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MBAで教えるデジタル・トランスフォーメーション(DX)のポイント

MBAで「デジタル・トランスフォーメーション」の科目を担当

執筆の背景

2017年1月から2020年6月まで、MBAでデジタル・トランスフォーメーション(DX)をテーマとした科目を教えていました。

具体的にはグロービスの「テクノベート・ストラテジー」という科目です。
その前身となった「ネットビジネス戦略」も2016年1月から2017年12月まで担当していましたので、DX関連の科目ということでは、4年半講師をしていたことになると思います。

蛇足ですが当時としては先進的なことに、2017年7月からはオンラインクラスも担当していて、そのお陰でコロナ禍でのオンラインクラスへの移行もとでもスムーズに行うことができました。

なお、現在は専ら「ベンチャー戦略」を担当しています。

最後の登壇から2年が経過しているため、現在のカリキュラムとは異なる点もあるかと思いますが、今日のこの記事では、当時教えていた内容をもとに、私がDXのポイントと思うことを簡単に紹介したいと思います。

なお、当時ケースに登場していたのは(その後変更もあったかもしれませんが、)アップルやグーグルなど、アメリカのいわゆる「GAFA」「テックジャイアント」企業です。

講座はこれらの企業が覇権を獲得した背景にあった競争環境の変化について学ぶもので、最終的に受講生自身が自社に求められる変革案を書き上げることをゴールとしていました。

まだまだ多い、DXに対する誤解

この記事で当時の内容をもとに改めてDXのポイントを整理してお伝えしようと思った理由は、まだまだDXに対する誤解も多いと思うためです。

そもそも、私がこの科目を担当し始めた当時は、(2016年ということで、)DXの重要性はおろか、そもそもDXという言葉でさえもあまり世の中に浸透していない時期でした。

ただ、それから6年が経過し、コロナ後の現在であっても、様々な企業の現場の話を小耳に挟むと、小手先だけ「デジタル化」「デジタル対応」に留まり、残念ながらまだまだ本当の意味での「デジタル・トランスフォメーション」とは遠い場合も多いのかなと思います。

例えば、(あくまで例として)私の日頃関わる出版業界を例にすると、電子書籍を売ったり本を通販サイトで売るというだけでは不十分です。会議で紙の印刷を減らしたり出張の代わりに支社とビデオ会議で話すというようなことも、本当の意味でのDXとは言えません。

DXというのは本業のバリューチェーン全体の、ひいてはビジネスモデルそのものの変革を指しており、本来は適応できなければ生き残れないというくらい重要な、CEOアジェンダです。

執筆の目的

こうしたDXに対する認識は、今も統一されているとは言い難く、大企業や伝統企業にとっては本業を完全にディスラプト(破壊)されるリスクが大きいと感じています。

やるリスクよりもやらないリスクが大きいのです。

そうした危機感から、私が当時伝えていたDXの要点だけでも改めてnoteに記載しておこうと思うに至りました。

(本来の科目ではもっと幅広い方が対象になるとは思いますが、)本稿では特に大企業や伝統企業本業の「ど真ん中」を担当している方に向けて書きます。

また、世の中の一般的な言説から大きく逸脱することのない範囲で「基本のキ」だけを書くつもりではありますが、一部主観的な記述もあると思います。いつものように、全て個人の見解であり所属する組織や団体とは関係ありません。また、既に述べているとおり最後に本科目で登壇してから2年が経っているということもあり、現在のグロービス講座の内容を説明するものではありません。

恐竜が絶滅するほどの環境変化

GAFAには「倒された側」がいる

まず、GAFA(GAFA以外のテックジャイアントも含め、便宜上GAFAと言うことにします)を研究する場合に、GAFAそのものの革新性に着目するよりも、GAFAが覇権を取るに至った背景としての環境変化に着目します。

一体、どんな環境変化があったのか?
それを考えるために、「倒された側」にも着目してみましょう。

例えばAmazonであれば、「バーンズアンドノーブル」という全米ナンバーワンの書店チェーンを倒して今の地位がありますし、Googleはもともとヤフーの下請けで、検索連動型広告にしても当時のトップシェアは「オーバーチュア」(GoTo.com)でした。

AppleのiPhoneは「ノキア」の市場シェアを奪いましたし、Facebookが出た頃、SNSのトップシェアはマイクロソフトの「Myspace」でした。
Netflixの競争相手は、当時の全米No.1レンタルビデオチェーン「ブロックバスター」です。

倒された側も愚かではなかった

こうした「新旧対決」を見ていくと、興味深いのは、倒された側も手をこまねいていたわけでなく、むしろ一般的な日本の事例と比べると俊敏と思えるほどのスピードで、対抗策も踏み込んだものとなっています。

