「場面緘黙」と「選択性緘黙」

場面緘黙研究に取り組む方々と場面緘黙のお話をしていたら,なんだか場面緘黙に関する活動をしたい気持ちになったので,noteを書いてみることにしました。

すぐに書けそうな内容…と思い,場面緘黙の名称について書きました。
(すぐには書き終わらず,夜中になりました。)

1.場面緘黙と選択性緘黙は別物?

度々耳にする疑問です。

答えは「いいえ」
場面緘黙と選択性緘黙は同じものを指しています。

名称が複数あるのです。
ややこしくなるわけです。

以下,2つの名称について詳しく見ていきます。


2.「場面緘黙」,「選択性緘黙」それぞれの使われ方

疾患の診断分類を示したDSM-5(American Psychiatric Association,2013 髙橋・大野監訳,2014),ICD-10(World Health Organization, 1993 厚生労働省訳,2013)における医学的な診断名はいずれも「選択性緘黙」です。

しかし,一般的には「場面緘黙」と呼ぶことが多いようです。
試しにGoogleで検索してみるとヒット数は,「場面緘黙」では約285,000件,「選択性緘黙」では約84,400件です(検索年月日2020年8月16日)。

「場面緘黙」のほうが圧倒的に多いですね。


3.なぜ「場面緘黙」と呼ばれるのか

呼び方が複数あるのはややこしくて嫌だなあと私は思います。
私だけでなく,同じように思っている方も多いのではないでしょうか。

医学的診断名である「選択性緘黙」を使うようにすれば,この問題は解決します。
それでも,「場面緘黙」を使うことには意味があるのです。

「選択性緘黙」と言うと,話さないことを自分の意志で選んでいるという印象を受けることがあるようです。
しかし,場面緘黙(選択性緘黙)の当事者は,自分の意志で話さないようにしているのではなく,話したくても話せないのです。

場面緘黙(選択性緘黙)についてよく知らない人も多く,「選択性」という表現によって誤解されてしまうことがあります。
実際,臨床心理士の方に「特定の場面で話さないことを選んでいる」と言われたというケースもあるそうです(かんもくネット,2008)。

「場面緘黙」と言うほうが,このような誤解を避けられるのではないかと考えられています。


4.英語はelective mutismからselective mutismに変更

ここまで,日本語の名称について書きましたが,英語の名称についても触れておきたいと思います。

DSMにおける診断名はDSM-Ⅲ-Rまでは「elective mutism」が用いられていましたが,DSM-Ⅳから「selective mutism」に変更されました(APA, 1994)。
ICDについては,現在適用されているICD-10では「elective mutism」ですが,今後適用されるICD-11においては「selective mutism」に変更されます(Kogan et al., 2016)。

この名称変更の背景には,場面緘黙(選択性緘黙)のとらえられ方の変化がありました。

「elective mutism」はスイスの精神科医Tramerによって「当事者が自らの意志で特定の場面で話さないことを選んでいる」という意味でつけられた名称でしたが,その後,本人の意志とは関係がないと考えられるようになり,「selective mutism」が用いられるようになりました(Driessen, Blom, Muris, Blashfield, & Molendijk, 2020)。

私には英語の細かいニュアンスがわからないのですが,electiveよりもselectiveのほうが自由に選択する意味合いが弱いそうです。


5.英語名称と日本語名称の対応(Table 1)

mutism名称表

上述のように,「場面緘黙(選択性緘黙)の当事者が話さないことを好んで選択しているわけではない」と,とらえられ方が変化したことによって,DSMの英語名称は,elective mutismからselective mutismに変更されました。
しかし,日本語名称は選択性緘黙のままです。
場面緘黙(選択性緘黙)のとらえられ方の変化が,DSMの日本語名称ではわからないのが残念です…
electもselectも日本語にすると「選ぶ」なので仕方ない気もします…

一方,ICD-11では「selective mutism」の日本語訳が「場面緘黙症」になる予定です(日本精神神経学会,2019 ←「英語病名はICD-10から11で変更なし」と書いてあるのは謎)。
(「場面緘黙」ではなく「場面緘黙症」なのは他の障害とそろえるためだとか。)
単語レベルで見ると英語と日本語が合っていませんが,場面緘黙(選択性緘黙)のとらえられ方の変化を反映させるという意味では良いかもしれません。

和訳する時に単語レベルの対応を優先させるか,名称変更の背景を反映させることを優先させるか…
どちらが良いのか私にはよくわかりません。
英語と日本語を完全に対応させるなんて無理~~~!と思っています。


6.「場面緘黙」,「選択性緘黙」どちらで呼ぶべきか

ここまでの文章で,「場面緘黙」,「選択性緘黙」は同じものであり,名称についてぐちゃぐちゃした事情があることが伝わっていれば幸いです(?)

名称が複数あるのでどちらを使うのが良いのか気になってしまった方もいるかもしれません。

これについては,私はどちらでも良いのではないかと思っています。
「選択性緘黙」は正確な診断名であり,一方で「場面緘黙」を使う理由もわかります。

私は「場面緘黙」を使うようにしていますが,それを他の人に押し付けようとは思いません。
ぐちゃぐちゃした事情を把握した上でどちらを使うか考えてくれると嬉しいな~と思っています。


7.引用文献

・American Psychiatric Association (1994). Diagnostic and statistical manual of mental disorders (4th ed.). Washington D. C.: American Psychiatric Association.
・American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.). Washington, D. C.: American Psychiatric Association.
 (アメリカ精神医学会 髙橋 三郎・大野 裕 (監訳) (2014). DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院)
・Driessen, J., Blom, J. D., Muris, P., Blashfield, R. K., & Molendijk, M. L. (2020). Anxiety in children with selective mutism: a meta-analysis. Child Psychiatry & Human Development, 51(2), 330-341.
・かんもくネット(2008).場面緘黙Q&A 学苑社
・Kogan, C. S., Stein, D. J., Maj, M., First, M. B., Emmelkamp, P. M., & Reed, G. M. (2016). The classification of anxiety and fear‐related disorders in the ICD‐11. Depression and Anxiety, 33(12), 1141-1154.
・日本精神神経学会(2019).これまでの日本精神神経学会での病名検討の経緯,Retrieved from https://www.mhlw.go.jp/content/10701000/000551692.pdf(2020年8月16日)
・World Health Organization (1993). The ICD-10 classification of mental and behavioural disorders: diagnostic criteria for research (Vol. 2). World Health Organization.
(厚生労働省 (2013). 疾病, 傷害及び死因の統計分類提要 ICD-10 (2013年版) 準拠 第2巻総論. 東京: 厚生労働統計協会)

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