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Antonio Stradivariの肖像画

バイオリンの最も価値のある楽器はAntonio Stradivari(アントニオ・ストラディバリ)の1716 年作、"Messiah"だと言われています。

アシュモレアン博物館に展示されている「メシア」
From Wikipedia, the free encyclopedia "Messiah Stradivarius"

彼は死後、伝説的な名工として後世に語り継がれてきました。
そしてその中には楽器製作技術だけでなく、彼の人生も研究対象とされました。

そういった中で、後に彼を想像していくつかの肖像画が描かれることになるのですが、今回はそれを見ていきたいと思います。

William Harry Warren Bicknell

まずはおそらく肖像画としてはいちばん有名なものを見てみましょう。

Music Studio of Antonio Stradivari
William Harry Warren Bicknell (1860–1947) before 1923

この絵を描いた画家 William Harry Warren Bicknell はアメリカ・マサチューセッツ州ボストンで1860年に生まれ、1947年にマサチューセッツ州プロビンスタウンで死去しています。
主にマサチューセッツ州ウィンチェスターで活動しており、そこで描かれた絵です。

なぜアメリカ人の描いたこの絵が一番有名かというと、イタリア王国が発行した1937年の記念切手の絵に採用されているからだと思います。

 1937年:イタリア王国発行

この切手はストラディバリだけではなく、1937年から100年単位の記念があるイタリアの有名人を採用しています。
そのためスポンティーニなどの他の有名人も同じデザインで切手になっています。

話が逸れました。

さらにはその年(1937年)にクレモナで行われたストラディヴァリ生誕200周年祭のポスターに抜粋して使用されていますので、この絵が有名になったのでしょう。

1937年のストラディヴァリ生誕200周年祭のポスター

Alessandro Rinaldi

続きましてはこちらです。

Antonio Stadivario nella sua officina
Alessandro Rinaldi (April 5, 1839, Cremona – 1890 Rome) 1889

1889年にミラノのFratelli Treves Editoriという出版社から発行された「L’illustrazione popolare」という本に載った絵です。

この絵を描いたAlessandro Rinaldiは、アントニオ・ストラディバリと同じクレモナで生まれた画家です。
なぜ彼を題材にした絵を描いたのかはわかりませんでしたが、同郷の偉人ですからある程度の思い入れはあったでしょうね。

ちょっと変わった所では、Alessandro Rinaldiはイタリアの統一とイタリア王国の創設に貢献したジュゼッペ・ガリバルディが作った「Cacciatori delle Alpi」という軍隊に所属していたこともある人物です。

Alton Stanley Tobey

次はおそらく有名画家が描いた最も最近の絵がこちらです。

ANTONIO STRADIVARI
Alton Stanley Tobey (1914 - 2005) Violin Iconography of Antonio Stradivari

この絵はViolin Iconography of Antonio Stradivariという本の挿絵で、絵画や壁画で国際的に知られるアメリカの画家、Alton Stanley Tobeyが描いたものです。

彼は1957年に始まったライフマガジンの表紙も描いており、壁画はイーストハートフォードの郵便局や図書館、ハートフォードのキャンプフィールド図書館などコネチカット州の多くの建物の壁を飾っており、ワシントンDCのスミソニアン博物館にも彼の壁画が展示されています。

後ろに掛けてある工具なども、アントニオ・ストラディバリが実際に使っていたものがあったりして、しっかりと研究してから描いているのがわかる力作となっています。
おそらく当時のディーラーや製作家などから教わったのでしょうね。

Edgar Bundy

次は19世紀、イギリスの画家です。

Antonio Stradivari at work in his studio
Edgar Bundy (1862 in Brighton – 1922 in London) 1893

この絵を描いたEdgar Bundyは正式な教育を受けておらず、彫刻家のAlfred Stevensのスタジオに出入りして絵の描き方を学んだと言われています。それでも、晩年にはRoyal Academy of Arts(王立芸術院)で展示されるほどの名声を得ています。

彼は他にもストラディバリを主題に絵画を描いていますので、お気に入りのモチーフだったのかもしれません。

Stradivarius In His Workshop
Edgar Bundy
Stradivarius In His Workshop At Cremona
Edgar Bundy

アントニオ・ストラディバリの肖像であると信じられていた絵

そして、過去ストラディバリの末裔からもアントニオ・ストラディバリの肖像として信じられていたこの絵です。

ANTONIO STRADIVARI
Frédéric-Désiré Hillemacher (1811–1886)

19世紀の画家が書いた絵ですから想像で描いたと思われるかもしれませんが、実はこの絵は過去に描かれた絵を元に模写したものです。
その証拠にこの絵には「Ant. Campi pinx. Crem. 1681」と、ところどころ略して書かれています。

これは略さずに書くと「Antonio Campi Pinxit Cremona 1681」であり、「アントニオ・カンピが1681年にクレモナで描いた」と言う意味になります。

Antonio Campi:アントニオ・カンピ (1524 – 1587) は、クレモナで最も有名な画家の一族であるCampi家(父Galeazzo、兄弟VincenzoとGiulio)の一員で、宗教画や肖像画を描いた人物です。

クレモナでもSan SigismondoやSan Pietro al Poなどの教会に絵画が残っており、ミラノやニューヨークの美術館にも絵画が収蔵されている人物です。

アントニオ・カンピがクレモナのサン-シギスモンド教会に描いたフレスコ画

でも、気が付いた方もいらっしゃるかと思いますが、アントニオ・カンピは1587年に亡くなっていますので、1681年に絵を描くことは出来ません。

では誰の絵を元にしたのか?

