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妊娠は変化のチャンス(6)夫との出逢い

前回の記事では、就職したことやお金との向き合い方の変化について触れました。

その続き「会社を辞めるまで」について書こうと思いましたが
その前に重要なターニングポイントがありました。「夫との出逢い」です。
30代前半を語る上で重要な出来事なので、今回はこのテーマでお届けしたいと思います。

人生100年と仮定すると、おそらく夫との出逢いは
私の人生のトピックスTOP10には入るでしょう。(もっと上位にしろ)
現時点ではTOP3くらいです👏感覚値ですが。

それは30代前半の入口の出来事でした。

「独身を貫く」をあっさり撤回

29歳の秋に人生初の就活を経験し会社員となった私。
とにかく新しい仕事を覚えよう、慣れようと忙しい毎日を過ごしていました。

夫と知り合ったのは30歳になったばかりの春。
ド新人ながらも営業マンとして独り立ちしなければならない時期を迎え、
ますます仕事以外のことは考えられない状態でした。
恋愛中心の20代を過ごしたことで、恋愛には疲れ果て、
仕事に生きる女性になろう!と思っていた矢先でもありました。
そのため、夫のことは社会人として初めてできた男友達程度に考えていました。

そもそも就職を目指したきっかけの一つに
私は結婚はできないと確信した、ということがあります。
これは呪いその2が強く影響していました。
他人に自分の弱みを見せられない=家族になるなんて無理
ゆえに、誰かに養ってもらう未来がないから、自分で稼がなくては。
そう考えたんですね。
親にもはっきり断言していました。
一生独身で良いと思えたので婚活もしないよ、と。
(結婚=養われるという価値観は両親の影響だと思います)

しかし事態は一変します。
夫とは適度な距離を保って友達として接していましたが
いつの間にか懐に入られ、交際に至っていました。
彼自身が人たらしなこともあるでしょう。

その上で、彼との関係は私の不安や懸念を払拭してくれるものでした。(下記)

①仕事や生活に支障がなかった。
②むしろ忙しさの中でオアシスになった。
③過去の恋愛パターンと全く違った。

①仕事や生活に支障がなかった。
仕事に生きる女性になる=恋愛はしない、そんな暇はない。と思っていました。
でも世の中には仕事バリバリやって恋愛もうまくいっている女性がたくさんいます。
自分にはそれができないと思い込んでいたし、本気の恋愛は重たいと感じていたので余計に敬遠していたんですね。
蓋を開けてみれば、LINEで他愛ないやり取りをしたり
休日に一緒に出掛けたりするだけのことで、
大した労力は使わないし、相手に合わせる義務はなく
自分の都合を優先することもできたのでした。

② むしろ忙しさの中でオアシスになった。
友達感覚のままスタートした夫との関係は
私を疲れさせることはありませんでした。
気を遣わなくていい相手とのLINEや電話は女友達とするのとなんら変わらず楽しいし、
返事を待たされても不安にならないし、会うのも億劫ではありません。
余計な感情に振り回されることなく、むしろ癒しになる恋愛があるのだ
と気付くことになりました。

③ 過去の恋愛パターンと全く違った。
呪いその1の影響で
惚れるのも早ければ飽きるのも早い=早期にお別れ👋がパターン化していた私にとって
まだ惚れていない相手と向き合って育てる恋愛は、初めての経験となりました。

私の環境が20代までと変わったことは大きいと思います。
会社員になる前は、正直、暇でした。情熱を注ぐ先が恋愛しかなかったんです。
彼氏もしくはそれらしき存在が常にいて、当時は無自覚でしたが恋愛依存状態でした。
会社員になってビジネスで男性と接する機会が増え、免疫がつき過ぎたのでしょうか。
男性をオスとして見なくなった自分がいました。

こうして古い価値観が一掃されたところに
人たらしな夫との出逢いがあり、新しい価値観を構築できたのだと思います。

独身を貫くと断言していた私は、ある日両親にこう言います。
「今度、紹介したい人がいるから連れてくるね」
この時はまだ結婚したいと思っていたわけではないのですが、
家族になれるとしたらこの人しかいないと思えたんです。

徐々にカドがなくなっていく自分

夫と一緒にいて一番変わったと自覚していることは、優しくなったことです。
丸くなった、と言うのがしっくりくるかもしれません。

交際当初は仕事のことで頭がいっぱいだったり疲れていたりで
常にピリついていて、夫に優しくできなかった私。
それに対して、常に飄々として余裕のある夫。
なんだか自分が小者に見えてきて、反省しました。

