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無駄の多さから予算が半減していたクールジャパン事業が新型コロナ緊急対策支援で約30倍、878億円に増額して復活している件

新型コロナウィルス禍のトンネルの先の日本映画産業に光はあるのか? Part2

 『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー 経産官僚の暴走と歪められる公文書管理』を書き終えた後、私は「あとがき2:新型コロナウィルス禍のトンネルの先に光はあるのか」を加筆し、最後をこう締め括りました。

新型コロナウィルス危機の暗闇を抜けたトンネルの先に、日本の映像産業が希望の光がある ように、迅速かつ適切な対策が生まれることを真に願います。

しかし、私の願いは通じなかったことを今日知りました。

経産省は、新型コロナ緊急対策支援の令和2年度補正予算「コンテンツグローバル需要創出促進事業」に878億円の予算を計上しています。

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経産省 令和2年度補正予算の事業概要https://www.meti.go.jp/main/yosan/yosan_fy2020/hosei/pdf/hosei_yosan_pr.pdf)

この事業は単年予算事業で、日本のコンテンツの海外展開にかかるプロモーション経費を最大で50%助成する補助金制度で、本書で問題を指摘する「コンテンツ海外展開等促進事業」と同系同類の経産省所管のクールジャパン事業になります。

コンテンツ海外展開支援クールジャパン事業の系譜

2012年度補正予算
コンテンツ海外展開等促進事業 155億円(総務省共同所管)

2014年度補正予算
地域経済活性化に資する放送 コンテンツ等海外展開支援事業 60億円

2015年年度補正予算
地域発コンテンツ海外流通基盤整備事業 67億円

2016年補正予算
コンテンツグローバル需要創出基盤整備事業 60億円

2018年補正予算
コンテンツグローバル需要創出等促進事業 30億円

2019年度補正予算
コンテンツグローバル需要創出促進基盤整備事業  31億円

2020年度補正予算 
コンテンツグローバル需要創出促進事業  878億円

2020年度補正予算 
コンテンツグローバル需要創出促進・基盤強化事業  54億円*

2020年度第三次補正予算 
コンテンツグローバル需要創出促進事業費  400億*

ほぼ毎年のように名称を微妙に変えながら続けられてきた経産省のコンテンツ海外展開支援事業ですが、見てのとおり、これまでこのクールジャパン事業に投じられた税金の総額は1735億円になります。(*2021年3月19日更新)

総務省の改善勧告と予算半減

2018年度、2019年度補正予算の直近の2年間は30億円と、それ以前の平均予算の半分しかついていませんでした。その理由は、総務省の検証結果が影響していると思われます。

2018年に総務省は、クールジャパンの推進に関する政策について、総体としてどの程度効果を 上げているかなどの総合的な観点から評価を行い、検証結果を公表しました。

この時の報告書によると、2012年予算の「コンテンツ海外展開等促進事事業」において、約半数近くが必要性の乏しい企業に補助金を支出しているとあり、総務省は経産省に対して改善勧告を行っています。

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総務省 􏰁􏰂􏰃􏰄􏰅􏰆􏰇􏰈􏰉􏰊􏰋􏰌􏰍􏰎􏰏􏰐􏰑􏰒􏰓􏰈􏰔􏰕􏰋􏰖􏰗􏰘􏰙􏰚􏰁􏰂􏰃􏰄􏰅􏰆􏰇􏰈􏰉􏰊􏰋􏰌􏰍􏰎􏰏􏰐􏰑􏰒􏰓􏰈􏰔􏰕􏰋􏰖􏰗􏰘􏰙􏰚「クールジャパンの推進に関する政策評価」の結果に基づく勧告 https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/107317_180518.html

つまり、無駄が多いとの理由で予算が半減していたと思われるクールジャパン事業の予算が、新型コロナウィルスの緊急対策支援にかこつけて30倍近く跳ね上がっていることになります。

基金管理法人と背景にある自民党ー経団連の繋がり

本書の第7章「カンヌ映画祭と疑惑のクールジャパン補助金」と8章「J―LOPの不都合な真実 」で言及する155億円の「コンテンツ海外展開等促進事事業」ですが、この事業を受託したのがNPO法人映像産業振興機構になります。

