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年金問題の本質はそこにはないよ

 先週は財政の,なかでも国債の将来負担に関する主要な学説を追ってみました.課税そのものを負担と考えるのか,国富の減少を負担と考えるのか,そして国富を減少させる(させない)のはどのような場合なのか.
 皆さんご案内のように,平成時代の普通国債残高増加725兆円を要因分解すると,うち社会保障関係費の寄与が最も大きく315兆円となっています(財務省『日本の財政関係資料』).社会保障関連支出の35%を占める(令和二年度当初予算)のが年金関連支出です.

 年金問題ホント燃えやすいですよね……そういえば去年の今頃は「2000万円不足問題」が大いに注目されていた時分です.

今回は年金のお話ですが,老後資金がいくら不足する云々の話ではありません.年金改革の問題は国債の負担を巡る議論に非常によく似ているので,いわば先週のエントリ(「日本の財政はどのように危機で,どのように危機ではないのか」)続編です.


まずは基礎知識の補填から

ご存知の向きも多いでしょうが,その財政方式はふたつに大別されます.

・積立方式:掛金を積立し投資して,後に積立を取り崩して年金支給に充てる(個人が普通に行う貯金や資産運用に近いイメージ)
・賦課方式:その年の掛金をその年の受給者に支給(公的年金でしかできない財政方式)

です.ついで日本の現状・制度をおさらいしておきましょう.

 日本の公的年金制度が国民年金制度と厚生年金制度に分かれていることはご存じのことと思います.自営業者が加入し,毎月固定額を支払って将来月々6.5万円をもらうという国民年金.主に会社員が加入し,給料の一定割合(16%くらい)を払い――後に現役世代の所得に連動した給付(平均で世帯20万円くらい)を受けるのが厚生年金という感じ.

(上の整理は正確には誤りです.自営業者の場合は国民年金第1号被保険者,民間企業勤務の場合は国民年金第2号被保険者かつ厚生年金第1号被保険者となっています)

 2020(令和2)年時点で,国民年金保険料は月額16,540円.仮に40年間加入した場合(満額)で65歳支給開始だと月額で65,141円支給されます.
 国民年金の支給財源の半分は国庫支出です.一般会計予算に出てくる年金関連の支出は主にこの国民年金の国庫負担分.残りの大半はその年に徴収した保険料.国庫負担の大半と保険料はその年に徴収したものですから――国民年金は「その年に徴収したお金で/その年の高齢者への給付を行う」という純粋な賦課方式に近い財政方式をとっているということになります.

 ちなみに,国民年金では積み立てはあまり行われていません.厚生年金の積立金155兆円に対して9兆円と非常に控えめな規模で,積極的に積立し運用するという意図もあまりないようです(厚生労働省年金局「収支決算の概要」).

 次に厚生年金.厚生年金は「年金の2階部分」と呼ばれ,受給者は国民年金第2号被保険者として老齢基礎年金をうけとり+厚生年金第1号被保険者として厚生年金比例報酬分をうけとることになります.令和二年度では,現役時代にずーっと平均所得を稼いでいた妻専業主婦家計ですと65歳からの支給開始で月額221,283円をうけとることができます.
 その財政方式は――令和元年度見込みで保険料収入が37.2兆円・運用収入が3.4兆円+国庫負担10.8兆円.ここから,49.8兆円の給付を行って,残った1.9兆円を積立増に回しています(2019年財政検証).ちなみに,厚生年金の国庫負担は支給のうちの老齢基礎年金部分の半額を支給するもの.あと年金事務にかかわる経費も財政が負担します.比例報酬部分には国庫からの支出は行わない建て付けです
 厚生年金においても,支給財源のほとんどはその年の保険料収入ですから,これまたほぼ賦課方式の年金と考えてよいでしょう.

「事前に備える」ことはできない

 賦課方式の年金は「その年の現役世代の負担でその年の高齢者が暮らす」という方法ですから,現役世代が少なく高齢者が多い状況で現役世代の負担は大きくなります.要するに,賦課方式は年齢構成から大きく影響を受ける.
 一方で,積立方式は各自が貯金しておいてあとで受け取るという方式ですから年齢構成の影響を受けない……だからこそ積立方式への移行が必要だという議論が行われます.

 最も一般的な積立方式移行論ですが……これはあまり筋のよい議論ではありません.

 ここで仮に「年金を完全積立方式にして,運用は自国の国債で行う」と言うケースを考えてみてください.前回のマガジンでお伝えしたように,内国債の償還は所得の移転です.すると……ある年の年金支給財源=内国債の償還財源=その年の税金という関係が成り立つことがわかります.
 その年の税金を支払うのは主にその時点での現役世代でしょう.すると……内国債で運用した積立方式年金のキャッシュの流れは「その年の現役世代の負担でその年の高齢者を養う」という構造になっていることがわかります.これは完全に賦課方式と同じ構造です.

 もちろんこれは極端な例です(現在の年金積立金160兆のうち国債で運用されるているのは25%ほど)が,仮に日本の年金制度が全面的に積立方式に移行するとなると1000兆円近い積立が必要になります.ここまでの巨額の資金を安定的に運用するためには国債の割合を高めざるを得ないでしょう.