例えば、バーンズアンドノーブル(BN)は、Amazonの登場からわずか2年後にBN.comをリリース、1998年には$62Mの売上$53Mの損失を出している(出所)。なお、BN.com社はその後分社化、上場しています。

そのほかBNは米国卸最大手のイングラム社6億ドルで買収。BN.comの顧客に翌日配送を可能にしただけでなく、多くの本を卸から仕入れていた当時のアマゾンの喉元にも刃をつきつけた格好です。

この2社の競争は主戦場が電子書籍となってからも続き、BNは2009年には電子書籍端末Nookを自社開発しています。

別業界でも、レンタルビデオ最大手だったブロックバスターはNetflixの攻勢を受けて本業へのダメージを厭わず「借り放題」サービスを開始したりと、思いの外、積極的な防衛策を打っています。

もちろん結果として破れていますが、日本で同様の状況に置かれた企業が、なかなかここまで対抗策を打てるでしょうか。
あまりイメージできません。

ここまでやっても、生き残れない。
だからこそ、余計に警鐘を鳴らしたいと思いました。

実は倒されたのではなく、倒れた?

これらの「新旧対決」に共通して言えるのは、決してGAFAが革新的だったわけではなく、革新されたルールに適応した存在だったに過ぎないのです。

GAFAは「ディスラプター(破壊者)」とは言うものの、どちらかというと恐竜が気候変動で絶滅した後も生き残った哺乳類のような存在かもしれません。

・・・もちろん、恐竜亡き後は「哺乳類」同士の競争もあったわけですが、本稿ではあくまで「倒された側」に着目します。
そして、実は「倒された」のではなく、新しいルールに適応しきれずに「倒れた」のではないか、というところを掘り下げたいと思います。

環境変化に取り残された「恐竜」にならないために

「恐竜」の側、つまり従来の勝者の側に立つと、デジタルトランスフォーメーションは死活問題であり、非常に差し迫ったリスクです。

BNもブロックバスターもノキアも、その後経営破綻しています。
いずれもトップシェアの企業だったわけですから、当時は誰も信じなかったと思います。

生き残れるかどうかは、それぞれの会社が自ら「体質」を変えられるか次第です。はじめは痛みも伴います。

これまでの「利権」(現在の優位性)は進んで手放さなければならず、過去の成功パターンを否定しなければいけません。
また、生き残ったとしても、これまでと同様の規模は維持できないかもしれません。

アンラーニングすべき「昭和」のルールの例

それでは、生き残る術にはどのようなものがあるでしょうか?

既に述べたとおり、変わったのはルールのほうです。
従来の勝者たちは、新しいルールに適応しなければなりません。
反対に、これまでの「昭和」のルールは通用しません。

代表的な「昭和」のルール(従来型の「重厚長大」な産業のルール)としては、例えば、規模の経済によるコスト競争力の獲得ということがあります。

例としては、Amazonにその地位を追われたバーンズアンドノーブル好立地の大型店舗を多く構え、ベストセラーを大量に仕入れて競合チェーンよりもお買い得な価格で販売していました。

またAppleにその地位を奪われたノキアにしても、さらにその前にシェアを広げていたモトローラとの競争では、自社で垂直統合型の強固なバリューチェーンを築くことで、安くて品質の高い携帯電話の生産を可能にしました。

令和の「規模の経済」とは?

同じ原理原則を信じたまま、デジタルに戦場を移すと失敗します。
考え方を完全に切り替える必要があるのです。

この点を「規模の経済」の変化を例に、もう少し掘り下げて見てみましょう。

Amazonが初めに仕入れた商品はベストセラーなどではなく、どちらかというと専門書などのロングテール商品が中心でした。

Amazonの規模が大きくなってからは、ベストセラー商品の価格競争力もつきバーンズと激しい競争を繰り広げましたが、Amazonが競争を制した要因は決してベストセラーの価格ではありません。

皆さん自身に置き換えて考えてみて下さい。大手書店チェーンがAmazon並みに使いやすいサイトを提供したとして、既にAmazonを使っていたとしたら、今から切り替えて使うでしょうか。

当時と今では状況は違いますが、本質は変わっていません。Amazonを選ぶのは、自分の購買履歴が残っていて、他ユーザのレビューが載っていて、Amazon以外の事業者の商品も並んでいる、など便利な点が多いからです。

これらはいわゆる「先行者利得」(ファーストムーバーズ・アドバンテージ)として片付けてしまいたくなりますが、Amazonも実はセカンドムーバーであり、こうした優位性は、企業努力によって獲得したものです。

