最近観たもの読んだもの

野放図に話していこうと思う。本当になんとな~く書こうかなと思ってやっているので、本当にテキトーに。ネタバレは惜しまないので、これを読む奇特な人は目次から上手いこと飛んでネタバレは回避してがんばってね。



・石黒正数『それでも町は廻っている』


もともとアニメは観ていたのだけど、なんの気なしに塩漬けにしていた原作を取り出して読み始めたら止まらなくなった。もちろん最終巻まで読んだ。廻覧板はまだだ。

なんというかこの漫画、やたらめったらに面白いのだ。基本的には商店街でおなじみのキャラがワイワイワワイの時にじんわりみたいな日常コメディを展開しつつ、時折SFにぶっ飛んでみたり、そもそも漫画全体に時系列シャッフルという仕掛けが施されていたり。野放図なおもしろさ。キャラクターに愛着が湧くのはもちろんのこと、時系列シャッフルの都合でキャラクターの関係性も話数順では測れない。この時点でこの二人の関係は? あだ名の使用、ツッコミの距離感……考える材料はたくさんある。でも考える必要は特にない、ひたすらにおもしろいから……。そして静ねーちゃんはエロい。

どの回がお気に入りかといえば、やっぱりべちこ焼きの話だろうか。たぶんこの回答ベタだよね? でもあの話妙におもしろい上に静ねーちゃんが主役なのもあっていいんだよね。最終巻の『大事件』『悪』とかもかなり好き。積み上げてきたものの集大成みたいな趣の話としてこういう後味が出ているのはなんだか珍しい感じがある。その分、シーサイドの話やエピローグでしっかりエモも拾ってるし。そして歩鳥と紺先輩。どこまでいっても百合のオタクが抜けない。




・『ヤクザと家族 The Family』


ずっと気になってたんだけどなぜか見逃してた映画。綾野剛が演じるヤクザ、賢治の1999年~2019年にかけての生き様と共に、社会がヤクザを取り巻く環境の変化を取り扱っている。

なんというか、期待していたものからちゃんと期待していたものが出てきてくれて嬉しかった。嫌な現実をしっかり描きつつ、そこから向かってほしい希望と半々の、ギリギリの中間で踏みとどまって映画にパッケージングしたような。ここ好きポイントとしては、やっぱり最高の綾野剛とか、密猟をするヤクザとか市原隼人と磯村勇斗が良すぎるとかキリがないのだけど、まあ話題にすべきはそこでもない気がする。

賢治たちヤクザと幼少期からふれあってきた翼くんが、いざ久方ぶりに会ったら半グレになっていたという展開はすごくグロテスクだ。磯村勇斗の良すぎる顔を差し引いても普通に生々しくてイヤだな~と思うけれど、そのイヤだな~はこの映画が狙っているところだと思う。もう本当、賢治を取り巻くすべてがバタンバタンと嫌な方向に倒れていって水底へと収束していくのは「家族的なつながり」の美しさが燦然と輝いていながらもドロドロの現実沼に落とされていくようでひたすらに悲しいのだけど、最後の展開……娘のアヤちゃんが花を供えに来て、すべてを知っている翼に声をかけ「話そっか」に落ち着く展開に一つの希望がある。

「ヤクザというレッテル」というワードが劇中登場するけれど、翼くんはレッテルの奥にあるヤクザたちを知っている。出会い、話す機会があったからこそ。そして、アヤちゃんも少しの間ながら賢治と時間を共にし、彼のことを知っている。だからこそ、花を供えに来たのだろう。翼は半グレになり、アヤは親と共に在った暮らしを喪失した。そんな現実があるけれど、二人は「話す」ことによってレッテルの奥にあるものを見つめることができる。現実はクソだし変えようは中々ないけれど、一人一人が対話し、つながり、認識を変えていくことは出来る。儚い希望で、クソみたいな現実の大きさと比べたら風前の灯火だけれど、それがあるとないとでは雲泥の差だ。そういう描写も含めて、この映画の存在は嬉しかった。




・『劇場版マクロスΔ 激情のワルキューレ』


絶対LIVE!!!!!!はもちろん観た。なにも言うことはありません。


絶対LIVE!!!!!!を観る前日に激情のワルキューレを見返したのだけど、これがまあ意外に面白かった。マクロスΔは正直なところTV版が失敗に終わったので、映画を観に行くと「あれをよくもまあここまでまとめあげたな…」という感想が先に出てしまい、映画そのものをあまり見つめてあげることができなかった。だからこそだろうか、二回目である今回はしっかりと物語を見つめることが出来た。

ハヤテとフレイア、美雲とワルキューレ、メッサーとカナメ、ロイドとキース……それぞれの物語がどのように行き着くのかを把握している分、映画にするにあたってどういう描写が拾われ、配置されて結末へ向かう道を形作ったのかがよくわかるし、わかっているからこそ過程が滲みる。ここまで来てやっと、ちゃんと物語を受け止めることが出来たという感覚が確かにあった。映画単体で観ると作品との付き合いが短いので、美雲とワルキューレという「過ごした時間の長さが関わってくる関係」が若干説得力に欠けるものになっていることなどもったいない点はあるものの、ものすごい情報量を歌と空戦で叩きつけてくるだけでもかなりエンタメとして強いので楽しめる。それに、これの先には『絶対LIVE!!!!!!』がある。それだけで十分だ。




・イカゲーム


デスゲームは日本でどうこうといった話題が挙がったけど、観ればわかる。イカゲームが流行っているのは面白いからだ。有無を言わさぬ面白さ。とにかく脚本が上手い。……てな具合に褒めちぎれればよかったんだけど、終盤になって雑なところが目立った。ちゃんと見ると雑なだけで、ドラマとしての面白さは申し分ない。だからこそ、色々ともったいなかった。

扱われるゲームはどれもシンプルで、キャラクターとそのドラマが浮かび上がるようになっているのが上手い。一話でセンセーショナルに展開して、二話で一度帰してキャラを掘り下げて~という構成もすっご~く上手い。かつてゲームに参加した兄を追う潜入刑事というサブプロットを立てて、展開に疾走感を持たせるのもすごくいい。ちょっぴりだけ希望を見せてくれるラストも好きだ。

しかし、フロントマン周りの展開はあまり拾われずに終わるし、掘り下げも薄いため、結局のところ展開の速度を上げるために使われて終わってしまった。ゲームの平等性という思想もおじいちゃんのものだったわけで、フロントマンの薄っぺらさが際立つ。続編を匂わすくらいなら、さんざんサブプロットで追っかけてきたものにビシッと決着をつけた方が美しくなりそうなものだけど……。あと友人とイカゲームについて話していて、ガラス橋の爆発に伴うセビョクの負傷はゲームの平等性を損なっているよね、という話になった。あのシーンは正直わたしもなんやねんと思っていたし、丁寧に紡いできたものを文字通り破砕してしまったようで、なんだか悲しい。その描写によって「真の平等など存在しない」というものを描いたのだ! と言われたらなにも言えないけどね。


おわり


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