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業務フローを圧縮し、建築にものづくりの自由を。「EMARF」がもたらす建築の新しい可能性とは?

雑貨屋に行けば、箸やお皿が買える。家具屋に行けば、机や椅子が買える。自分の住む家だって、不動産屋に行けば購入できる。あえて自分でつくる人はいるかもしれないが、このご時世、必要に駆られてつくる人は少数派だろう。ものづくりは、分業化によって私たちの手を離れ、つくり手の顔すら見えなくなってきている。

ものづくりを私たちの手に取り戻すーー「建築の民主化」を理念に掲げる VUILD 株式会社から、建築業界にとって革新的とも言えるサービス「EMARF」がリリースされた。

一般的に、建築にはたくさんの業者が関わり、それぞれが 2D 図面をもとにアナログなコミュニケーションを行っている。ひとつ見積もりをとるだけでも、こうした業者同士のコミュニケーションやミーティング、図面から加工コストの見積もり算出する作業が発生し、長い時間がかかってしまう。

EMARF は、3Dデータのオンライン入稿システムにより建築の業務フローの圧縮を実現する。

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デザイナーが、設計を行う CAD ソフトのプラグインから、データを工房に入稿すると、その工房で木製プロダクトが加工されはじめる。
Rhinoceros、AutoCAD、Adobe Illustrator、Vectorworks といった建築やプロダクトの設計で使われる主要 CAD ソフト向けに、プラグインとして対応済みだ。

さらに、デザインデータの加工時間と見積りの概算を自動で算出する機能がついているため、デザイナーは見積もりを確認しながら、納得するまでデザインを追求することができる。

このサービスはどんな世界を目指し、どう世の中を動かしていく可能性があるのか。EMARF の開発を行う VUILD 株式会社の代表、秋吉浩気さんにインタビューした。
(聞き手・編集: 池澤あやか)

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デザイナーがよりデザインだけに集中できる環境をつくりたかった

池澤: 今回の EMARF のリニューアルによって実現したかったことはなんですか。

秋吉さん: EMARFによって、デザイナーがデザインに集中できて、納得がいくまでデザインを追及できる環境を実現したい、と考えています。

時代を経るごとに、建築物をつくる過程はどんどん複雑化・分業化してきていて。大昔は、デザインを思いついた人が自分で材料を加工して組み立てるというのが当たり前だったけれど、現代では、間に入る専門業者がたくさんいて、その業者同士が2D図面でやりとりしているから、ひとつ見積もりをとるにも時間がかかります。

池澤: デザインをアップデートするたびに、そのフローが発生するんですね。

秋吉さん: そうですね。それに、従来の建築物のつくり方だと、ものづくりのパワーバランスがデザイナーではなくて施工業者にあります。施工業者に「この加工はできません」と言われると、デザイナーは諦めざるをえません。

そもそも、2D の図面を渡して打ち合わせするのは作業であって、クリエイティブな時間ではないし、デザイナーが 3D でつくったデータを業者に見積もりをとるため一旦 2D の図面に落とさなくてはいけないのも、業務効率を落としています。

EMARF なら、3D データのまま入稿できるし、デザイナーが見積もりを確認しながらデザインすることもできます。実際加工する大きさの板に、デザインしたデータを割りあてることができるので、「これは歩留まりが悪いな、もうすこし板のスペースを効率的に使えるデザインにしよう」とか「もうすこしお金かかっても大丈夫だから、曲線の R に拘ろう」とか、そういうことを確認しながらデザインをすることができます。

池澤: 製造業では、EMARF と同じように、メカニカルパーツなどの 3DCAD データをアップロードするだけで即時見積もりと、出荷をしてくれるサービス「meivy」があって、製造業のありかたに革命を起こしたと言われていますが、EMARF は木工業界の「meivy」とも言えますかね?

秋吉さん: meivy は業種は違うけれど、3D データの入稿や見積もり機能面では参考にしています。EMARF ではそういった機能に加えて、木組みとか加工時の刃の逃げの部分を自動生成する機能があります。ビジュアルに関係ない部分の製作に関してのサポート機能を提供することで、デザイナーがよりデザインに集中できる環境を作りあげています。

より複雑な形状の建築物が実現可能になる

池澤: EMARF のユーザーはどういう人たちを想定していますか?

秋吉さん: 普段から CAD ソフトを使っている、プロ〜セミプロのデザイナーをターゲットにしています。現在、建築家の方や、大手の組織設計事務所にβテストに参加して頂いています。「リモートワークの環境を整える」というテーマで、EMARF のプラグインを活用して自宅の家具をつくっていただいています。

参加していただいている方に感触を伺ったところ、「普段の業務の2割〜3割くらいの時間と手間が減るんじゃないか?」とか「今まで実現できなかったことが実現できる」とか、かなりポジティブな感想をいただきました。

池澤: 今まで実現できなかったことはなぜ今まで実現できなかったのでしょうか?