Hillemacherが元にした絵は恐らく構図やポーズなどから、作者不明のこの絵を模写したのだと思われます。 

"Portrait of a musician" by a Cremonese painter. circa 1570 –1590
「音楽家の肖像」クレモナの画家(作者不明)

もうこの時点で明らかにこの絵はアントニオ・ストラディバリを描いたものではないのがわかります。

なぜなら、アントニオ・ストラディバリが生まれたのは1645~1649年頃と言われていますので、この絵が描かれた推定1570年~1590年頃にはアントニオは生まれていません

そして、題名にもあるように音楽家を描いたものです。

現在は様々な検証結果から、この絵は高い確率でこの頃のクレモナ出身の音楽家であるクラウディオ・モンテヴェルディ(Claudio Giovanni Antonio Monteverdi, 1567 - 1643)の若い頃を描いたのであろうと言われています。

この絵がどこで間違ってアントニオ・ストラディバリとなったのかははっきりしていませんが、クレモナの銀行が1870年に発行した銀行券に絵が載っているのが証拠だとストラディバリの末裔の方が主張していたことがありました。

銀行券 50 Centesimi 中心の人物画の下に「STRADIVARI」と書いてある

このことはイギリスの伝説的なディーラーであるW. Henry Hillが書いた「Antonio Stradivari HIS LIFE & WORK」という本の最後の章「A Supposed Portrait of Stradivari. (ストラディヴァリとされている肖像画)」に書かれています。

In replying to us, Signor Stradivari stated that the photograph was a faithful copy taken from the original painting, which had always been accepted by his family as undoubtedly a portrait of his ancestor; and, as further proof of the correctness of his belief, he sent us a small bank-note of the face value of fifty centesimi issued by a Cremonese Bank in 1870, on which the said portrait was reproduced.
ストラディヴァリ氏(ジャコモ・ストラディバリ)は、私たちに返信する際に、その写真は原画の忠実なコピーであり、それは彼の家族によって彼の祖先の肖像画であることは間違いないと常に受け入れられていたと述べ、彼の信念の正しさをさらに証明するものとして、彼は1870年にクレモナの銀行によって発行された額面50チェンテージミの小さな紙幣を私たちに送ってきた。

「Antonio Stradivari HIS LIFE & WORK」
P. 280 Chapter XII. A Supposed Portrait of Stradivari.

このように、ストラディバリの末裔は長らくこの絵がアントニオ・ストラディバリだと信じていました。

しかし、W. Hillはこの本が1902年に書かれた当時で、衣装・楽器・楽譜・ペンとインクボトルなどの特徴から、描かれたのは16世紀後半であることを指摘しています。

さらにこの絵の人物が持っている楽器はペグの多さと弓からヴィオラ・ダ・ガンバと想像出来、モンテヴェルディがヴィオラ・ダ・ガンバ奏者でもあったことも証拠の一つとされます。

また、壁にかけられた楽器が16世紀ブレシア派の楽器の特徴を示していることも指摘しています。

そのことから描かれた人物がガスパロ・ダ・サロだと主張する人もいますが、W. Hillは手が職人のものではなく音楽家のものだとして、ガスパロの事は考えてもいないようです。

Hillemacherが描いた絵には背後と手に持っている楽器が変わっており、微妙に顔も違いますが、元にした画家の情報も正しくない絵なのでアントニオ・ストラディバリである信憑性は皆無と言っていいでしょう。

残念ながら彼が故意にねつ造したのか、誰かに騙されたかして作られた肖像画であるのは間違いありません。
そして、近年になるまで本当のアントニオ・ストラディバリの肖像であると信じられていた絵なのでした。

一番信憑性が高い肖像画

まずはこの絵を見ていただきましょう。

"Antonio Stdivari" Graziano Bertoldi (1946- )

この絵はマッサロッティ(Angelo Masarotti 1653–1723)の描いた絵を元に、現代の画家ベルトルディが描いたアントニオ・ストラディバリの肖像です。

クレモーナの画家、グラツィアーノ・ベルトルディによるアントーニオ・ストラディバーリの肖像画。巨匠の顔は、クレモーナのサンタゴスティーノ教会にあるA・マッサロッティ(17世紀の画家)の油彩画の一部をもとにして再現された。
弦楽器製作に関する歴史研究家エリア・サントーロによれば、ストラディバーリは実際にこういう容貌であったらしい。

クレモーナにおける弦楽器製作の真髄 P. 54

では、マッサロッティの描いた絵はどんなものだったのか、見てみましょう。


Angelo Massarotti (1653–1723) "Il beato Giorgio Laccioli mostra le regole agostiniane"
OLTRE STRADIVARI P. 96

