リレー小説 『Plant s』

こちらは、杉本しほさんとuraraさんと僕による、リレー小説です。
テーマは「カイワレ大根を頭に乗せる」となっております。

1番手 杉本しほさん

2番手 uraraさん


『Plant s』

春に浸かった日々の中で、夏の背中が近づいていることを、世界の其処此処に感じ取ることが出来る。
世界は自分のために存在しているのではない。
夕暮れに埋もれた庭先は多くの植物で溢れている。
恋の匂いが満ちたそこには薄目の青い釉薬に包まれた鉢がある。
その鉢の中に夏の種子が埋まっている。
私は春に藻掻きながら、その鉢に毎日水をやった。
いつかきちんと芽が出ることを待ちわびて。

ーーー

この街では雲を神さまとして仰いでいた。
高いところにある。形を持たず、雨を降らし、陽光の厳しさを和らげてくれる。
隣町の神さまは太陽だと聞いたことがある。
山を越えた先にある村では星が神さまらしい。
高いところにあるものに神聖さを感じるのは同じだ。
人間で言えば頭。
私達は頭の中に心を飼っている。そこにはたまに神さまが遊びに来たりする。
今日は触れれば掴めそうなくらいはっきりとした質量を感じさせる雲が広がっていた。
放し飼いされた心は、言葉や涙に形を変えて外に飛び出そうとする。
祖父は雲と心は似ていると言った。
昔の私は素直に似ていると肯けた。
けれど今の私には少し難しい。
私達は頭の中に心を飼っている。
放し飼いされた心は、言葉や涙に形を変えて外に飛び出そうとする。
今この街では言葉や涙以外のものとして、心が外に飛び出している。

ーーー

花恋から連絡が来なくなった。
春は出会いと恋の季節だと花恋から最後に連絡があったのは、私が夏の種子に水をやっている時だった。
以前話していた先輩とのデートは上手く言ったのだろうか。
庭先で植物を育てている奇妙な私には何も分からない。
遠くでサイレンが鳴るたびに、頭の先が疼いた。
彼のことを考えた。
あっさりした和風顔をはっきりと思い出すことが出来た。少し低いけれど、落ち着いて喋る声も、半ば髪と同化し緑色になってしまった頭部も、私は確かに思い出すことが出来た。
けれど私は彼について何も知らない。
たまに電話を掛けてきて、私を食事に誘った。
交際しているわけではないけれど、それなりに親密で退屈な男女関係を育んでいた。
私は彼について何も知らない。
ただ一つ、彼が私にどんな感情を抱いているのかを除いて。
彼の頭から飛び出した心は、青い茎として私の方に伸びてきた。
それが私の胸元や鼻先や唇に軽く触れると、やがて先端に小さな蕾を作り、やがて柔らかな花弁を広げた。
鼻を越え、身体全体にその匂いが満ちる前に、私に対する彼の気持ちが痛いほどに分かってしまった。
次に会った時、彼はもう一輪花を生やしていた。
それから会う毎に彼の身体は花に覆われていき、最後に会った時、彼は動かなくなった。
心が全て外に出てしまったのだ。
物言わなくなった彼から生える無数の花は、今私の庭先を恋の匂いで満たしている。

ーーー

結局花恋も私の庭先で花になった。
憧れは憧れのままで留めておくべきなのかもしれない。
焦がれていた先輩の隣に彼女を並べてあげた。
水をやると花恋の頭から伸びたさわやけは、先輩へと向かってゆらゆらと先端を振った。
当の先輩から生える茎はいつだって私に向かって伸びてくる。
ここにある植物はみんな、そうだ。
私の庭先は恋の匂いで満ちている。
花恋だけが私に向いていない。
その匂いがとても心地が良い。

ーーー

この街では雲を神さまとして仰いでいた。
高いところにある。形を持たず、雨を降らし、陽光の厳しさを和らげてくれる。
高いところにあるものは神聖だ。
人間で言えば頭。
私達は頭の中に心を飼っている。
春に浸かった日々の中で、夏の背中が近づいていることを、世界の其処此処に感じ取ることが出来る。
世界は自分のために存在している。
少なくとも私の庭先はそうだ。
屋内に戻る前に一度振り返ると、花恋のさわやけが揺れている。
春は出会いと恋の季節だと花恋が言っていた。
その通りだと思う。
だから私は待っている。
夏の種子が芽吹くことをずっと。
今この街では言葉や涙以外のものとして、心が外に飛び出している。

ー了ー

貴方のその気持をいつか僕も 誰かに返せたらなと思います。