この映像産業振興機構とは、自民党の支持母体である経団連が設立提言を行い作られた法人になります。

さらに言及すると「コンテンツ海外展開等促進事事業」の予算要望を自民党政権に行なったのが経団連エンターテインメント・コンテンツ産業部会で、同部会長が映像産業振興機構の幹事理事を務めています。

つまり、支持母体の予算要望を受けて自民党政権が予算が成立させ、そうしてできたクールジャパン補助金事業の運営業務が、これまた経団連が設立設置を提言し、部会長が理事を務めるNPO法人に流れている構図になります。

また、経産省が映像産業振興機構に事業委託するプロセスにおいては、国が予め委託先の希望を表明する、独占禁止法の中の「入札談合等関与行為の排除及び防止並びに職員による入札等の公正を害すべき行為の処罰に関する法律」第二条「入札談合等に関与する行為」に該当する行為も確認しています。

コンテンツグローバル需要創出促進事業の委託先

この映像産業振興機構ですが、上記に記しました2012年から19年の基金管理業務事業の全てを受託しています。

こうした経緯から、私は878億円の「コンテンツグローバル需要創出促進事業 」を見た瞬間に、事業の委託が予想できました。そして、経産省のホームページに行ったのですが、案の定、私の予想が的中していました。

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経産省 令和2年度「コンテンツグローバル需要創出促進事業」に係る補助事業者(執行団体)の公募結果について 令和2年4月22日  https://www.meti.go.jp/information/publicoffer/saitaku/2020/s200422005.html

このように1週間の短期公募で、応募数は1件、公募結果はこれまでの事業と同じく映像産業振興機構が受託という結果でした。

尚、内閣府知的財産戦略本部の政府会議で長らく座長を務めた経験を持つ中村伊知哉氏の2020年5月26日のTwitterによると、この予算は日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、コンサートプロモーターズ協会などの音楽団体の働きかけで計上された予算とのことです。

この予算要望には、中村氏が理事長を務める一般社団法人CiP協議会も協力したとあります。CiP協議会とは、2015年に内閣総理大臣が認定した東京港区竹芝エリアのデジタルコンテンツ国家戦略特区開発の協議会のことで、今回の管理事務業務を受託した映像産業振興機構もこの協議会のメンバーになっています。

間接補助金に潜む国民の知る権利の限界

今回のコンテンツグローバル需要創出促進事業 については、878億円の使い道を公文書記録で追えないという大きな問題を含んでいます。

こちらも本書で扱いますが、今回の制度は間接補助金になります。これは、補助を受ける事業者が経産省に補助金を直接申請するのではなく、基金設置法人である映像産業振興機構が補助金の申請や支払いに関する運営を間接的に行う仕組みになります。

したがって、878億円の使い道に関する文書、記録は映像産業振興機構のみに存在するため、経産省に情報公開請求をかけても「作成も保有もしていない」との処分が下ることになります。

この制度、もちろん税金で賄わる事業ですが、間接補助金は「民間事業」と位置付けられるため、「民間の正当な利益を損なうおそれが認められる」等の理由で情報開示を免れられる、政府にとって都合のいい制度に設計されています。

その結果、事業の中で流れている公金の流れは公文書で追うことができません。国民の知る権利が効かない間接補助金事業は、公金の透明性においても大きな懸念材料になります。

客観性のない政策評価への懸念

コンテンツ海外展開支援の第一弾だった「コンテンツ海外展開等促進事事業」において、事業の成果を政府に進言した団体があります。

またもや経団連です。

経団連は「具体的な成果が出ており、産業界としても高く評価している」と政府に進言し、「地域経済活性化に資する放送 コンテンツ等海外展開支援事業」60億円に繋がった追加の予算要望を行なっています。

しかし、先ほど説明しましたとおり「コンテンツ海外展開等促進事事業」は、2018年の総務省のチェックによって、約半数が「必要性の乏しい」と評価された事業です。経団連は無駄の多さを指摘されるほど事業のどこに「具体的な成果が出ており、産業界としても高く評価している」との成果を当時見出していたというのでしょうか?

