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【インタビュー】人生最期のときを共にする伴走者 ~ある訪問看護師による看取りとグリーフケア~①

ある日、みちこさんのSNSの投稿が目に止まった。

旅立つ方を看ていると色んなことを教えてくれる
そして、その時が近づくと静かな空気が流れる
静=生
最期まで生きるを見せる
そこに寄り添う看護師って本当に尊いって思う

小川糸さんの著書「ライオンのおやつ」の世界と重なった。
主人公である末期がんの30代女性が、余生を瀬戸内海の島にあるホスピスで過ごすと決めて、そこで出会った人たちと心を通わせながら穏やかな死を迎える、静かであたたかいストーリーだ。

身近な人を亡くした経験がない私は、死に向かっていく人との関わり方や看取りについて、現場にいる看護師のみちこさんに話を聴いてみたいと思った。

その旨メッセージをしてみると、みちこさんは病棟勤務ではなく、訪問看護をしていた。まさに私が知りたかったテーマだった。自分の直感にブラボー!と心の中で叫んだ。

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訪問看護に興味を持ったワケ

看護師になって8年、当時、みちこさんは都内の病院の循環器科病棟で働いていた。

その病棟では、再入院してくる患者が多かった。
「なんでこんなにリピーターが多いんだろう。家でどんな生活を送っているんだろう」とみちこさんは疑問を持った。それまでは在宅のことは全く興味がなかったが、訪問看護に関心が向いた。

その時期に入院患者として出会ったのが、訪問看護ステーションのゼネラルマネージャーをしていた男性だった。
その男性がみちこさんのことをとても気に入り、入院中にそのステーションで働く約束もできていた。みちこさんは転職することを決めていたが、そのタイミングで子どもを授かったため、近い将来、訪問看護の仕事をしようと思いつつ、今回は辞退することにした。

それまで都内の職場に通いやすい土地に住んでいたが、海が見える方面に引っ越したいという夫の希望もあり、出産を機に海辺の町に引っ越した。地元で訪問看護ステーションを探して、すぐに見つかったのが、現在も勤務している病院だった。

30代前半で訪問看護の仕事に就き、二人目ができて一時中断したが、40歳になる年に現場に復帰し、同病院の緩和ケア病棟で働いた。しかし、やっぱり訪問看護に戻りたくなり、異動を申し出た。訪問看護の面白さを知ったみちこさんは、在宅医療の世界に夢中になっていった。気がつけば10年の歳月が流れていた。

訪問看護サービスとは

まずは訪問看護について簡単に説明をしたい。

訪問看護とは、病気や障害のある方が住み慣れた地域・自宅で、その人らしい療養生活が送れるように支援する在宅サービス。
地域の訪問看護ステーションから、看護師や理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が利用者の生活する場所へ訪問し、医療的ケアを提供する。

訪問看護サービスの流れは、まず、利用者やその家族、地域のケアマネジャー、医療機関などが訪問看護ステーションに依頼し、患者の主治医が訪問看護指示書を発行する。その指示書に基づき、ケアマネージャーが立てたケアプランや訪問看護師が作成した訪問看護計画書に沿って訪問を開始する。

訪問回数は利用者の状態に応じて変わってくるが、月1回から多い人は週1,2回程度、がんの末期の患者などは刻々と病状が変化するため毎日というケースもある。みちこさんの職場は、スタッフ7名で一週間の担当を割り振り、各自、午前2件、午後2件ほど訪問を行なう。

訪問看護ステーションの多くは、利用者の急変などに備えて24時間オンコール体制を取っている。そのため、訪問看護師は月数回のオンコール当番を受け持つ。

病棟看護と訪問看護の違い

訪問看護師による訪問は、基本的に看護師1名で行なわれる。つまり、何か病状変化があったときに、周りに頼れる医療者が誰もいないということ。そのため、的確な判断力が求められる。

みちこさんは、初めてのオンコール当番でいきなり看取りを体験することになり、オンコール当番の洗礼を浴びた。

「どうしよう。亡くなっちゃってる」

焦りや不安があったが、所長に連絡して無事に対応できた。今は経験を積み、その場で患者の状態を見て、的確に判断して動けるようになったが、経験が浅いときは、利用者宅に行ってみて、自分が想定していた以上に病状が悪い場合は緊張が走った。
病棟勤務だったときは、患者に何かあればナースコールをして、誰かにヘルプを求めることができた。それができないというプレッシャーが訪問看護にはあった。

訪問看護サービスは、乳児から高齢者まで年齢制限なく利用できる。
がん末期の利用者は、年齢層が幅広い。高齢者の場合は、日常生活能力が低下し、一人で入浴できない、あるいは入浴時に病状の観察が必要な人が訪問看護サービスを利用するケースが多い。パーキンソン病やALSなど神経難病の利用者もいる。
病棟は科ごとに分かれているが、訪問看護は全てを扱う。年齢層や病気の種類が多岐に渡るため、幅広い知識が求められる。