秋吉さん: 今までのフローだと、デザイナーから渡された三面図などの 2D 図面から、施工業者がデータにおこして加工しているので、複雑な形状の建築物だと実現しないことが多かったんです。実現しても、値段と時間と管理コストがかなりかかっていました。管理コストというのは、従来どおり図面を元に人の手で加工すると、品質チェックも人のがしないといけないので、それを管理するのにかかるコストのことです。機械化すると、そうした管理コストも必要最低限で済みます。

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データで作成したパーツを切り抜くためのデジタル切削機「Shopbot」

秋吉さん: EMARF は 3D データをそのまま Shopbot などのデジタルファブリケーション機器で用いられる切削コードに落として、機械的に加工がはじまるので、そうしたコストはずいぶん減ります。

また、発注まですべてオンラインで完結して、加工した部材は現場に届くので、まるで自分の家に工房がついているような感覚でものづくりを行うことができます。

2度のピボットを乗り越えて誕生した EMARF

池澤: EMARF は、いままで2度のピボットがあって、最初はものづくりしたことない人を対象にしたサービスでしたよね。

秋吉さん: EMARF のバージョン1は、より多くの方に使っていただけるようにコンシューマー向けにサービス設計をしていました。プロのデザイナーが作った家具を、自分の住まいや生活に合わせて、寸法や丸みなどのパラメーターをいじってカスタマイズすることができるというサービスでした。

ものづくりをしたことがない方でも、自分オリジナルのものをつくる楽しさを知ってほしいと思ってリリースしたのですが、一言でいうと早すぎたかなと(笑)

池澤: 早すぎた(笑)

秋吉さん: ものづくりに日常的に親しんでない方は特に、新しいものづくりのためのツールが提供されても、何をつくっていいのか分からないと思います。まずはプロの方にユースケースを作ってもらって、こんな使い方ができるんだ、というのを提示していったほうがいいのかなと思って、現在のバージョン3の EMARF にピボットしていきました。まずは、「表現を追求したいデザイナー」とターゲットを明確化して、使ってもらえる人のパイを増やしたい。ビジネスユースとしても使ってもらえるかなと。

池澤: バージョン2は振り返ってみていかがですか。

秋吉さん: バージョン2は、バージョン1よりももう少しデザイナー向けにアップデートを重ねました。デザイナーの方が、3D でつくった家具のテンプレートを EMARF にアップロードする機能をつくり、他の人からその家具を買ってもらえるマーケットプレイスみたいなものを目指しました。

実際、海外からは500人くらいテンプレートをあげてくれたのですが、日本ではまだ、デジタル切削加工機のようなデジタルファブリケーション機を使ったものづくりはあまりメジャーじゃないということもあって、国内での反応はいまいちでした。

まずは、国内でこうしたデジタル切削加工機を使う前提でものづくりをする人たちのパイを広げないと、と感じて、日常的に表現を追求したいと考えているプロから使ってもらえる人を増やそうということで、現在のかたちに落ち着きました。

池澤: コンシューマーを意識するのが、早すぎたんですかね。

秋吉さん: 順番間違えました。早すぎました(笑)

表現者の可能性を引き出し、建築の民主化を目指す

池澤: サービスの理念に、変化があったりしたのでしょうか。

秋吉さん: ものづくりを民主化したい、つまり、分業化によって、わたしたちの手を離れていきつつある「ものづくり」の喜びを再びわたしたちの手に取りもどしていきたい、という根本は変わってはないですね。

サービスのタグラインは、前はコンシューマー向けに「つくりたいを、解き放て」としていたのですが、もうすこしプロ向けに「建築に、カタチの自由を」としました。

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池澤: 対象物も家具から建築になりましたね。

秋吉さん: 建築物は一品生産なのに対して、家具は大量生産を想起させられます。となると、多くの人にとっては、つくる物というより買う物になってしまうんですよね。オートクチュールであれば、部屋の内装や家具も含めて、建築に近いのかなと。

EMARFは、こうした建築物のような未だ規格化されていないものに対してのソリューションになるのではないかという仮説を持っています。

建築物は一品物だからこそ、当然つくるとなると施工業者はコストに安全率をかけますし、できない可能性のあるものは事前に断ります。でも、これがデザイナーたちの表現の可能性を妨げているとも言えますよね。EMARF なら、こうした表現に課せられた足枷を解放できると思っていて。

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趣味の延長で自分たちで家がつくれるようになるかもしれない

池澤: EMARF が描いていく未来のものづくりはどんなものでしょうか。

秋吉さん: 例えば、今 VUILD で行っている別のプロジェクトで「まれびとの家」というのがあって。山奥の、土地もほぼ0円で、まわりに木材も豊富にあるような環境で、現地調達した木材を、デジタル切削加工機でパーツとして切り出して、費用を限りなく安く抑えて家をつくりました。

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まれびとの家(写真: 太田拓実)

秋吉さん: EMARF のように建築物の部品を自由に出力できるを行うインフラが解放されると、誰かがつくった家のデータを転用してパーツを切り出し、自分で家をつくりはじめる人も出てくるかもしれない。組み立てる際に労働力はかかってしまうけど、自分の余暇の時間を投資すればお金はかからない。もしこんなふうに家が作れたら、趣味の延長で家を建てることができるかもしれません。

もしかしたら、ひとり工務店やひとりハウスメーカーさえ成り立つようになるかもしれません。素人だけではなくて、もともと建築に携わっていた人にとっても、デザインした建築を直接エンドユーザーに届けられるプラットフォームが生まれたことで、建築の届け方がより自由になると思います。

池澤: 今後 EMARF をどうアップデートしていきたいですか?

秋吉さん: アップデートしたいところ、いっぱいあります。例えば、画像認識で木目をスキャンして、節や木目にあわせてパーツの整列を行う機能なんかを組み込んで、より丈夫な建築物をつくれるようにしたりとか。端材の形状を画像認識して、端材で建築物をつくれるようにしたりとか。デジタル切削機械自体をどんどん賢くしていきたいと思っています。

あとは、デジタル切削機械にも種類がいろいろあって、EMARF がまだ対応していない機械もあるので、今後はもっと対応機種を増やして、全てのデザインツールと全てのデジタル加工機を繋いでいきたいと思っています。

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池澤: 今後も大型アップデートが続きそうですね。これからが楽しみです。今日はお話聞かせていただいてありがとうございました!

■ EMARF公式サイト

まれびとの家公式サイト

本記事は、日経MJでの連載『デジもじゃ通信』での取材インタビューを基に執筆しています。

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