今考えると、夫に対してだけではありません。
当時は実家に暮らしていて、母に対してもかなりキツく当たっていました。
そんな私に辛抱強く付き合ってくれた夫の寛容さに触れ、
私自身も少しずつ寛容になれたのです。母に対しても。

こうしてカドが取れてくると、他のことにも執着がなくなってくると言いましょうか
まぁいいじゃない。と思えることが増えていきました。
夫と1年ほど同棲していましたが、よくある「また〜しっぱなし!」「なんで私ばっかり!」みたいな場面が結構あり
最初はイライライライラしていました。
でも、よく考えたらお互い様なこともあるのでは?
それでも気になることは口で言えばいいし、冷静に伝えればいい。
そんなふうに考えられるようになってからは、何一つ不満に感じなくなりました。
「今回は私がやればいいか」「あとでお願いしてみよう」そう思えば、すべてなんでもないことでした。

ちなみに、夫婦関係を良好に保つために私が心掛けているというか、
心掛けているうちに習慣になったことは
相手に指摘や頼み事をする時は、口調にネガティブな感情を乗せないこと。
必要以上に明るめに話す、おどけながら伝える、と言い換えてもいいかもしれません。
指摘や頼み事は相手にとって嬉しいものではありません。
なので、少しでも嫌な気持ちにさせないために工夫していることがこれです。
誰と接する時にも有効なので、子育てにも活かしたいと思っています。

家族になったことの意味

結婚後、結構しんどいトラブルがあったのですが
この人と家族になったことは、自分にとってどういう意味があるだろうか?と考えた結果
乗り越えることができました。

そのときは結婚式のことを思い出していました。
大切な人たちの前で、どんな時も相手を愛し赦すことを誓ったんだよな。とか
家族の誓いで私の手を握ってくれたお義母さんの手は温かかったな。とか
他人と家族になるってことは、パートナーとただ一緒になることではなくて
自分の人生に大切な人や大切な瞬間が増えることなんだ
と実感した日でした。

金銭的事情や価値観によって、結婚式を挙げない夫婦も最近は多いかもしれませんね。
私も結婚式に特に憧れはなく、人付き合いも広くないので不要と考えていました。
それより結婚後の生活費が惜しいよね!みたいな。
夫も似た考えでしたが、イベントに行った中で気に入る式場があったので
派手なものではなく少人数での思い出づくりとして式を挙げることにしました。
お金は掛かったけど、やって良かった。
この時の幸せな思い出や自分の決心が支えになるから、絶対挙げた方が良いと思います。

ただし、愛を誓ったと言っても相手を信用できなくなった場合は、思い出にすがる必要はないと思っています。
それは一緒に過ごす中で相手の本性に気づいてしまった、関係が変わってしまった、
そういう事情なので、今もしくはこれからの自分が我慢して受け入れることではないと思います。

私の場合は
この先もこの人を信じて支えていくことができるか?
今この人を斬り捨てたとして、自分はもっと良い人生を送れるか?
そう問いかけたら、答えは明白でした。

目の前の出来事やそれによって受けた心のダメージは、解決さえすればいつかは消え去ります。
しかし大切な人を自分の人生から切り離してしまった場合、その後悔は消えません。

ちょっとサイコパスな発言ですが
私はこれまで、身近な人が亡くなって泣いたことがありません。
あまり実感が湧かなかったのだと思います。
でも夫に関しては、もし急にいなくなったら?と考えただけで気が狂いそうです。
気が狂いそうになりながら「終電乗れたの?」なんて連絡している健気な妻です🙃


結婚式は絶対挙げた方がいい!なんて主張するつもりもなく書き始めたのですが
改めて思うところがあったので、加えました。

他人と家族になるなんて無理だった私が
プロポーズされてもいないのに家族に紹介したり同棲しようと提案したり
ずいぶん変わってしまいました。

若い頃の自分にはトゲがあってミステリアスなところもあって
そういうキャラクターに見られることを、本当は楽しんでいたような気もします。
だからこんなに丸くなってしまって、寂しくなるときがあります。

だけど、これが今の本当の私。
なりたかった私ではないかもしれないけど、誰のためでもなく自分の人生を生きている私です。
そんな私に出逢わせてくれた夫に感謝しています。

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