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MBAの「ベンチャー戦略」って、一体何を教えているのか

「ベンチャー戦略」とは何か

まもなく8年目

2015年からグロービスでの講師を続けています。

受講生は、仕事を続けながら日本でMBA(経営学修士)を取るためにクロービス経営大学院に通っている、様々な企業にお勤めの方々です。
昨年から、国外から日本を選んで留学してきている留学生の皆さんのクラスも担当しています。

皆さんめちゃくちゃモチベが高く、尽きない知的好奇心や学ぶ姿勢、受講生間の強い絆・・など、こちらが学ばせていただくことも、たくさんあります。

2015年に「クリティカル・シンキング」の講師として登壇して以降、「ネットビジネス戦略」や「テクノベート・ストラテジー」などの科目を担当してきました。
現在は(2020年1月から)「ベンチャー戦略プランニング(以下、「ベン戦」)」を担当しています。

ベンチャー戦略プランニングとは

グロービスのMBAのクラスは、米国MBAと同様、ケーススタディを中心に進められています。

ベン戦のケースでは、ラクスルの松本恭攝さんマネーフォワードの辻さんなど比較的身近?な(現代の)経営者が、ケースの主人公として登場します。(2022年4月期現在)
サクラスが入居しているCICもケースに登場しています。(昨年末にCICの創業者Timさんとも直接お話しする機会をもらえました)

そのように、比較的「同じ世界線」での出来事としてケースを楽しめることもベン戦の魅力のひとつかと思います。

起業にも様々な形がありますが、グロービスのベン戦では次の「ユニコーン」を生み出す起業家の育成をひとつの目的にしており、そのためケースの対象企業も比較的企業価値を拡大することに成功した企業が選ばれていて、PMF以降のステージについても扱っています。

また、グロービス生へのエールか(今の世の中の傾向もあるかもしれませんが)創業者がMBAホルダーというケースが多く含まれています。

一体何を教えているのか

おそらく皆さん既にご承知の通り、ベンチャーの世界で「どんなビジネスをすべきか?」その内容に正解はありません。

しかし、その進め方、つまり起業の段取りには、ある程度基本的な「型」があります。

結果に正解はないが、プロセスに定石はある、というような感じです。

グーグルの誕生から20年あまり、これまでベンチャーの生態系づくりをリードしてきたシリコンバレーでは、ベンチャーの立ち上げからグロースまで、一定のメソッドが生まれつつあります。

メソッドの代表例は、エリック・リースの『リーン・スタートアップ』です。この本自体10年以上前に発刊されていますが、Yコンビネーターなどによりそのメソッドが実証されてきたのはまだここ5-6年の話なのかなと思います。

『リーン・スタートアップ』に書かれている内容は起業家界隈の方々からすると至極当たり前のことかと思いますが、PMFMVPといった超基本的な概念であっても、実は意外と大企業、一般企業にお勤めの方からすると馴染みがなかったりします。

そのため、社会一般にとって随分とスタートアップが身近になった今、実践用としてはもちろん、一般的な教養としてもベンチャーのメソッドを広めることは重要なのかなと思っています。

この記事の目的

なぜ教えているのか

(そもそもなぜ講師を?という問いや、実際の経緯はさておき、)本来であれば自分の事業や顧客のために割くべき時間ベン戦に割いている理由を問われたら、(私の人生のテーマと言っていい)「21世紀の生存戦略」に通じることだからだと思います。

ベンチャー経営のメソッドは、『リーン・スタートアップ』の中で「マネジェリアルなアントレプレナーシップ」(管理可能な起業家精神)と表現されているような考え方に基づいています。

それは、前職でミリオンヒット作家たちが発揮していた能力、私自身が自書の中などで述べてきた個人のこれからの「生存戦略」に通じるもので、実際に起業するかどうかに関わらず、個人のキャリアに大いに役立つものと考えています。

それから、日本の国際競争力復活に貢献したいという思いももちろん。
これからの時代国境に意味なんかあるのかという意見もあるかと思いますが、幼少期を割と海外で過ごした身としては、「国」というのも恩返しすべき意味のある括りと思ってます。

なぜ私が教えられるのか

正直、成功している起業家の先輩たちが大勢いる中で自分がベンチャー戦略を教えるのは恐縮なところもあったのですが、最近は優れた選手であることと、コーチであることは別と割り切っています。

いま既に成功している起業家の方でも必ずしも自分が成功した理由を言語化できているわけではないですし、他の起業家と比べてみて、共通点や違いを調べたりしてきたわけではないと思います。

(もちろん、それは反対に講師や研究者が起業したからといってうまくいくとは限らないということでもあります。)

