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小説 | 凍った星をグラスに。



凍った星をグラスに。そこに琥珀色の液体が注がれる。赤い看板が目印の『ドミンゴ』。ジャズが流れるほの暗いこの空間は、飲む前から酔わしてくれる。

「どうした、まさやん。すこし元気すくないのと違うか」
カッターシャツにエプロン姿。老齢のマスターが眉をくいと上げながらがグラスを差し出した。俺はウイスキーを手にとる。

「本当に綺麗な丸氷ですね。まるで地球。氷なのに、あたたかさを感じますよ。それにしても俺。顔色悪いですかね?」実は、と。最近結婚をしたこと。自分は初婚、相手は再婚で子ども連れ。それは結構と、なかよくしているのだが。娘の春果(10)が、パパと呼んでくれないことが気になっていて……

バニラのような甘い香り。美味しい。会話に夢中で味に意識がむくまでの間に、グラスのなかの地球は一回りちいさくなっていた。

「それは気になるなあ。私は、まさやんが知っいる通り、家庭生活のこととなると自信をもってアドバイスできん。だけど、毎日真面目に向き合っていれば、気持ちは伝わると思うで」

*

1か月後。学校帰りの春果を乗せ、家族で近所のショッピングモールに向かった。100円均一で楽しそうにする春果を眺める。真面目に向き合うかぁ、いったい何をしたらいいのだろう。

「ねえねえ、この文房具も買ってよ。100円だから安いでしょ」春果が、俺にではなく妻にねだった。

「もう買いすぎ!テストの点もあんまりだったでしょ。もっと勉強もがんばらないと」

「ママはわかってない。勉強をするために文房具を買うんだよ。それにテストは苦手だけど、きょう書いた作文は、とーっても褒められたよ」
大袈裟に手をひろげたあと、ランドセルを床に置いた。とりだした作文を手渡す。

「まさくん、見てこれ」
妻が指をさした箇所に『パパ』の文字があった。題は『わたしの家族』だった。寝ているときに布団がはだけていると、そっとかけてくれる優しいパパ。それが嬉しくてわざとやっている。というような内容だった。目頭が熱くなる。努力というほどの努力ではない。風邪をひいてはいけないからと、春果をおもって自然としていたこと。それが伝わっていたのだ。

おやつに玩具。それに文房具もたくさん、買い物カゴに入れ、レジに並ぶ。その時たまたま、製氷皿が目に留まった。

『おうちで簡単まるまる氷』今はなんでも売っているんだなと感心する。だけど、それでも、

『ドミンゴ』の氷は特別に感じる。実際には見たことのない行程も想像できた。マスターが、分厚い氷をアイスピックで突いて割る。包丁で正方形に整えた後、アイスピックで四隅を削りあげペティナイフで剥く。マスターはいつも、みえないところでも真面目に向き合ってくれている気がした。

凍った星をグラスに。そこに琥珀色の液体が注がれる。赤い看板が目印の『ドミンゴ』。ジャズが流れるほの暗いこの空間は、飲む前から酔わしてくれる。


今回は『種』の続きを書いてみました。

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