患者の置かれている環境も、病棟と違ってまちまちだ。家族がいるからといって、全てのケースで協力が得られるわけではない。

「整った環境の中でケアが行なわれる病棟勤務を経験した看護師は、訪問看護の現場に初めは衝撃を受けると思う。病棟でまかり通っているケアのやり方では通用しないから。
在宅の患者さんは、病院が苦手で自宅に戻るケースが多い。自分の考えをしっかりと持っていて、自分の領域を守ろうとする。その方のお城に入っていくにあたり、私たち看護師は患者さんに合わせていく必要がある。その関係づくりが一番大事。
少しずつ関係性を築きながらその患者さんの城壁を越えていくと、相手も心を開くようになるから、そこで私たちのスキルを伝えると患者さんやそのご家族が今までよりも楽になる。頑なになっている患者さんやそのご家族の中に看護師が入ることで視野が広がるの。
そうやって心を通わせながら患者さんがいい方向に向かったら、こんな幸せなことはない」

自分が心を開くと相手も心を開いてくれる

あるとき、みちこさんは、がんの末期患者である職人気質の高齢男性を担当した。
これ以上治療する必要性がないと判断され、適切なフォローがないまま、がん拠点の大病院から退院させられていた。
一目見て、これは長くないと分かった。苦痛を取る薬も全く処方されずに帰宅させられ、帰宅後もずっと吐いていて辛そうだった。

それでも、訪問一日目は「大丈夫だよ。その病院でも色々よくやってもらっていたんだよ」と気丈に振る舞っていた。みちこさんは、「体の様子を看たいから、明日また行かせてね」と言って帰った。
緩和医療に精通している主治医であれば、痛みを上手くコントロールして自宅での看取りができたのだが、残念ながら疼痛コントロールを得意としない医師だと分かったため、みちこさんは早めに病院につなげたいと思った。

訪問二日目、その男性は症状が重くてげっそりしていた。
「辛そうだから病院に行こうよ」と声をかけると、「いいよ、もうこの状態でおれは死ぬ」と言った。話すうちに、お腹の傷を見せながらみちこさんに向かって弱音を吐き始めた。男性が心を開いているのが分かり、みちこさんは声をかけた。

「分かったけれど、家にいたところでこの状況は変わらないから病院に行こう。そこの病院はうちと提携している病院で、痛みや辛いのを取ってくれるから。それは私が保証する。絶対に大丈夫だから」

すると男性は、「そうか」と言った後に妻を呼んだ。「入院しようと思うけれどいいか?」との言葉に、ずっと連れ添ってきた妻は、涙ながらに「そうね...」と答えた。
そして、「もうその病院以外は連れて行かないでくれよ」と言う男性に、みちこさんは「大丈夫だから安心して」と答えた。
男性はその二日後に亡くなった。

実は、その男性は、入院中の病院の対応に不信感を募らせ、心を閉ざしていた。どう見ても痛みはあるだろうとみちこさんは思ったが、一日目は「痛みはない」と言った。しかし、二日目には、「入院中、痛いと伝えても誰も来てくれなかった」と男性は打ち明けた。
長年の経験から、自分が心を開くと相手も心を開いてくれるとみちこさんは感じている。

みちこさんがもう一つ伝えたいのは、病院選びのポイントだ。

「皆さんに伝えたいのは、病院をブランドで選ばないでほしいということ。治療効果を上げるのは、基本的には信頼関係。きちんと患者さんの話を聴いて、その人に合った治療法やケアを考えてくれる医療者を選んでほしい」

残された時間を大切にしてほしい

「お看取りは大変だけど、とても神々しい。死期が近づいてくると顔の表情がだんだん変わる。ちょっと仏に近いような顔になる。それは経験してみないと分からないのかもしれないけど、ああ近いなというのが感覚的に分かるの」

みちこさんが死期が近い人と過ごすときに意識しているのは、自分に正直でいること。嘘をつかないこと。できないことはできないと言い、自分が思っていることは相手にきちんと伝える。そのことで相手を傷つけてしまうこともあるかもしれないが、それが誠意だと思っている。

死が間近に迫っても、家族はなかなかその死と向き合えないことがある。その人を失いたくないという思いがあるからこそ、怖くて背を向けてしまうのだ。
みちこさんは、刻々と近づいている命のタイムリミットを見極め、家族がその現実に向き合えていないときは、ここぞという瞬間を捉えて心の準備に働きかける。

「向き合うときだよ」
「覚悟した方がいい」

みちこさんは、家族で一緒に過ごせる残り少ない時間を大切に過ごしてほしいと思っている。亡くなったあとに後悔しないためにも、みちこさんは相手の懐に積極的に入っていく。
男性はあまり自分の胸の内を話さないケースが多い。そういう場合はメールでの会話を試みるなど、相手に合わせてコミュニケーションの方法を変えながら、家族にも丁寧に寄り添っていく。


夫の死が間近に迫っていても、怖くて向き合えない女性がいた。
そのような中、症状はどんどん進行していき、これはもうあと数日だろうというとき、玄関先でみちこさんは、「今、どういう状況か分かっていますか」と女性に尋ねた。
「分かっているけれど、いざそういう状況になってみたら怖くなっている自分がいた」とそこで初めて本音がぽろりとこぼれた。
女性は今も夫に一生懸命に食べさせようとしていた。

「今はそういう状態ではないよ。そういうことをすると、かえって苦痛を与えることになってしまう。今はもう見守る段階。そして、覚悟をした方がいい」
とみちこさんは伝えた。
「分かりました」と女性は静かに答えた。
夫はその日の夜に亡くなった。



人生最期のときを共にする伴走者 ~ある訪問看護師による看取りとグリーフケア~② へつづく


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