蛇足ですが最近はベンチャー・キャピタリストの方も増えてきましたから、どちらかというとそちら界隈の方々の方が(教えたり研究したりする側に)近いかもしれません。

この記事を書いた理由

さて、だいぶ前置きが長くなりました。。

本稿では、そうしたベンチャー経営に関するメソッドの最初のさわりの部分を少しだけお伝えしたいと思います。

書こうと思った理由は、最近(ようやく・・?)わが国の成長戦略としてもベンチャースタートアップといった言葉が盛んに取り上げられるようになったこと、その割に(残念ながら)世間一般でベンチャーに関する誤った理解が多く広まっていることです。

※なお、メソッドは一般的なものですが、意見や感想の部分については(いつもそうですが)所属する団体とは関係なく、私個人の意見です。

起業にまつわる、よくある勘違い3つ

ベンチャー経営のメソッドをわかりやすくお伝えするために、あえてDon'tsの部分から書きます。

巷でよくある勘違い

1/ 「起業家はリスクテイカー」

起業にまつわる誤解で最も多いのが、起業家がリスクテイカーだという類のものです。

勿論起業家も様々なため、そういったリスクテイクを好む人もいるかもしれませんが、最近は特に減ってきていると思います。

特に「最近成功した起業家は?」ということになると、むしろリスク感度の高い人であったり、リスク管理能力の高い人が多いのではないでしょうか。

リスクをとらない人は、もちろん起業に向きません。
基本的には物事のリスクとリターンは対応していて、ハイリターンを狙うならハイリスクとなります。
だからこそ、高いリターンを得られる起業家は、リスクを選び、コントロールし、減らすことに長けています。

2/ 「起業はアイディアが大事」

今では減りましたが、それでもまだ起業が「アイディア勝負」だと思っている人がいます。

殆どのスタートアップは、ピボットします。
つまり「プランA」を一発必中させる必要は全くなくて、限られた期間の中で何度かプラン試す中で、一度でもどれかを正しいと証明する営みの方が重要です。

この「証明」が大変な作業なわけで、アイディアだけたくさん思いつくアイディアマンみたいな人が特段、起業に向いているわけではありません。

また、「有史以来人類が誰も思いつかなかったことを思いついた」と思った時も要注意です。
もしあなたの素晴らしいアイディアがまだ世の中に無いと思うなら、それは既に誰かが試して亡骸も残らなかったか、よっぽど筋が良くないものだと言えます。

((こんな勘違いはさすがにもう無いんじゃないかという気がする一方で、部下の新規事業の提案を、「もうあるじゃないか」といって却下する人がまだいるという噂を聞くので一応、挙げておきます。

3/ 「起業は自由だ」

こういう人も、まあもういないと思うのですが、「起業って自由でいいよね」という人がいたら、ちょっとよく考えてほしいです。

スタートアップというのは、(伝統的大企業に比べたら)「得体のしれない会社」が、「得体のしれない商品」を使ってもらって、お金を払うどころかお客様からお金をいただくという信じられないことをしています。

こんな針の穴を通すようなサーカスみたいな芸当が、自由なわけがありません
ギリギリの幅で一瞬開いた穴をギリギリのタイミングで通しているだけです。
例えばもしあなたが無類の競馬好きだったとしても、馬券の収益だけで生活していたとしたら、多分自由だー!とは思わないと思います。そんな感じです。

((サラリーマンの方がよっぽど自由です。今どきはYouTuberも「(人気が出るまでは)自分が好きな動画を上げるのは控えるべき」と後輩YouTuberにアドバイスしています。

おまけ/ 「GAFAのようなプラットフォーマーを」

大企業などの新規事業検討に際しては、「いま流行りの『プラットフォーム』にして双方を募集してマッチングさせたらリスクも少なくて済むのでは」などという案が「上」の方から出ることがあるそうです。

参加者間のネットワーク効果により付加価値を出すプラットフォームというのは、参加者の数が価値のドライバとなるため、集客に大きな投資を必要とします。

それが異なる属性のユーザグループ(例えば「売り手」と「買い手」など)をマッチングさせる場合には、ニワトリタマゴ問題を乗り越える必要があり尚更です。

そのため、プラットフォームを作ることは簡単なことではありません。(あまり難しいことを考えるまでもなく、自分がユーザまたはプラットフォームの参加者だとしたら、なぜそのプラットフォームをわざわざ選ぶのでしょうか?)

「プラットフォームになって楽して儲ける」・・こんな発想が出る事自体信じられない話ですが、GAFAの成功要因がプラットフォームだという表面上の理解が世間を独り歩きした結果、それをそのまま素直に信じこんでしまっている人が多いのかもしれません。

プラットフォームというものは、決して楽してマッチングをして「上がり」を得るモデルではないのです。

知っておきたいキーワード4つ

長々と前置きした上で、前章を(アオリ気味に)書いていたら肝心の本論に割くスペースがどんどんと無くなりました。。反省しています。

本題のベンチャー経営のメソッドのさわり的なものですが、キーワード4つにこめて、それだけ紹介します。

スペース無くなってしまったので興味ある人はググって下さい。。(何を調べたら良いかまでは精一杯伝えます・・!)