繰り返しになりますが、コンテンツ海外展開支援事業の始まりは、経団連が予算要望をつけた事業を、経団連が設立提言したNPOが受託した事業になります。それを経団連が評価しているのですから、ここで述べられた「具体的な成果」とは客観的な外部評価というより主観的内部評価に過ぎません。

本書ではこれについても詳しく追及します。

いずれにせよ、今回の新型コロナウィルスの緊急対策支援の878億円クールジャパン事業には、こういった歴史があります。

新型コロナ緊急対策支援のコンテンツグローバル需要創出促進事業に緊急性、必要性はあるのか?

こうした経費と背景があるのにもかかわらず、新型コロナウィルス対策支援の”緊急性”にかこつけて、無駄が多いとの指摘から直近2年で予算を半減させられていたクールジャパン事業予算を30倍近く増やす必要がどこにあるのでしょう?

今の日本の映画、アニメ、テレビ、ゲームなどのクリエイティブ産業にとって必要な支援とは、新型コロナウィルスの影響を受けて隔離が余儀なくなった、学校閉鎖 に伴い子供の世話のために仕事にいけない、撮影中止など決まっていた仕事が失われた、まさに日本のクリエイティブ人材が今を生きるための支援ではないでしょうか?

クールジャパンの根本的な間違いは、こうしたクリエイティブ産業で働く人を無視し続けることにほかなりません。クリエイティブ産業を産業支援と捉えず、国のイメージ発信のためのコンテンツ政策、そのコンテンツの作り手がどんなに苦しもうが知ったことではない、というような国の態度では、この国のクリエイティブ産業に未来はありません。クールジャパンを達成するために自国民を犠牲にする国の政策は全くの誤りです。

本書でも取り扱いますが、諸外国の政府支援の成果は「産業現場の経済にいくらのお金が回ったのか」「どのくらいの産業雇用が支援されたのか」が数字で示されています。一方で、実態のないクールジャパンの成果は、しばしば抽象的な一文や、経産省の嘘で固められた「政策的意義はあったのだ」との一方的で無理やりな説明で実態を煙に巻き、その根拠のなるべき公文書も「作成も保有もしていない」とされることがあります。

私には、今の日本のクリエイティブにとって、海外展開の宣伝費の50%助成のための878億円の予算をつけなければならないことが、新型コロナウィルスの緊急対策支援に関係しているとすら思えません。

『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー』の題は、光文社の編集者の方に考えていただいたタイトルです。しかし、この緊急事態に878億円もの予算を、日本のクリエイティブ産業で働く人たちの真の救済に向き合おうともしないクールジャパン予算を目の当たりにすると、本当に経産省のクールジャパンは日本のクリエイティブ産業を殺しに来ているのだと思わざるを得ません。

今回の878億円もの新型コロナ緊急対策支援予算には、経産省の良識を疑います。

 『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー 経産官僚の暴走と歪められる公文書管理 あとがき2』 全文公開

新型コロナウィルス禍のトンネルの先に光はあるのか?

本書の内容のほとんどを書き終えたのは2019年の秋頃になります。しかし、本書の編集、 校閲、改訂の間に世界は大きく変わりました。新型コロナウィルスの世界的な蔓延です。多く の経済活動に打撃を加えた新型コロナウィルスですが、エンタテインメント分野も例外ではありません。

世界のいくつかの国では、政府が非常事態を宣言した結果、映画館が閉鎖され映画興行が止 まりました。実質全ての映画館が閉鎖となったアメリカでは、3月20日の週の週末映画興行データが未発表の事態となり、映画100年の歴史ではじめて興行収入記録がゼロとなりました。

映画館の閉鎖に伴い、ハリウッドなどの映画スタジオ各社は予定作品の公開延期や、劇場公 開からデジタル配信など家庭用販売までの期限を従来より前倒しするといった措置を講じるなど、映画ビジネスの構造をも大きく変える事態となっています。 

一方で、多くの市民の外出が制限され、自宅待機を余儀なくされている中、新しい定額配信サービスのディズニー+などの加入数は好調との報道もありました。

 新型コロナウィルスは、2020年に開催予定だった世界的な映画祭の開催にも大きな影響を与えました。2020年3月にテキサス州オースティンで開催予定だったSXSW(サウ ス・バイ・サイス・ウェスト)は直前に開催を断念し、同5月に予定されていたカンヌ映画祭 もフランス政府の集会禁止命令などもあり延期となりました。カンヌ映画祭に併設されるカンヌフィルムマーケットでは、ネット上の商取引ツールとしてバーチャル見本市を設置すること を発表しています。SXSWの運営はイベントの中止に伴う巨額損失の見込みから従業員の約 3分の1に当たる少なくとも50人を解雇しました。

