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『日本の映画産業を殺すクールジャパンマネー』 はじめに全文公開

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はじめに

ここ数年、「日本再生のカギ」「成長戦略の柱」などと叫ばれ、国を挙げてクールジャパンが 推進されてきました。映画、テレビ、アニメ、ゲームなどのクリエイティブ産業もクールジャ パンの具体例とされ、これまで1000億円以上に上る莫大な額の税金や、国の借金を原資とした財政投融資の公的資金が投じられています。
しかし、これらの「クールジャパンマネー」は1円たりとも、日本のクリエイティブを支える「人」に向けられることはありませんでした。

これはクールジャパンを批判することありきで、大げさに言っているわけではありません。 本来ならばクールジャパンを推進する上で重要な役割を担うはずである、日本の制作現場には、 巨額予算が文字どおり1円たりとも使われてこなかったのです。

では、クールジャパンの名の下に投入された1000億円以上のお金は、一体何に使われたでしょうか? また、それは誰が、どのように運用してきたのでしょうか? 

クールジャパンをめぐる動きを見ると、その数々の事業を所管する経済産業省が主導的な役割をなした法律と制度濫用が横行しています。そして、こうした暴走を許す背景には、クール ジャパン政策が始まる前から巧妙に仕組まれた、公的資金を搾取する「カラクリ」が存在して います。

クールジャパンの制度的、および組織的な腐敗の顕著な例として、本書が扱う「官民ファンドを使った事業」と、「間接補助金を使った事業」が挙げられます。 

これらの巨額クールジャパン事業は、税金、公的資金で 賄 われています。それにもかかわらず、官民ファンドは「民間企業」、間接補助金は「民間事業」と位置付けられるため、「民間の正当な利益を損なうおそれが認められる」等の理由で情報開示を免れられる、政府にとって都合のいい制度に設計されています。その結果、事業の中で流れている公金の流れは不透明 になっています。

さらに、それらの事業がどれほど合理性に欠け、非効率で、日本のクリエイティブ産業の発展を妨げる「無駄事業」であったとしても、事業が適切であったか否かについて外部検証が できないのが実情です。よって、腐敗した制度の中に投じられた公的資金について、私たちは「そこで何が行われたか」だけでなく、「なぜ巨額の損失を招いたのか」という失敗の原因すら 知ることができません。

もちろん、「官民ファンド」「間接補助金」ともに、公平、公正に運用するための法律やガイ ドラインが存在します。しかし、そうしたルールすらも初めから、政府が自分たちに都合よく 作っているため、国民の財産をチェックしたり安全な運用を担保したりする機能は果たせてい ません。

そればかりか、妥当性や必要性が疑われる事業においても、重要部分の情報を隠すことによ り、政府は何の根拠もなく、それらを全く問題のない「適法」な投資、事業にすることができます。

この状況を例えるなら、監督官庁である経済産業省が、悪質な反則行為を目撃しても決して笛を吹かない「八百長審判」になっているだけでなく、反則チームと事前に打ち合わせているようなものです。

本書では、クールジャパン行政のこうした反則行為によって、合わせて40億円以上の税金と公的資金が消失した事業例として、産業革新機構(現:産業革新投資機構)が作った官製の映画会社「株式会社 All Nippon Entertainment Works」(以下、ANEW)と、民間の広告代理店も関わっている「ジャパン・コンテンツ ローカライズ&プロモーション支援助成金(J―LOP)」による搾取の裏側を明かしたいと思います。

これまで私は、アメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、オーストラリアなどのプロデューサーと共同で、主に日本と海外が関係する物語を原題とした映画の企画開発に携わってきました。 また、経営する会社の自社IP(知的財産)を構築するために、インディペンデント映画の製作や、アメリカの児童文学の映画化権を取得しての企画開発なども行っています。さらに、映画だけに限らず多様な映像製作の分野で、海外の人材やスタジオを招聘したい日本のクライアントに対する、企画開発およびプリプロダクションのコンサルティングなども事業のひとつ です。

