ながいながいいちにち

帰りの電車は、座れなかった

家に着いて、私はいつも通り帰宅の一服
換気扇の下にまっすぐ向かう

椅子に座って、今日おろしたてのスカートを撫でる

スカートの裾が解れて糸が出ていた
ちょうど手に持っていたライターで炙ってみた

糸がジリジリと縮まって、焼ける匂いがする

気付けばスカートがゆっくり燃えて、炎に包まれた

火が消える、不思議と熱くはない

さっきまで私が穿いていた黒いスカートは
真っ赤なスカートになっていた

私は嬉しかった

赤いスカートを履くのは人生で初めて

早くあの人に見せなくちゃ、と思った


だから私、ベランダから飛び降りたの

赤いスカートがマントみたいに風を捕まえて
私をあの場所へ運んでくれたわ

ゆっくりゆっくり、地に足をつける

ふわふわした感覚が身体に残ったまま走り出す

いつもより、早く走れた気がした

あの人を見つけた、人混みの中でも一際輝いていたから

スマホのカメラで確認しながら乱れた髪を整えて
深く、深呼吸をする

話しかけようと1歩踏み出した時

誰かが私を呼ぶ

すぐに振り返ると、私の後ろには名前の知らない一輪の花
とても綺麗な赤だった

ゆっくり花に近づき、耳を澄ます

「おかえり」

その声が聞こえた瞬間、何も無くなった

花も、街も、あの人も、赤いスカートも


真白い空間にただ1人

また私だけ、取り残されてしまった

辺りを見回してみる、何も無いのはわかってるのに

こんなことなら煙草を持って出るべきだった

仕方が無いのでその場で横になる

このまま寝てしまおうかな、なんて思っていると

声が聞こえる、私を呼ぶ花の声

私は立ち上がりすぐに走り出した

早く追いつきたかった

あと少し、あと少しであの花に届く

私は出来るだけ手を伸ばす


花を掴んだ



私は知らない喫茶店にいた

テーブルの上にはカツカレーと、煙草

頼んだ覚えのないカツカレーは、なんだか昔に食べたことがあるような、懐かしい味だった

付け合せの福神漬けを食べようとしたが口に届く前にこぼれてしまった

白いTシャツを福神漬けが染めて、なんだか花が咲いたみたい

カツカレーを食べ終わって、1本だけ煙草を吸った

帰りは電車には乗らなかった

ゆっくり、家までの道を歩いた

途中の公園に、あの花が咲いていた

私はそのまま近づく

声は聞こえない

近くにしゃがんで、写真を撮った

綺麗な綺麗な赤、私にはずっと名前を教えてくれない

そのまま立ち上がって帰路に戻る

あの花は動かないまま

またきっと、追いつかれる

またきっと、置いていかれる

突き当たりの角を曲がった先に、あの人がいた

声をかけて、2人で歩く

私はさっきの喫茶店の話をした

あの人は私のTシャツを見て笑っていた

私も釣られて笑ってみた

少し強く握られた左手を、できれば離したくないと思った



これは私の思い出

私しか知らない、私の話

あの人には、花のことは黙っておこうと思った

いつか白い部屋で会えたら、きっと運命だと思うから

だから貴方も、内緒にしていてね

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