バイオリンが鳴るために
前回フィッティングのお話しをちょっとしましたので、今回はその中でも特に音に影響を及ぼすと言われている魂柱と駒の「音」に関する事についてお話しようと思います。
たましいの柱
魂柱とはバイオリン族の本体内部に立てられているスプルス材で出来た丸棒です。立てられている場所は駒の下付近、一番線(E線)下の若干テールピースに寄った所です。
この魂柱は弦から受ける圧力を支え、弦の振動(音)を表板から裏板へ伝える役目をしています。
断面図で見るとこんな感じ
ちなみに魂柱は接着されているわけではなく、弦が押さえつける圧力や響板との摩擦によって立っています。
魂柱が無いと、弦の圧力に表板が耐えられず少しずつ変形してしまって、場合によっては表板が割れてしまいます。
また、音も芯のないぼんやりした音になりやすく、時にはバイオリンであってもウルフ音が出ることがあります。
※ウルフ音とは(正確ではないですが、)簡単に言うと「弦の音」と「楽器が一番振動しやすい音」が共鳴してオオカミが唸るような音を発することです。チェロによく出ます。
日本語で「魂柱」とは言い得て妙で、ただの棒ではありますがバイオリンにとって命とも言える「音」を司る部分でもあります。イタリア語では「anima(魂)」と呼ばれるので、そこからの翻訳なのでしょう。
ちなみに英語では「sound post(音の柱)」です。実に効率的と言いますか実際的な呼び名です。英語圏の人よりイタリア人や日本人はロマンチストなのかもしれません。
さて、そんな魂柱ですが「0.1mmでも動かすと音が変わる」と言われます。実際にこれは確かなことで、魂柱を少しでも動かすと音色・音量・各弦のバランスが変わってきます。
ただし、どの程度・どの様に変わるかは楽器や条件によって異なるので、必ず変わるわけでもなく、ほとんど変わらない場合もあれば、ものすごく変わる場合もあります。
これは楽器自体が木材という個体差の大きい材料を使用していることや、魂柱そのものの材質、魂柱と響板(表板・裏板)との接地面の状態の違い、魂柱の長さ、弦の種類・・・等々、様々な原因が複雑に影響しあっていますので、どの様に変わるかはどんなに経験豊富で高度な技術者でも確実にはわかりません。
それでも、ある程度の傾向はあり、それは構造からも想像ができます。
魂柱が音に関係する原理
バイオリンは音を出す時に弦を振動させますが、その振動は楕円を描くように振動します。
4番線(G線)だとこんな感じ(大袈裟なイメージです)
そして、この振動は魂柱を中心とした円弧の往復運動を駒と表板に起こさせます。そしてその主となる振動は低音側と高音側で向きが違います。
低音側(大袈裟に書いています)
高音側(大袈裟に書いています)
もちろんこんなに単純な動きをするわけではないのですが、極端に言うとこうなります。そして、その円弧の振動は支点である魂柱から力点である弦や駒足までの距離で振幅が変わり、振幅が変わると振動数も変わります。
より具体的に言うと、
支点と力点の距離が長いとゆっくり動き、振動数は少なくなります。
支点と力点の距離が短いと早く動き、振動数は多くなります。
振動数が少ないと低い音になり、振動数が多いと高い音になりますから、魂柱をどちらかに動かすことによって表板の振動数、つまり音を変えることが出来るということです。
以上のことをとても簡単に要約すると、こうなります。
魂柱を動かす方向が 左:高音に影響する 右:低音に影響する
もちろん、必ずしもそうなるとは限らず逆になるときもありますが、概ねこの傾向にあります。
そして、それぞれの技術者はこういったことをそれぞれの経験からそれぞれの理論や仮説を立てて音の調整をしています。
そして、ここが最も大切なことなのですが、音という主観で判断されるものは聞く人によって大きく異なり、判定基準も違うので、絶対的に正しい良い音というものはありません。
ですので、技術者が良いと思っていても、必ずしも演奏者にとって良い音では無い場合もあり、逆もあります。
バイオリンの調整をしてもらう方は、音が変わったからと言って良い音になったとは限らないことに気をつけて下さい。
駒の立つところ
突然ですが問題です。
バイオリンの駒が立つべきところはどこでしょう。
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・
正解は、F字孔の刻みの位置・・・
ではなく、弦長が328~330mmの所です。
一般的にバイオリンの事が書かれている書籍やサイトを見ると「F字孔の中心部分にある刻みに駒足の中心を合わせる」と書いてあるのを見たことがあるかもしれません。
確かに大きな意味で言うと間違いではありませが、厳密なところで言うと駒が立つべきところは「F字孔の中心部分にある刻み」ではなく弦長で判断します。
弦長とは、上ナットから駒の弦が乗っている所までの長さ、つまり弦が音を出す(作る)部分の長さを言います。