こういった活動の中で、日本の「現場」を豊かにするためには真っ当な産業政策が必要であり、現状ではそれがなされていないとわかりました。以来、ライフワークのように日本と海外 の政策を調査し、発信を続けています。

最近になり、クールジャパン政策による巨額の税金の無駄遣いや、投資の失敗が報じられる ようになってきました。数多くの報道へ取材協力をしてきましたが、必ず聞かれたのが「どういった経緯でこの問題に着目したのか?」という質問です。

私は決して、最初から「クールジャパン政策をターゲットにしよう」と思いたって調査してきたわけではありません。また、多くのクールジャパン事業を所管する経済産業省に私怨を抱き、重箱の隅をつつくように粗探しをしたわけでもありません。 

きっかけは10年前、映画監督からのある一言でした。

私は当時、『パリ、テキサス』でカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞などの経歴 を持つ、ドイツの巨匠ヴィム・ヴェンダース監督の新作品に、脚本と共同プロデュースで関わ っていました。その映画は日本の小説を原作にしており、日本での撮影を予定していました。

映画を作るにあたって、日本ではどのような支援策があるのかを調べ始めました。するとわかったのが、日本には本当の意味で変化を生むことのできる施策が存在しないという事実でした。効率的で有効な、ビジネス面から見て常識的な施策は全くなかったのです。さらに調べていくうちに、産業支援の観点からあってはならない、不適切な事業に巨額の公金が流れている実態も判明しました。その背景を調査すると、ことごとく姿を現したのが「クールジャパン」であり、「経済産業省 商務情報政策局 文化情報関連産業課」だったわけです。

六本木のホテルでヴィム・ヴェンダース監督に会った時のことです。

 「なぜ日本には、こんなに有効な産業施策がないのですか?」

ヴェンダース監督は日本での企画を諦め、次回作を政府支援が潤沢なカナダで撮影すると話していました。そして、その後実際に『誰のせいでもない』(原題:Every Thing Will Be Fine)をカナダで撮影しています。

私はヴェンダース監督に、「今の日本の産業支援制度の状況は変えないといけません。今回の経験から、この問題に取り組んでいきます」と話しました。ヴェンダース監督には「あなた がこの状況を変える一人になれますよ」と言われました。

もし、私の困った経験や直面した問題点を放置し、次の世代に残してしまえば、将来、私と 同じように困る人が出るでしょう。

クリエイティブ産業支援は国民財産の分配ですから、「私たちを支援するのが当然だ」と言 えるものではなく、国民からの広い理解が必須となります。

とはいえ、多くの人はエンタテインメントに関する政策の適正性や、製作事情はわかりませ ん。偽りのクールジャパンによる無駄遣いを許していては、本当に必要な支援への理解が得ら れるはずもありません。

私が長年この問題を追及、批判し、適正な施策作りを訴え続けてきたのには、このような理由があるのです。調査を始めてから今では10年が経っています。

私はニューヨークに住んでいた頃に、インディペンデント映画の製作などを通して映画を学 びました。ニューヨークは世界屈指の、クリエイティブ産業のハブ都市です。なぜニューヨークで多くの映画やテレビドラマが撮影され、その土地のクリエイティブ産業に人やお金が集ま るかというと、ニューヨークにはそれらを呼び込むための明確なビジョンを持った、世界トップクラスの行政施策が存在しており、それがお金の意思決定と密接に関係しているからです。

そうした施策は第一に、その土地で働く制作現場の「人」に直接、作用するように設計されています。産業現場の働き手を第一に考えるクリエイティブ産業支援の理念は、決してニューヨークだけが進んでいるのではなく、日本の競争相手となる隣の韓国を含むアジア諸国、欧州、 アメリカ、アフリカ、オセアニアなどの世界中で、製作投資の意思決定に働く、実効性を持っ た支援の枠組みが作られています。今では政府の支援制度の質や使い勝手は国際的に競われ、 日々施策の研究、改良が行われている状況です。