コスト勝負では勝てない

こうした優位性は、消費者の買い物体験の向上として還元されているものが多く、決して大量生産・大量仕入れでコスト勝負をしているわけではないという点に着目すべきです。

ここでは詳細まで語ることはできませんが、ネットワーク効果データの活用など、デジタル化時代の規模の経済を生かした戦い方をしているといえます。

なお、ジェフ・ベゾスは無類の本好きだったからネット書店を始めたわけでなく、何かをネット販売する上でSKUの多い商材として本を選んだと語っています。

当時のAmazonの様々な戦略は、新時代の経済原則を当時からある程度捉えてのことだったと思われます。

「新旧対決」における、こうした原理原則の理解の違いと思われるものは、Apple vs ノキアや、Google vs ヤフーなど、他の戦いでも見られます。
また別の機会に紹介できればと思います。

DXを勘違い。よくあるNG例

ところで、今回も、わかりやすくするために、敢えて(反面教師とすべき)Don'tsを紹介したいと思います。

会社にDX推進部を作る

これは必ずしも悪手というわけはありませんが、(「デジタル庁」の例もありますし)ハコを作ることによる弊害もあると思います。

それは、本来全社課題であるはずのDXが、一部署のミッションになってしまう可能性があるということです。
横串部門というのは聞こえは良いですが、大組織でそう簡単にはいかないということは読者の皆さんもよくご存じのことかと思います)

極端に言うとDX推進部を作るよりも、「DX商品部」「DX営業部」「DX宣伝部」…というように、各部の名前を変えたほうがいいくらいです。

効率化の方に注力してしまう

デジタル化というと、かつては合理化のための手段として捉えられていた時代もあったかと思います。

会議をペーパーレスにする、リモートワークを増やすなど、悪いことではないですが、これらが本業の生き残りをかけた抜本的変革ではないということは明らかです。

直接費の方でも、例えばメーカーさんがECで直販を始めるとしても、目的はコスト削減でないことに注意すべきです。バリューチェーンが短縮されて、確かにコスト削減余地も出てくるかもしれませんが、目的はあくまで消費者の体験の向上(バリュー再度)とすべきです。

しかも、直販で新たに獲得できるようになった消費者の情報も体験価値向上に反映させるべきです。

派手な「打ち上げ花火」的施策

これはたまに見かけるのですが、昔ならARやVR、今ならメタバースやNFTで単発の取り組みをやって、終わってしまうというパターン。

バズワードで記者を集めて、PRとしては良いのだと思いますが、本来はそんな悠長なことをやっている場合ではありません。

触ってみる、試してみる、慣れていくことは大事なので、その後も広がっていけば全く問題ないのですが、早々に「次の流行」に移ってしまうケースが多くあるようです。

本業の「おまけ」と考えてしまう

デジタルを、本業の2次収入と考えてしまうパターンも多いと思います。
現場としては管理会計上の原価ナシで、黒字化圧力もなく気楽で良いのかもしれませんが、中期的に見たら不幸なことだと思います。

従来のバリューチェーンにひとつくっつけるのではなく、バリューチェーン全体を見直すべきです。

極端なことを言うと、デジタルを本業にしなければなりません。
先ほどのメーカーさんが通販を始める例で言えば、自社のリアル店舗があったとしてもショーケースとして使い、自社店舗からはユーザが通販サイトで発注する、くらいの発想でなければいけません。

「デジタル化」で終わってしまう

これもこれまでと重なる話でMECEではありませんが、大事なことなので重ねて書きます・・。

デジタル・トランスフォーメーションで目指す変革は、単なる「デジタイゼーション」(Digitization)「デジタライゼーション」(Digitalization)とは区別されています。

「デジタイゼーション」とは、媒体をデジタル化すること。出版界で例えると、漫画を紙原稿ではなくデジタルで執筆して受け渡しする、デジタルで入稿して印刷する、などですね。

「デジタライゼーション」とは、バリューチェーンの一部をデジタル化すること。電子書籍の販売を伸ばしたり、通販で本を売ったり、SNS広告を活用したりということになるかと思います。

デジタル・トランスフォーメーションはその先ですので、くどいですが、バリューチェーン全体の変革、ビジネスモデルそのものの改革。全社横断、トップダウン。

「デジタル化」は「悪い例」というか、できているだけでも良い例なのかもしれませんが、せっかくそこまで到達しているのであれば、そこで終わらせずに最終形を目指して欲しいところです。

