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他者の心(マインド)がわかる - 看護師の心を育てる認知科学の第一原理

 今日は2023年5月27日午前7時。GW前に準備したベランダの書斎でこの記事を書き始めました。

ミラーニューロンの役割

 この記事を書くに当たってインスパイヤされたのは、「共感脳 - ミラーニューロンの発見と人間本性理解の転換」(クリスチャン・キーザーズ)の序章「人びとをつなぐ」の内容にあります。

 その内容とは、私たちが他者の心がわかることの科学が長年なされてこなかった、その理由の一つとして、私たちが他者の心がわかるということがあまりに当たり前のことで、それが科学的な研究の対象になってこなかったという記述です。

 私たちは他者の心をいとも簡単に理解してしまう、しかも無意識のうちに、という現象の具体例を示します。
 一つは共感脳の中でも引用されているジェームズ・ボンドの膚を蜘蛛がゆっくりと這っているときに、ボンドが何を経験しつつあるのかを理解しようと考える必要がないことです。以下の動画をご覧ください。

  映画のシーンを見ながら私たちはボンドになりきって、ボンドに共感して、ボンドが感じているクモが這い上がってくる感触を感じ取り、不快感や恐怖感を感じ取ります。
 私たちは映画を観たり、小説を読みながらとくに意識したり努力することなしに、登場人物になりきって喜びを感じたり、痛みを感じたり、ハラハラ・ドキドキしたり、ホッとしたりすることができます。それができることはさも当然、当たり前のように思われますが、改めてその背後にある科学的な理由について問われたらどう答えればいいのでしょうか?
 
 私たちがボンドになりきってボンドが経験していることをともに感じることができるのは、私たちの脳に備わった「ミラーニューロン」の機能のおかげです。ミラーニューロンは(鏡、神経細胞)私たちの周りにいる人びとの行動や感情を、まるでその人たちが私たちの一分になったかのように再現(鏡に写ったように)します。そのような細胞の存在を発見したことで、人間の行動の謎の多くが説明可能になりました。例えば以下の動画にある赤ちゃんとお父さんの言葉によらないコミュニケーション(感情のやり取り、声を出して笑うゲームをしようよ、まずお父さんがやってみるね、真似してみて)もミラーニューロンのはたらきによるものです。

「赤ちゃんの様子がおかしい」

 赤ちゃんを育てるお母さんは、赤ちゃんが身体から発信するシグナル(表情、目線、体動や息づかいなど)をミラーニューロンを使って感知し、シグナルの背景にある喜び、不快感、痛み、空腹感、好き・嫌いなどの感情を共有します(赤ちゃんに共感する、赤ちゃんになりきって赤ちゃんが経験していることをともに経験する)。お母さんはミラーニューロンを使うことで、赤ちゃんが経験していることを自分の言葉で言語化することができます。お母さんは赤ちゃんの代理人なのです。
 赤ちゃんが病気になったとき、赤ちゃんは自分の症状を自分の身体を使って表現します。お母さんは赤ちゃんの身体から発信された情報を感じ取り、ミラーニューロンを使って赤ちゃんが経験している症状を共に経験します。そして小児科や病院の救急外来を訪れ「赤ちゃんの様子がおかしい」「なにか病気があるはずだから診察してください」となります。
 言葉を発しない寝たきりの高齢者、あるいは認知症で言葉によるコミュニケーションが取れない高齢者の方にも上記のことは当てはまります。

看護師の役割

 赤ちゃんの様子が変、寝たきりのおじいさんの様子がいつもと違う、認知症のおばあちゃんの様子がいつもとなんとなく違う。ご家族は心配し、患者さんを連れて病院を受診し、問診票に受診した理由などを簡単に記載します。次に、問診票を見た看護師さんが「きょうはどうされましたか?」などと言葉をかけながら患者さん・ご家族に接します。
 「きょうはどうされましたか?」という問いに、ご家族はその人が持っている語彙を使って自分が感じ取ったいつもと違う様子を記述していきます。看護師は患者を観察しつつ(患者が発する正直シグナルの解釈、最初のフィジカルアセスメント)、ご家族の言葉を聴きつつ(問診)、目の前の患者に何が起きているのだろうと推理しつつ(臨床推論)、この3つの作業を統合しながら患者物語(患者さんのそれまでの人生の歴史、健康・疾病の歴史と今回のエピソードの経緯と経過)を創作していきます。

 患者物語は以下の手順で創り出し、最終的には医師に報告します。

  1. 問診票を見たら、自分のエピソード記憶を検索し、以前に経験した似たような事例を思い出し、それを患者物語の雛形に設定する。

  2. 患者や家族から情報が得られるたびに患者物語を精緻化していく。家族からの聞き取りでは、家族が使う家族の語彙を、医療用語に翻訳していく(一方的に翻訳するのではなく、医療用語を家族に分かるように説明しながら裏を取っていく)。

  3. 創り出した患者物語がもっともらしいかどうか、自分で自分を納得させることができるかどうかを評価し、妥当性を高めるための情報を聴き取る。

  4. 自分が納得できるストーリー展開ができたら患者物語の要点をSBAR形式でまとめ医師に報告する。

まとめ

  • 私たちはミラーニューロンを使うことで他者の心を共有することができる(共感する、ということ)。

  • 大事な人の体調の変化は正直シグナルの変化としてあらわれ、正直シグナルを察知した家族はミラーニューロンを使って体調が変化したことを察知し、その結果病院を受診する。

  • 家族は自分の語彙(非医療用語)・言い回しを使って大事な人に何がどのようの起きたのかを説明する。

  • 看護師は、看護の心(マインド)を使って問診票を見て、家族の話を聴き、患者を観察しながら、患者に何が起きたのかを推理しながら医療用語(看護師の心に貯蔵された実践的知識)を使って患者物語を創り出していく。

看護師の心:認知科学の第一原理

  1. 看護師の心の基盤としてミラーニューロンを使って患者の経験を共経験する心を獲得する

  2. 看護師の心の基盤として患者や家族が語る物語から、医療者チームで共有できる患者物語を創り出す心を獲得する



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