて聞いてない。わたし、アイドル続けられないの?
*****
3歳からバレエを習って、将来は踊ることを仕事にしたいと思ってた。アイドル事務所に所属したのも、踊る場所が増えるならいいなって、ステージの選択肢を増やすくらいのつもりだった。
事務所のレッスンではダンスを初めて習う子たちもいて、経験者のわたしが先生の代わりに教える場面も増えて、将来はダンス教室の先生もいいなって思ったりもした。
「ハッピー♡パレード」のオーディションに合格したとき、びっくりしたけど、すぐに合点がいった。
ダンスのうまさを評価されたのかもしれないけど、何よりも面倒見の良さが買われたんだろうなって思ってる。どんな個性が強い子たちが集まっても、わたしがグループにいたら安心でしょ。
わたしはただダンスができればよかったの。だから、アイドルも選択肢の一つだったし、正直ハピパレをいつまで続けるとか、真剣に考えたこともなかった。
事務所の社長に話す機会があったから、わたしを選んだ理由を聞いたら「自分のことが一番わかんないもんだよね~」って言われた。
いや、めちゃくちゃわかってるんだけどな。わかり過ぎてて、これ以上大きな夢を描けない自分にため息をついてるっていうのに。
*****
トイレの鏡で自分の顔を見て、ぐいっと口角を上げて笑顔を作る。今から思いっきり笑って歌って踊らなきゃいけないんだから。
ステージでお客さんの笑顔を見るのが好きだ。ライブで一緒に踊ってもらえるのも嬉しい。踊るのは恥ずかしいのかなって人が、サビを口ずさんでるのが見えるとニヤニヤしちゃう。
そっか。わたし、ちゃんとアイドルやりたくてやってたんだ。自分の大発見に心拍数が上がる。
ドキドキしたまま小走りでテントに戻ろうとしたら、通り道にあった売店のほうから声がした。
「あ!ねえねえ、そこの緑のフリフリの子!」
声をかけられて振り返ると、売店のお姉さんが手招きしてる。
「ね、魔法を使いたくない?」
「ま、魔法?」
突然何を言い出すんだろう。急いで戻らないといけないのに。
「いいからいいから。はいこれ!」
恐る恐る近づいてみると、手渡されたのはカイロだった。
これが魔法?
「これしっかり持って、ホラもう出番なんでしょ? 頑張って!」
何も事態を飲み込めないままにお姉さんに送り出されて、テントまで走る。もう、こんなぐちゃぐちゃのステージ、どうにでもなれ。
ステージから漏れ聞こえてくるのは、さっきの音痴の子に負けないくらい、好き勝手に演奏してるおじさんバンドだった。
テントに戻ると、二人がさっきと同じ場所でうつむき合ってた。10分前と変わらない状態にため息をつく。
自己主張の激しいギターソロの音が大音量で聞こえてきて、テントの中にいる人たちもみんな移動しようとしてた。この様子じゃ、お客さんも帰っちゃうんじゃないの。
なにこれ、ほんとに最悪なんだけど。
「もう帰りたい・・・・・・」
「もう帰りたい・・・・・・」
「もう帰りたい・・・・・・」
私が思わずつぶやいた声が、陽菜と愛莉のセリフとぴったり重なって、三人で思わず顔を見合わせる。
「ちょっと!」
最初に愛莉がプッと吹き出した。
「そうだよ、別に帰ったっていいんだよね」
驚いて愛莉のほうを見たら、なんだかスッキリした顔をしてる。
「あーあ、アイドルなんてやめちゃおっかな」
しばらくの沈黙が続いた後、それを破ったのは陽菜の声だった。
「ううん、ダメだよ」
愛莉の前に立って、ゆっくりと、でもはっきりと言った。
「愛莉ちゃんはやめちゃダメ。ステージに立たないと」
愛莉がびっくりした顔をしてる。
「あのね、わたし、愛莉ちゃんと花凜ちゃんのこと大好きだよ。三人で、ハピパレ続けたい」
陽菜がポケットからカイロを取り出して、愛莉の手にぎゅっと持たせた。
「わたしたち、ここまで頑張ってきたのに、このままじゃやっぱり悔しいよ」
カイロを持った愛莉の手を、陽菜の両手が包む。
「わたしね、今まで、どうやって頑張ったらいいかわかんなかったの。でも今、二人のために頑張りたいって思った」
陽菜の真剣な表情を見て、愛莉が泣きそうになってる。
「ね、愛莉。やめさせてなんかあげないよ?」
わたしも陽菜の横に立って、愛莉の顔をのぞき込む。
「愛莉が先頭を走ってくれたから、わたしたち後を追いかけられたの。勝手にやめたりなんかしたら許さないんだから」
そう言いながら、わたしもさっきもらったばかりのカイロを愛莉の手の中に押しつける。
「これね、魔法のカイロなんだって!」
二つ分のカイロを握った愛莉の手を、陽菜とわたしの手が包み込む。
「待って、これわたしも持ってる」
驚いた様子の愛莉に言われるまま、愛莉のコートの右ポケットを探ると、暖まったカイロが一つ出てきた。
愛莉の手のひらに載せた二つのカイロの上にもう一つ。陽菜とわたしもその上に手を載せて、小さな円陣を組んだ。
「今日のわたしたち、魔法使えるの最強じゃない?」
いよいよ出番になって、ステージの裾に移動する。
「さっきはごめん」
ステージ越しにまばらになった客席のほうを見ながら愛莉が言った。
「わたし、駿くんにフラれた。ウワサが本当かどうかわかんないけど、もし本当に夏に入れ替えされても、もう一回絶対センター取り返すから」
いつも通りの自信満々の愛莉に戻ってて、陽菜と顔を見合わせて笑った。
真冬の公園の小さな簡易ステージ。お客さんはもう少なくなってる。それでもわたしたちは全力でステージに立つ。
「悔しいから、絶対アイドル続けて、売れてやる」
負けず嫌いの愛莉がもうメラメラし始めてた。
「わたしは三人でハピパレやれたらいいだけなんだけど・・・・・・」
弱気な声で続くのが陽菜。
「二人ともあいかわらずなんだから。これからもわたしがバランス取ればいいんでしょ」
苦笑いしながら、この瞬間が何よりも愛しいと思った。
ハピパレだからやれること、きっとあるはず。
「せーの!」
「せーの!」
「せーの!」
わたしたち三人、手をつないで小さなステージに飛び出した。
(2023/01、8,600字)
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