そして、その弦長が328~330mmが理想的な長さとなっています。
製作家はバイオリンを0.1mm単位で加工していて、各部の寸法も厳密に組み立てています。
そして、その中でも「ストップ長と呼ばれる表板のネックの付け根からF字孔の刻みの長さ」と、「ネック長と呼ばれる上ナットから表板の縁までの長さ」は「弦長」を決める重要な部分なので、細心の注意を払って作られます。
195がストップ長、130がネック長
※4/4バイオリンでの理想値
上の図を見て頂くと、バイオリンがどの様に設計されているかがわかると思います。
特にネックの仕込みは「ネック長」が決まる上に、駒の高さも決定するので、ネック仕込みの作業はかなり厳密に行います。
そして、上図のようにネックの仕込みが出来れば、弦長は先程の理想値になります。
実際にそうなるか、直角三角形の3辺の長さの関係を表した数式、ピタゴラスの定理を使った単純計算で見てみましょう。
ピタゴラスの定理
c が弦長です、そして
a=(ネック長:130)+(ストップ長:195)=325
b=(表板の高さ:15.5)+(駒の高さ:33)=48.5
として(a×a+b×b=c×c)に代入して計算すると
(325×325)+(48.5×48.5)=107977.25
(c)は(c×c)の平方根(√)ですから
c=√c×c=√107977.25=328.5989197...
となります。
私の経験からは328.5mmよりは若干長めになると思いますので、
328~330mmとなります。
さて、以上の結果から、書籍やサイトの言うことは
「(ネック長とストップ長が正しく作られた、あるいは弦長が正しく作られた)バイオリンの駒の立つ位置はF字孔の中心部分にある刻みに駒足の中心を合わせるのが正しい」
とカッコを省略して言っているのであれば、間違っていないことになります。
駒の位置がおかしい?
なぜ、敢えてこんな事を言うかというと、世にあるバイオリンの多くがネック長とストップ長が正しい値で作られていないからです。
それはストラディバリウスであってもそうで、特に古い楽器になればなるほど多くなります。
なぜなら、この数値の規定が19世紀のモダンバイオリンが現れだした頃に決まったからです。(ストラディバリが作っていた時代は18世紀)
厳密に「誰がこの数値に決めた」というわけでは無く、長い歴史の中でモダンバイオリンの形が決まっていった様に、数値も徐々に決まっていったのでしょう。
当然、それ以前の楽器はネック長が短かったですし、ストップ長と言った概念も決まった数値ではなくF字孔の位置を楽器の外周からの比率で求めていたので楽器によって様々でした。
現在、もともとバロックバイオリンと言われている楽器であったものは、後にネックを改造される時に、弦長からストップ長を差し引く計算をしてネック長を決めています。
つまり、ストップ長が長めの楽器はネック長を短めに、ストップ長が短ければネック長を長めに、弦長が328~330mmになるように作り変えられています。
ですので、古くてもきちんと弦長が正しく作られた楽器であれば大きく問題はありません。
問題になるのは廉価な楽器です。
古いものでも現在の新品でも、廉価な楽器は弦長をきちんと作られていない楽器がほとんどです。
きちんとした弦長にするには、ネックの仕込みを厳密に行う必要があり、そのためには作業にかける時間を長く取らないといけません。しかし、原価が低い楽器は最も費用のかかる人件費を削減するのが最も手っ取り早い方法ですので、すべての作業で精度の高さよりも時間の短縮が図られるのです。
だから廉価な楽器は弦長をきちんと作られていない楽器がほとんどなのです。
といっても長さの差はせいぜい2~3mm程度、バイオリンにはフレットがないので弦長が違っても演奏することは可能で、実際には気がつく人は多くありません。そのため、業界内では安いものは安いなりに仕方がないと思われているのが実情です。
ですが、弦長は弦を押さえるポジショニングに関係しますので、無意識のところで弾きにくくなってしまうことがあります。
私が見てきた楽器には本体の大きさが4/4なのに、弦長が1cmも短い楽器に出会ったことがあります。これではまるで7/8の楽器の様です。
(7/8バイオリンの弦長は315mmくらいです)
思い当たる人は一度弦長を確認してみて下さい。
ただし、自分で駒を動かすことは絶対にしないで下さい!
駒は弦から大きな圧力で押さえつけられています。場合によっては駒が倒れて割れたり、テールピースが表板を打ち付けて表板が割れてしまう場合があります。
また、先にお話したように、魂柱は駒との距離で音の変化が現れます。
駒を動かすことは魂柱を動かすことと同じことだと思って下さい。
駒の位置をなおす時はくれぐれも弦楽器専門店に相談して下さい。
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