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映画製作のコストの話

映画企画開発に伴うコストの一般論

『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー 経産官僚の暴走と歪められる公文書管理』では、官民ファンド産業革新機構による60億円の出資決定を受け、何ら正当な成果を示さずただ同然で身売りされた映画会社All Nippon Entertainment Works(ANEW)を扱っています。

ANEWが身売りされるまでの間に発表した作品は全部で7作品。しかし、これらの映画企画は実際に作られることなく、実投資22億2000万円をほぼ全損しました。

ハリウッド映画作りはお金がかかるので22億円は妥当なのでは?と思ってしまうかもしれませんが、現実は違います。

映画プロデューサーには、ハリウッド映画だろうが、インディペンデント映画だろうが、映画作りには1作品、1作品、適切なコスト管理が求められます。

そこで今回は映画企画開発の一般論とANEW発表の7作品を比較し、22億円という損失がどれほど法外で、あり得ない数字だったのかをご紹介したいと思います。

ハリウッド映画のコストの目安

本書より抜粋

ANEWは自身のことを、映画の開発コストを負担する会社であると説明していました。ANEWが扱うような、別の知的財産を基にした作品の実写化、もしくは英語劇リメイクの企画 開発の場合、考えられる主なコストは「映画化権料」と「脚本開発費」への投資になります。
通常、映画プロデューサーは映画の総予算に合わせて、「映画化権料」と「脚本開発費」を 含めた企画開発のコストを割り出します。映画製作は1本1本が独立した会社運営のようなものなので、それぞれで総製作費に合った適切なコスト管理を行い、採算を取るプロダクション 運営が必要になります。この「映画化権料」と「脚本開発費」を合わせた企画開発コストです が、一般的には映画の総製作費の2・5~5%と言われています。
例えば、製作費100億円のハリウッド大作映画でしたら、そのコストは2億5000万~ 5億円になります。ざっくりとした内訳は、映画化権料が5000万円、ハリウッドのトップ クラスの脚本家を雇って初稿を書くのに7500万円、さらに別の一流脚本家を2500万円 で雇用し改訂稿を書き、そこから1億円をかけて調整し、最終稿を作るようなイメージです。
ただ、製作費100億円というのはハリウッドでも特に大作に分類されます。
2019年公開映画で見てみると、DCコミックが原作のワーナー・ブラザース映画『シャザム!』が1億ドル(110億円*)、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントのフランチャ イズ映画『メン・イン・ブラック:インターナショナル』が1億1000万ドル(121億 円*)になります。また、アニメ映画では2019年度の第 回アカデミー賞で長編アニメ映画 賞を受賞した『スパイダーマン:スパイダーバース』の製作費が9000万ドル(99億円*)と なっています。
このように物語のスケールが大きく、多くの人が雇用される、製作規模の壮大な映画が100億円映画となります。
一方で中間規模と呼ばれる映画には、2018年に公開され、日本でも興行収入100億円を超える大ヒットを記録した『ボヘミアン・ラプソディ*』(5200万ドル)や、2019年 *のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞(最優秀賞)を受賞した『ジョーカー』(5500万ドル)などがあります。
製作費が50億円規模のこうした映画の場合、一般的な目安で算出する開 発コストは1億1250万~2億5000万円程度ということになります。

中略

アメリカの「インディペンデント映画」のコストも例示してみたいと思います。2019年に公開された、Netflix 配信のノア・バームバック監督、スカーレット・ヨハンソン、アダム・ドライバー主演『マリッジ・ストーリー』という映画があります。
この映画の製作費は20億円規模(推定1800万ドル)であることから、「映画化権料」と「脚本開発費」を合わせた開発コスト目安は5000万~1億円くらいと推定できます。

ANEW作品のコスト感

ANEWの損失は22億円、これを単純に手掛けた作品数で割ると、1本あたりのコストは3億1400万円となります。この金額は、数十億円から100億円の比較的大きなハリウッド作品の企画開発コストに匹敵します。

では、ここでANEW作品を見てみたいと思います。

ANEWが企画開発を行った7作品

『ガイキング』

企画開発開始時期:2012年12月 プレスリリース時期:2012月12月 

日本パートナー:東映アニメーション
米国パートナー:Valhalla Entertainment

『ソウルリヴァイヴァー』 

企画開発開始時期:2014年6月プレスリリース時期:2014年7月

日本パートナー:フィールズ
米国パートナー:Bedford Falls

『オトシモノ』

 企画開発開始時期:2014年9月 プレスリリース時期:2014年10月 

日本パートナー:松竹
米国パートナー:Depth of Field

 『臍帯』
企画開発開始時期:2014年11月 プレスリリース時期:2014年12月 

日本パートナー:ウィルコ
米国パートナー:Depth of Field

『6000―ロクセン―』 

企画開発開始時期:2015年4月 プレスリリース時期2015年7月 

日本パートナー:幻冬舎・幻冬舎コミック(資料には未記載) 

米国パートナー:プロデューサー マイク・メダヴォイ

『藁の楯』 

企画開発開始時期:2015年4月 プレスリリース時期:2015年8月 

日本パートナー:日本テレビ
米国パートナー:Depth of Field 追加パートナー:EuropaCorp(フランス)
2016年10月に共同開発契約を締結

『TIGER&BUNNY』 

企画開発開始時期:2015年10月プレスリリース時期:2015年10月

日本パートナー:バンダイナムコピクチャーズ
米国パートナー:Imagine Entertainment

こちらも本書で詳細を解説していますが、これらの作品の中には脚本が完成していない作品だけでなく、脚本すら制作していない作品が約半数含まれています。

つまり、上記の一般例のように、ANEW作品ののコストがハリウッド大作の脚本を最終稿まで仕上げたコストと同等になることは常識的には考えられません。

言い換えれば、公金からなる出資金の大部分は、純粋な映画企画投資にすら回っていなかったと考えられます。

では、そのお金はどこへ行ったのか?

杜撰な国のチェックと経営ガバナンス

ANEWは毎年億単位の赤字を垂れ流す一方で、6億円、5億円、11億2000万円と追加投資が体たらくな経営が続けられました。

映画企画開発の常識からかけ離れたコストについて、ANEWの社外取締役、株主である官民ファンド、もしくは法律によって公金投資を監督する立場の国のガバナンスでチェックできていたはずです。

しかし、国が何がなんでも推進したいクールジャパンでは、この何重ものチェック体制がことごとく機能しておらず、今我々が目にしている巨額損失を招きました。

本書では、こうしたクールジャパン完成映画会社を取り巻く人物関係についても徹底追及しています。


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