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キャッシュレスと国境

この記事は #技術書典 で販売したエッセイ集「旅するエンジニア3」に寄稿したものの一部抜粋です。全文はこちらから読むことができます。

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昨今、中国で急成長しているコーヒーチェーンブランド「luckin coffee」をご存知だろうか。事前にインストールしたアプリで注文から決済まで行い、店舗のカウンターに商品を取りにいくスタイルのコーヒーショップである。2017年10月にオープンしてから約2年間で3000店舗まで急激に拡大している。

新しいサービスやガジェットに目がないわたしも盛大にミーハー心をくすぐられ、先日中国出張に行った際に、宿泊していたホテルの近くにあった店舗に足を運んだ。
どことなくスタバに似たデザインの店内。しかし、カウンターにはレジがない。しょっぱなから大興奮。無現金原理主義者かつテクノロジー礼讃主義者のわたしは、現金で支払われることを想定していないこのサービス設計に胸のときめきが止まらない。早速、レジのないカウンター前に置いてあったパネルの、アプリダウンロード用のQRコードをスキャンした。アプリのインストールが終わったら立ち上げ、商品メニュー一覧から、その時飲みたかったラテを注文。ホットかアイスかだけではなく、甘さなども好きに選んだあと、 WeChat Pay でお会計……とスマートに行きたいところだったが、現実は厳しい。アプリとペイメント機能を連携をする際に中国の電話番号で認証する必要があり、日本の電話番号しか持っていなかったのだ。この日は泣く泣く諦めてお店を後にした。

しかし、こんなもので折れるミーハー心ではない。なんとしてでも中華番号をゲットして注文にこぎつけてやる。ここで急遽中華SIMカードを買ってもよかったのだが、一週間しか滞在しない身ということもあり、香港の SMS 転送サービス「eSender」を短期契約することにした。それぞれ中国国内で有効な電話番号が割り当てられ、その電話番号に送られてきたメッセージは WeChat に転送される。
無事SMSも受け取れるようになったところで、luckin coffee 再チャレンジ。 先ほどつまずいた認証は、SMS認証かと思いきや、電話でピンコードを聞き取って入力するタイプの認証だったようだ。eSender は、SMS しか受け取れないため代わりに音声ファイルが届く。この音声ファイルを開き、ピンコード6桁を聞き取って(なお中国語)、1分の制限時間内に打ち込む必要がある。中国語が全然できない上に、SMS が届くタイムラグもあるため、これは圧倒的無理ゲーである。わたしは再び挫折した。
アプリでスマートにコーヒーを購入している人々を横目に、カウンターにいた店員さん(決済する必要がないお店なので、たぶんサーブ担当の方)に「アプリ内決済ができないので、なんとか WeChat Pay のみで支払いすることはできないか」と交渉し、お店のスマホからコーヒーを注文してもらい、 WeChat Pay で決済をした。

つらい。つらすぎる。ていうか、コーヒーひとつ注文するために、なぜこんなに頑張っているんだわたしは。というか、アプリで注文&決済するこの仕組みは、便利だから存在するはずのものなのに、なぜこんなに苦労しているんだろうか……。

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中国のサービスを使うときには、苦労はつきもの?

思い返せば、これまでも中国でキャッシュレスを使うために、いろいろと苦労してきた気がする。中華電話番号のSMS認証が必要なサービスも多いため、中国移動というキャリアの格安SIMを契約しに行ったり、 WeChat Pay や Alipay に入金するためには、銀行口座との紐付けが必要なので、翻訳アプリを駆使して口座開設チャレンジをしてみたり……。銀行や店舗によっては、勤務証明書が必要だったりして口座を作ることができなかったので、わたしも「中国工商銀行の〇〇の店舗なら口座が作れるらしい」という噂を聞きつけてわざわざそこまで足を運び、口座を開設した。このように、外国人が中国のサービスを使おうと思うと、そこには正直かなり高いハードルがあると言えるだろう。しかし、むしろその難易度の高さにオタク心をくすぐられていたし、ゲームの実績解除感覚で楽しんでいたといっても過言ではない。

わたしが参入した時点でも、なかなかハードなゲームだったのだが、最近はさらに難易度が上がっていると聞く。昔は WeChat Pay を使うだけなら、すでに WeChat Pay に登録している友達からいくらか送金してもらえば、アカウントを有効化することができたが、最近は銀行口座を紐づけないとアカウント有効化すらできない。Alipay は WeChat Pay よりも観光客に優しく、クレジットカードをひも付ければ使えるという話も聞くのだが、わたしが最近登録を試みた時にはその導線はなくなっていた。