例えば20年前にはアニメ産業がそもそも存在していなかった国が、政府施策によって人が育 まれ、世界的認知を得るアニメ制作国になったケースもあります。

2019年 月1日、Apple が新しいネット定額動画配信サービス「Apple TV+」を開始 しました。Apple はテレビ司会者のオプラ・ウィンフリー、映画監督のスティーブン・スピ ルバーグやアルフォンソ・キュアロンらクリエイティブ界の大物たちとも契約を結び、オリジ ナルコンテンツ製作への投資を増やしています。

そんな Apple ですが、2018年6月にアニメ製作への参入を発表し、未就学児向けアニ メに力を入れている背景もあり、最初のアニメ制作国として、アカデミー賞ノミネート作品なども輩出しているアイルランドを選びました。このアイルランドが、先に記したケースになり ます。政府支援に長きにわたり取り組んでいる国の一つで、ゼロからアニメ産業を構築し、現在に至っています。

一方、日本のアニメ産業はどうでしょうか? アニメ制作現場の厳しい環境は、報道でも 度々伝えられています。こうした問題については、政府が聞き取り調査を行い、結果をまとめ ている事案でもあります。

国際競争の高まりや疲弊した国内事情を目ま の当たりにしても、日本のクールジャパン戦略は かたくなに、クールジャパンを支える国内の「人」を見捨て続けています。それだけでなく、 毎年予算化される巨額のクールジャパンマネーは、日本のクリエイティブ産業が発展しなくとも決して困ることのない既得権者たちへと、現在進行形で注がれています。

今、世界のクリエイティブ産業は大きな変革の時代に突入しています。エンタテインメントのデジタル化により、消費者行動が変化したのを筆頭に、製作構造、製作金融、市場と様々な 状況が劇的に変わっています。

世界の映画、テレビ等の映像コンテンツを作るための製作費の市場は、10兆円とも言われています。2018年度、Netflix がオリジナルコンテンツ製作に投じた額は120億ドル(1 兆3200億円)に上るとの報道がありました。他にも、Amazonは50億ドル(5500億 円)、Apple は10億ドル(1100億円)をかけているそうです。これらの企業の定額配信サービスだけで、エンタテインメントの製作経済には2兆円を超える「新しいお金」が生まれて います。

日本のクリエイティブ産業が豊かになるためには、こうした「新しいお金」との上手な付き 合い方が問われており、時代遅れの政策を続けている余裕はありません。フィルムメイカーに届かない映画産業支援、アニメーターに届かないアニメ産業支援に一体何の意味があるのでしょうか?

日本がクリエイティブで食べていくためには、日本の制作現場に投資を呼び込み、そこで質の高い産業雇用を創出することが大前提です。クールジャパンを、次世代の国富を築くための 知的財産戦略と呼ぶのであれば、次世代の担い手を育てなければなりません。あるいは、日本のソフトパワーによるインバウンド効果を得たいのであれば、インバウンド効果を生むための 優れたソフトが生まれる環境が必要です。

本書では、諸外国の制度の仕組みとその成果をケーススタディとして示すとともに、日本に必要な政策の提言も示したいと思います。

今の日本のクリエイティブ行政は、国際的な実務能力を伴わない人たち、産業の未来にも位置していない人たちによって、無責任に巨額の税金、公的資金が散財されています。この人たちは日本の産業の未来がどうなろうが困らない人たちです。日本のクリエイティブ産業支援を 次世代のために機能させるには、旧態依然の「公金搾取制度」との決別が急務であり、それができてようやく未来への第一歩が踏み出せたと言えるでしょう。

本書が、偽られた産業支援であるクールジャパンのいびつな構造を是正し、日本で働く人た ちにとって真の意味で効果のあるクリエイティブ産業振興が実現する一助になれたらと思っています。

合同会社 Ichigo Ichie Films LLC Hiro Masuda

※本文中は特に断りのない限り、1ドル=110円で計算しています 


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