夢が自殺した

早朝に河川敷を散歩していたら、ぱらぱらと水滴が頬に当たった。
大気の湿度が上がっていくのを感じながら
少し先に見えた高架下を目指す。

たどり着いた場所は少し饐えた匂いがして
ダンボールやシートで覆われた家と呼ぶにはあまりにも寂しいそれらは
確かに僕が雨宿りに来たことを拒絶していた。

昨日からの熱を無理やり無かった事にするように
雨脚は更に強まりを見せた。
少し遠くの空から虫食いのように青が見えている。
じきに止むだろうと僕は先客たちから離れ煙草を吸い始めた。

自身の中に確固たるものは見当たらない。
それでも他人の言葉に惑わされることを嫌悪している。
ひどく傲慢に取れる僕の自我は
その実ただただ臆病者のそれでしかなく
自己を守るという言い訳を口実にして
ついに引き返せないところまで来てしまった。

言い訳や馴れ合いは、その一つ一つは意味を伴わない。
幾重にも積み重なり平時は自分を守ってくれている。
ように見せかけてただ自身の心を鈍くさせている。
気がついた時には大分手遅れで
全身に膜のように張り付いたそれらは
行動を起こそうとする僕に甘く緩やかな堕落を誘う。

求めるものは目前にあるように思えた。
努力を怠らなければ報われると思えた。
何もしなければ手に入らないと知っていた。

僕の精一杯にはいつも妥協があった。
手は伸ばしている。
指先まで伸びて触れようとしている。
けれど爪先では立っていない。
そんな精一杯。

「頑張ってますね」
「すごいですよ」
「頑張ったってどうせ」
「私も全力で頑張りますね」
「自分には才能がないから」
「頑張りたい」

言い訳や馴れ合いは、その一つ一つは意味を伴わない。
ただ静かに深いところまで根付き
ただ静かに僕の熱を無かった事にしようとする。
今、高架下から見える雨のように。

結局のところ、無駄でしかないのだ。
頑張っているふりをするのは。
手を伸ばし、爪先で立たなければ届かないのに。
僕は一体誰の目を気にして、
僕は一体何を恥ずかしいと思って、
精一杯にすら妥協するようになったのか。

僕が抱いていた
夢や希望、あるいは才能と呼ばれるもの。
気づくとそれらは、煙草の煙と共に空中に吐き出された。
ついに僕に愛想をつかしてしまったのか。
待って欲しい。
いかないでくれ。
明日からはきっと。

そんな言い訳に一瞥するでもなく
煙草の煙は高架を昇ると
唸りをあげながら来た東横線に轢かれて霧散した。

僕は上を見上げることもせず
ただその音を聞いていた。


貴方のその気持をいつか僕も 誰かに返せたらなと思います。