新型コロナウィルスの影響による失業の問題は映像制作分野でも甚大で、今、世界中で多く の撮影作品の撮影、制作活動が中断されています。

オーストラリアで撮影されていたバズ・ラーマン監督のエルヴィス・プレスリー伝記映画で は、出演のトム・ハンクスが感染を告白し、撮影の一時中断が発表されました。フランスのア ニメスタジオのイリュミネーション・エンタテイメントが製作する『ミニオンズ フィーバー』は、制作中断によって映画の完成が間に合わないことから、7月公開の延期を発表しています。

全ての作品の撮影を中止した Netflixのテッド・サランドス最高コンテンツ責任者は、新型コロナウィルスの影響は数カ月単位の長期戦になると話し、撮影再開の目処は2020年下旬を見込んでいると語っています。

こうした制作の中断は、同時にフリーランスを始めとする産業現場のクルーや俳優の所得源 を断つことを意味します。2020年3月には北米のエンタテインメント産業労働組合の国際 映画劇場労働組合(IATSE)が新型コロナウィルスによる撮影中止に伴うハリウッド関連の失業者数の試算のレポートを発表しました。その数は12万人です。

こうしたエンタテインメント産業の危機に、欧米諸国の政府は減税や助成金の前倒しなど早急な支援の動きを見せています。ドイツでは「バズーカ砲」の財政出動の支援を発表していて、 支援対象にはエンタテイメント産業分野で働く人も含まれています。アメリカでは、本来は失 業保険給付の対象とならない個人事業主やフリーランスに対して感染症緊急失業給付金(PE UC)が制定され、新型コロナウィルスの影響を受けて隔離が余儀なくなった場合、学校閉鎖に伴い子供の世話のために仕事にいけない、撮影中止など決まっていた仕事が失われた、など のケースが生じたフリーランスの映像産業従事者も、週給600ドルを最長で 週間給付できる制度が作られました。

本書でも扱ったイギリスのブリティッシュ・フィルム・インスティチュート(BFI)は、新型コロナウィルス緊急対策基金を設置し、主にフリーランス等の産業現場スタッフ支援に臨んでいます。この基金からは必要に応じて500ポンド(7万2500円)から2500ポンド (36万2500円)の一時救済金を分配することを予定しています。

BFIの支援基金には Netflix 英国支社も100万ポンド(1億4500万円)を寄付しています。Netflix は撮影中止となった自社番組の俳優、クルー支援のために1億ドル(110億円)の私設支援基金を立ち上げています*。 (*Netflix は2020年4月に支援基金への拠出を1億5000万ドルに増額)

新型コロナウィルス禍の失業や収入減は、日本のクリエイエティブ産業が共通して直面している問題だと思います。日本のクリエイティブ産業がコロナ危機の間、そしてコロナ危機から復興する間も持続できる産業にするためには、最大限できる限りの政府支援を迅速に実行する ことが求められると思います。

日本がクリエイティブ産業で働く人のイマジネーションを継続的に育むためにも、これまで 以上に、日本の産業支援施策の思考と税金が一向に向かなかった「産業現場」を第一に考えた 支援に注力する必要があると考えます。

これに加え、新型コロナウィルス危機を体験している2020年に生きる我々にとって、税 金の無駄遣いを繰り返す余裕はもはやありません。

日本の国民財産は決してただではない。現世代が負担できない場合、次世代の国民が負担することになる。大げさな話、公的資金の無駄遣いがなければ救える命があるかもしれない。

これは、2013年6月に私が初めてブログをANEWについて書いた時の文章です。新型 コロナウィルス危機によって、まさにこの「大げさな話」が現実のものとして迫ってくるかも しれません。したがって、クールジャパン無駄遣いの抜本的の是正はもはや待ったなしでやらなければならないと考えます。

新型コロナウィルス危機の暗闇を抜けたトンネルの先に、日本の映像産業が希望の光があるように、迅速かつ適切な対策が生まれることを真に願います。

2020年3月


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