「PMF」の達成が最重要

ベンチャー経営における重要キーワードをひとつだけ挙げるとしたら、「PMF」だと思います。

PMF、すなわちプロダクト・マーケット・フィットとは、製品が市場に受け入れられている状態を指します。

PMFが重要なのは、PMF「前」「後」でスタートアップの経営方針が大きく異なるためです。

また、スタートアップはその9割が失敗するとも言われますが、言い換えると9割はPMFに到達出来ずに資金が尽きてしまうということでもあります。

スタートアップの前半生は「PMFを探す」過酷な旅ということでもあります。

プロダクト・マーケット・フィットということですが、実際には「製品(プロダクト)」だけでなく、ビジネスモデル全体も含めた検証となります。
また、「市場(マーケット)」から考えるというより、どちらかというと、特に最初のうちは「顧客」にフィットするか、が大事です。

「pivot」を繰り返す

pivot(ピボット)は、ベンチャー経営を象徴する有名なキーワードのひとつです。
ピボットテーブルではありません。

前述の通り、成功したスタートアップであっても、創業当初のサービスやプロダクト(プランA)のまま成功したという会社は稀です。
ほとんどのスタートアップはピボットしています。

スタートアップの成否を分けるのがPMFだとすると、PMF獲得の巧拙ピボットの巧拙と言ってもいいかもしれません。

正解の無いベンチャー経営の世界では、大小のピボットを繰り返す中で仮説を実験的に証明し、正解にする必要があります。

資金が尽きるまでのタイムリミット(ランウェイ)がある中でピボットの判断を迫られるため、現場では非常に悩ましいポイントです。

「CVP」を検証する

創業当初、起業家の仕事は、自らの仮説を実験的に証明する(従来の定説を反証する)ことだとすると、どんな仮説を作って検証すべきでしょうか?

最終的には検証の範囲はビジネスモデル全般に及びますが、その中でも最も優先して検証すべきものは、CVP(またはUVP)です。

CVPというのは、Customer Value Propositionで、顧客への提供価値です。
別名「UVP」(Unique Value Proposition )。

CVPは「顧客はなぜそれを買うのか?」を端的に表したものであり、
例の有名なマーケティングの格言における「ドリル」ではなく「穴」にあたる部分、(ジョブ理論におけるジョブ)です。

注意点としては、前述の通り「世界初」のアイディアを探す必要はない、ということと、「あったらよい」レベルではなく、「ないと困る」レベルの価値提案をすることが重要です。

また、合議制の結果なのか、継ぎ接ぎ足し算をしたモリモリ「最大公約数」のCVPとなっているのを見かけますが、ベンチャー経営とは限られた資源で自分より遥かに大きな相手と戦うわけですから、CVPは極限まで無駄を削ぎ落とし具体的でシンプルにすることが重要です。

「MVP」で検証する

最後に、このCVPを検証するのが、MVP(Minimum Viable Product)です。

革新的事業(ムーンショット的な)を起こす場合には特に、周囲が反対すること信じてくれないことの正しさを、理屈でなく結果で証明することになります。

スタートアップはその証明をMVPで行います。

MVPは直訳すると「実用に足る最低限の製品」となりますが、「実用」というところの趣旨は前項のCVPで、要は「CVPが成立する最低限の製品」です。

CVP仮説が正しいことを証明するものですので、MVPはどんなに低コストであっても、CVPを体現していることが必要です。

また、MVPは起業家にとっては証明と学習の手段ですが、顧客にとっては「課題に対する最も分かりやすい解決策の具体的イメージ」となります。

単にインタビューで顧客に欲しい物を尋ねたら「『もっと速い馬車が欲しい』と言うだろう」(フォード)というのは有名な話です。ジョブズも顧客に聞くなと言ってますね。(いかにも言いそうですが)

このMVPについてだけでもまだまだ書き足りないところですが、既にだいぶ長くなってしまいましたので、このあたりで終わります。

キーワードの紹介だけ(それも、PMF前の話だけ)というところでしたが、興味が出た方は色々調べてみて下さい。
PMF後の話含め、いつかまた別の機会にもう少し紹介できたらと思います。


本稿では、ベンチャー経営における重要な考え方を、よくある勘違いとキーワードという形で簡単に紹介しました。

かなりのキホンのキですので、スタートアップ界隈の方からしたら些か拍子抜けだったかもしれません。

一方で、「言葉は聞いたことがあるけど、意味はわからない」「何の略か(だけ)は言える」というくらいの方もまだまだいらっしゃいます。

そうした方々も、本稿に触れて「(ベンチャーの)イメージが少し変わった」「一応知っておこうかな」「もうちょっと調べてみようかな」「だいぶ定石めいたものもできてきているんだな」などと感じてもらえたら嬉しいです。

我が国でも今年から国策としてスタートアップが推されるのかどうかはわかりませんが(そうなるといいな)、いずれにしても国際的には経済の牽引役として随分前から注目されている分野(実際に結果を出している分野でもあります)ですので、知っておく価値はアリかと思います!

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