正しいDXに向かう姿勢

DXはCEOアジェンダ

DXは全社課題です。

前述の通り、本業の生き残りをかけてバリューチェンの全域を見直して、ビジネスモデルそのものを変革していくとしたら、一部署では務まらず、経営がリードしてトップダウンで進める必要があります。

また、少しずつ進めるとかえって副作用で組織がバラバラになることもあるかと思いますので、一気呵成で進めたほうがリスクが少ないかもしれません。(コロナ禍がよいきっかけとなった企業もあるようです)

デジタルの活用は目的ではなく手段であり、全社変革を実現するためには、組織がひとつの方向を向く必要がありますので、DXで何を実現したいのか?DXのビジョン・目的はおろそかにできません。

最も難しいのは組織変革

DXを実現するための一番の障壁は、多くの場合、社員のデジタルリテラシー自社の技術力などではありません。

多くの場合、一番の障壁はDXに反対している(同じ会社の)社員、つまり仲間かと思います。

表立って反対はしていなくても、総論賛成各論反対だったり、優先順位を下げていたりする場合は多いと思います。

それは自然なことで、決して個々人を「変化を拒む恐竜」だとか「時代遅れの老害だ」とか、「保身に走っている」などと決めつけて批判することはできません。

DXは突き詰めれば、将来のために現在を犠牲にしてしまうことがある取り組みです。そのため、現場判断では難しい面も確かに多く、トップ(取締役会)が将来のビジョンと道筋を示すことが重要です。

提供価値の再定義

これまで述べた中にも少しトピックとして登場していましたが、DXの目的の中で、顧客への提供価値は重要に位置づけをしめます。

自分たちのコアな顧客は誰で、その人達に一体どんな価値を提供しているのか?
その価値をさらに高めるために、デジタル技術を(手段として、)どう活用できるのか?

これらは非常に基本的なことですが、伝統企業・大企業の中にはあまりにも長く勝者の地位を謳歌していたために、改めて自社の価値はと問われるとはっとして答えに詰まる場合も少なくないようです。

自社の提供価値の再定義が必要です。

生態系を設計する

顧客への価値提供や、理想の顧客体験の提供は、もはや一社だけでは務まりません。生態系を設計することが重要です。バリューチェーンに代わり「バリュー・ネットワーク」と呼ばれることもあります。

「ファイブ・フォース」で市場のパイを奪い合っていた時代は今や昔、競争戦略よりも共創戦略が重要と言われています。しかも業界内での連合ではなく、業界の垣根を超えた協力関係です。

日本が誇るピラミッド型の「ケイレツ」を持つ自動車産業なんかでも、最近は異業種との提携発表が目立つようになりました。

優先的な地位を独占しているように見えるGAFAでも、見る角度によっては、お互いに補完関係にあります。

例えば、AppleのiPhoneの上でGoogleのChromeが動き、その中でAmazonのサイトを読み込んでFacebookの友だちに「欲しい物リスト」をシェアすることができます。

どんな生態系を思い描いて、その中で自社がどのような役割を果たすのか?が重要です。

自分自身をディスラプトする

実際に実行する段になったら、自社の本業を自ら破壊する覚悟で進める必要があります。

本業に悪影響が出てきたらまだ良い方で、実際にはそこまで思い切った策を打てずに本業に影響すら出ないというケースの方が多いでしょう。

本業に悪影響が出ても構わないとまで言うのは、自らやらなかったとしても他の誰かがやってしまうためです。

もちろん必要以上に「自滅する」必要は無いのですが、目前の売上よりも顧客を大事にするという考え方はできると思います。

ひとつの例として、例えば、リアル店舗の顧客をECサイトに誘導することによって顧客データを集めて体験向上に役立てることがあできるのであれば、店舗でも積極的に移行を進めるべきです。

銀行の例で言えば、窓口やATMを減らして収入が減ったとしても、(窓口やATMは)いつかは無くなるものですから、せめてそこにいた顧客を失わない方法を今のうちに検討したほうが良いでしょう。

実際上の進め方の工夫としては、別会社を設立する、合弁会社をつくる、CVCでベンチャーに投資するなど色々あるとは思いますが、少なくともトップは今までの本業を守るのではなく、今までの方法とは決別して完全に脱皮させる覚悟が必要と思います。


長い記事になってしまいました。
それでも書きたかったことが全て書ききれず、また別の機会に持ち越しです。
構成にも悩みましたが、ひとまず今回は、今まで思ってたDXと違っていた、などと思ってもらえたら嬉しいです。
記事の長さと反比例して更新頻度が下がっていっているので励ましのコメントをお待ちしています。。。(あと、もう少し短くします・・)

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