この絵の左側から7人目、一番後ろにいる人物です。

「これかぁ・・・もう一列前だったらなぁ」って感じですが、面長な感じはわかります。

これがストラディバリであるとする根拠として、この絵に描かれているシーンである「聖アゴスティーノ修道院でのジョルジオ・ラッチョーリがアゴスティーノの規則を開示した」その時にストラディヴァリの出席があったことと、支援者の序列などから特定したようです。

ちなみにストラディバリとされている人物の向かって左斜め下2人目の人物がこの絵を描いたマッサロッティだそうです。


そして、この絵も本人の容貌を捉えていると言われています。

THE NEW YORK PUBLIC LIBRARY DIGITAL COLLECTIONS / Antonio Stradivari

これは7.5×5.5センチの小さな楕円形のメダリオンで、クレモナの古いピアノメーカーの創始者、ピエトロ・アネリのコレクションです。

上部には "Stradivario 1691 "と書かれ、下部には画家Gialdisiの署名がありますが、実際にはクレモナの画家Antonio Gianlisi(1671-1727)であろうと言われています。

本人が自分の名前を間違えるはずもなく、上下どちらの文字も筆跡が似ているので、後世の誰かが書き込んだと考えられています。

また、この絵を描いたとされるジァンリージは静物画は知られていますが、肖像画はこれ以外は知られていないようです。

ということは偽物かストラディバリではない可能性があるのですが、容貌はマッサロッティの絵に似ていますし、一応はアントニオ・ストラディバリの肖像として受け継がれてきたようです。


ストラディバリの容貌について唯一信頼できる記述は、ベルギーの音楽学者フェティ(Francois Joseph Fetis 1784-1871)が語ったものだと言われています。

フェティは ベルギー宮廷の楽長であり、ブリュッセル音楽院の院長でもありました。

彼は1856年に「Antoine Stradivari, luthier celebre connu sous le nom de Stradivarius」というエッセイを書き、その中でバイオリニストであり作曲家でもあるプニャーニ(Gaetano Pugnani 1727-1808)が「子供の頃に知っていたストラディヴァリをどのような人物だったか」を回想したポリエードロ (Giovambattista Poliedro 1781-1853)の証言を書いています。

Il était, disait-il, de haute stature et maigre. Habituellement coiffé d'un bonnet de laine blanche en hiver, et de coton en été, il portait sur ses vêtements un tablier de peau blanche lorsqu'il travaillait, et, comme il travaillait toujours, son costume ne variait guère* Il avait acquis plus que de l'aisance par le travail et l'économie ; car les habitants de Crémone avaient [tour habitude de dire : Riche comme. Stradivari.
彼は、身長が高くて痩せており、冬には白い毛織の帽子をかぶり、夏には綿の帽子をかぶり、仕事をするときには服の上に白い皮のエプロンを着ていたが、いつも働いていたので服装はあまり変わらなかったと言っていました。 彼は仕事と倹約によって豊かさ以上のものを手に入れました。(クレモナの住人たちは「ストラディバリのような金持ち」と口癖のように言っていた。)

Antoine Stradivari, luthier celebre connu sous le nom de Stradivarius P.76

この本はストラディバリなどの製作家の研究を現地のクレモナで行ったヴィヨーム(Jean-Baptiste Vuillaume 1798-1875)から、多くの情報を得ているそうですので、プニャーニが語った思い出話をポリエードロがヴィヨームに話し、その情報を本にしているようです。

そのため、信頼できる唯一の情報が又聞きの又聞きという、なんとも頼りない情報ではありますが、上の2つの絵と総合して考えると、「長身で細身」ということは間違いなさそうです。

ということで、ベルトルディが描いた人物が、アントニオ・ストラディバリの肖像としては一番信憑性が高いと言うことになりそうです。

写真のなかった時代、肖像画というのは後世に先祖の容貌を残す唯一の手段でしたから、アントニオ・ストラディバリがクレモナでも有力なお金持ちだったのに肖像画を描かせなかったというのは、当時としては珍しかったのかもしれません。

しかし、フェティの本でも「服装はあまり変わらなかった」と言われているように、外見をあまりこだわらなかった人物だったようでもありますし、彼の残した楽器を見る限り生粋の職人だったことは疑いようのない事実ですから、肖像画などには興味がなかったのかもしれませんね。


残念ながら、このようにアントニオ・ストラディバリの肖像は現在は想像のものしかありません。
彼は存命当時からお金持ちで有名でしたので「もしかしたら肖像画を描いてもらったかもしれない」と思っている人は多くいると思います。
今後、新発見があると面白いですね。


出典・参考文献

Herbert K. Goodkind: 「Violin Iconography of Antonio Stradivari」

W. Henry Hill:「Antonio Stradivari HIS LIFE & WORK」

Wikipedia
 Messiah Stradivarius
 Antonio Stradivari
 Liste de personnalités figurant sur les timbres d'Italie
 Alessandro Rinaldi (painter)
 Antonio Stradivari
 Antonio Campi
 Claudio Monteverdi

Wikimedia Commons
 Category:Antonio Stradivari

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