 また,積立方式ならば年齢構成の影響がないという議論の問題は実物面から見てもわかります.
 財政方式無関係に年金が支給されると,それを高齢者が使います.高齢者が増加することで年金の支給総額が増加すると,高齢者がより多くの財・サービスを購入することになる.一方で,高齢者は財・サービスの生産にはあまり寄与しません.
 財・サービスの総生産量・供給能力が一定のままで,高齢者がより多くの財・サービスを使うと言うことになると――現役世代が利用できる財・サービスは減少することになります.このような実物面で見た現役世代の負担は積立方式か賦課方式化には関係ない論点なのです.

 このように書くと,いや積立金を使って海外から財・サービスを買えばよいと思われるかもしれません.しかし,高齢者が購入するものの多くは医療や介護をはじめとする輸入困難なサービスです.
 無論,輸入できる財・サービスの国内生産を縮小して(貿易財の輸入を増やして),高齢者向けサービスに人・資源を集中させればよいという議論はありますが――そのそも日本は輸出入依存度が低い(内需中心構造)なのでこのような調整は生じにくいでしょう.また大規模な移民を受け入れて云々という議論も同様に現実的ではありません.

ポイントは資本蓄積

 積立方式と賦課方式の違いは,前回エントリのモディリアーニの議論を念頭に置きながら考えるとよい.ポイントは賦課方式と積立方式の裏づけ資産,いわば会計上の相手方科目の違いです.
 賦課方式年金に保険料を毎年支払っていると,自分が将来高齢者になったときに年金をもらえます.すると個人にとって賦課方式年金の支払いは貯蓄であり,「毎年きちんと支払ってきたという実績」は資産です.しかし,マクロ全体で見ると,保険料はその年の高齢者への支給に使われています.一国全体でみると賦課方式年金は移転であり,実物資産はなんら生まれていません.

 「個人にとっては資産だが,一国全体では所得移転」であることが賦課方式年金の特徴です.一方,積立方式は徴収した保険料を政府(年金運営者)が貸付・運用にまわすことになるため「個人にとっては資産であり,一国全体でも資産」という性質をもちます.

ちなみに,先ほどの内国債の例をもう少しすすめて,

1) 積立金の運用を赤字国債で行った場合
2) 積立金の運用を建設国債で行った場合
3) 積立金の運用を株式・社債で行った場合

と賦課方式の違いを考えてみましょう.1)の場合「赤字国債の償還は国内の所得移転以外の効果はない」わけですから,賦課方式と1)なんらの違いは生じません.
  2)の場合,年金支給時点でのキャッシュの流れは賦課方式と同じですが,道路や橋といったインフラ(実物資源)が次世代に残ることになります.3)のケースは政府が個人の代理として投資をしているようなものです.国内企業に投資された場合は,その企業の投資によって国内の生産能力が上昇する――――つまりは経済成長の元になる.海外へ投資した場合には対外資産が増加します.

 公共インフラや民間生産力,海外資産等が生まれるため積立方式は優れているのは確かです.

 ただし,ここまでの話(特に2.3.のケースと賦課方式の違い)の前提となるのは

・賦課方式年金の加入が個人としては資産であることから
・個人の(年金加入以外の)貯蓄が低下する
・これによって投資資金が不足するため,インフラ整備・民間設備投資等が停滞する

という状況です.要約すると賦課方式年金が民間投資をクラウド・アウトしてしまうから積立方式が望ましいーーというロジックになっています.さて,現在の経済状況でこのようなクラウド・アウトは起きているでしょうか? 投資資金不足で金利が上昇し,財・サービスの生産力不足で物価が上昇しているか――もちろんしていません.そのため,現状の経済においては,積立方式が優れているとは言いがたい状況です.

 これまた前回同様,もちろん将来のいずれかの時点で賦課方式による民間投資のクラウド・アウトが起きるかもしれません.そして年金100年プランなどと呼ばれる超長期問題ですから,いつかそのような状況に日本が直面する可能性は大いにあるでしょう.だからこそその日に備えて,積立方式移行が必要だという議論も非常によくわかります.

 しかし,現在の喫緊の課題かといわれるとそうは思わない.さらに全額積立になったことで得られる利益とそのためのコストを考えると……熱量を持ってその必要性を訴える気にはならないのです.

やっぱり経済成長

 ここでも前回の「国債の負担」に関する議論と同じ結論になります.

 年金に関する財政方式以上に重要なのは,「企業が工場建設や研究開発などに投資する資金が不足する」という状況をつくらないようにする.つまりは,十分な経済成長をすることなのではないでしょうか.

 さらに,年金の財政方式無関係に生じる「高齢者が財・サービスを多く消費するので,現役世代が利用できる財・サービスが減る」という状況を緩和するためには,財・サービスの生産量を増加させる.つまりは,十分な経済成長が必要なのではないでしょうか.

(ちなみに現行の年金が加入者にとって得すぎる――負担よりも受益の方が大きい状況ですと上述の問題はさらに大きくなります.というか現状まさにそうなっているのです.)

ここにおいても,経済成長こそが問題の本質なのです.むしろ年金制度改革に関しては,その損益分岐点が75歳前後(76歳以降まで生存すると得――つまりは大部分の人が得)にあることで現役世代から高齢者への移転が大きくなりすぎる傾向にあることなどを是正することを優先する方が賢明なように感じます.

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