よく状況が変わるのでそのうちまた変わるかもしれないが、こんな現状を見ていると、思うのだ。こんなたっかいキャッシュレスの国境の壁がそびえ立っていて良いのかと。今、外国人観光客という立場で中国へ旅行に行き、苦労をせずに用いることができる決済手段は、現金もしくは銀聯カードになるようだ。しかし一方で、中国国内のキャッシュレスはめまぐるしいスピードで進化しており、現金や銀聯カードを使うことが前提になっていない luckin coffee のような、アプリで注文から決済まで行うことを前提としたお店も増えてきている。外国人観光客は置いてけぼりになったまま、中国のキャッシュレスは今後も進化していくのだろうか……。

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キャッシュレスは便利だが、国境がある

「中国のサービスを使うときには、苦労はつきもの」と述べたが、より正確には「外国人が外国で先進的な支払いサービスを使うには、苦労はつきもの」と言った方がいいのかもしれない。これは中国だけの現象ではなく、諸外国のキャッシュレスサービスでも同じことが言えるからだ。もちろん日本も同様だ。日本は諸外国に比べてキャッシュレス化が遅いと言われ続けてきたが、ようやく民官両輪で推進されるようになったことに伴い、いままで現金払いしかできなかった小さな飲食店や小売店でもキャッシュレス決済ができるようになってきた。わたしは、電車やコンビニでは、決済スピードを重視して Suica を使い、飲食店や小売店では iD や PayPay 、友達との割り勘では LINE Pay を使う、といった具合に、それぞれの利点を鑑みながら使い分けているのだが、一歩海外に出ると、わたしはこれらの決済手法を使って決済を行うことはできない。アメリカに行けば、クレジットカード一択だし(サインもピン入力もめんどくさい)、中国ではスマホ決済が主流だ。

訪日外国人観光客にとっては、日本のキャッシュレスはどう映るだろうか。日本では現金のみ対応のお店もまだまだある……という闇はひとまず脇に置いておいておくと、キャッシュレス決済手法が乱立している分の恩恵とも言うべきなのだろうか、小規模な店舗でも、レジにAirPAYの決済端末などが導入されているお店では、クレジットカード決済や Alipay、 WeChat Pay などでも支払いが可能だ。しかし、キャッシュレス導入コストが低いスマホ決済だけ対応しているお店については、わたしが中国で WeChat Pay や Alipay の登録に苦労していたのと同様に、LINE Payや PayPay などの日本のスマホ決済に登録するときには、日本の電話番号でアクティベートする必要があるらしく、訪日外国人観光客にとってはなかなかハードルが高いと言わざるをえないだろう。

中国の場合も日本の場合も、スマホ決済運営会社が観光客に対してあえてハードルを高くしているわけではないだろう。それぞれの国で法律も異なってくるという現状のなかで、国を超えて電子マネーを扱うのはそう簡単なことではない。例えば、日本では「犯罪による収益の移転防止に関する法律」というものがあり、こうしたスマホ決済アプリを使う際には本人確認が必須とされている。中国でも「中华人民共和国网络安全法」の中で、サービス提供者側が、身分証や銀行カードによって、真のユーザーの個人情報とアカウントの紐付けを行うことが必須とされている。

どこの国においても、キャッシュレスサービスの本人確認は必要で、その際にその国の身分証明書や銀行口座を持っていない人、いわゆる「例外」への対応は、後回しになりがちだ。

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広がる連携の動き

こうした中で、国を超えたスマホ決済の連携の動きが広がっていることも事実だ。2018年9月には PayPay と Alipay の連携が発表された。Alipay でも PayPay のQRコードをスキャンすると支払いをすることができる。また、2019年8月には LINE Pay と WeChat Pay との連携も発表された。2019年8月現在、まだどちらのアプリケーションでもAlipayのQRコードをスキャンして決済をすることはできないので、あくまで訪日中国人に対応したい店舗側にとって美味しい話ということに留まっているが、今後対応する可能性も充分にある。しかし一方で、進化しつづけている中国のキャッシュレスに、日本のキャッシュレスはどう対応していくのだろうか。先日中国のセブンイレブンに行った際にレジにあったのは、QRコードリーダー兼、Alipay の顔認証支払いのためのカメラデバイスだった。Alipay アプリに自分の顔を登録しておくと、レジのカメラの前に立つだけで「顔パス」で支払いを済ませることができるというものだ。ユーザーが顔認証の利便性に慣れてくると、今後決済用のQRコードが衰退する可能性もある。

共通規格はクレジットカードでいいのか

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