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財源不要論の根拠と無根拠

 経済論壇に下足をつけてからかなりの年数になってしまいましたが,この10年で,確実に,金融政策・財政政策に関する議論は変わりました.10年少々前には超マイナーだった金融緩和・財政出動論も,主流とは言いがたいですが,それほど珍しい主張ではなくなりつつあります.
 金融・財政ともに緊縮一辺倒の議論を目にすることは少なくなった一方で,それは言い過ぎという議論も目立つように・・・


財源必要論の基本

 11年前,活動家の雨宮処凛さんと『脱貧困の経済学』を出版したとき.一時期帯にもした惹句が「財源?ありますけど?」でした.日本の財政は危機的状況だから○○は出来ないという議論が主流の中,金融緩和による自然増収や相続税・所得税などの改革で出来ることはたくさんあるんだよというのが僕の話の趣旨.このくらいの話でも当時は極論あつかいでしたが……ここで注目いただきたいのは「国債を発行して」というとこを強調してないとこ.だって財源必要なんだもん.

先に結論.

経常的(景気にかかわらず行う)政策の財源は税でなければなりません.

 本稿での税は社会保険料なども含むとご理解ください.もちろん景気次第で一時的に税収では賄いきれないこともあるでしょう.その時には結果的に国債を財源にするこもになります.ただし,好景気・インフレ期なったら税だけで賄える範囲でしか経常的な施策はできないのです.

財源不要論のベース

 MMT(現代金融理論)への注目などから,国債発行のコストの小ささに注目があつまっています.世界的にもコロナショック対応で空前の財政出動=国債発行が行われているのに,金利は全く動かない.このような超低金利環境では,国債発行のコストは限りなく低く,それによって得られる利益(人々の生存やビジネスの存在)は極めて大きい.

 コロナショックを脇に置いといても,いまの状況財政支出・国債発行を渋る議論は全く根拠に欠きます.財政支出はまだまだ拡大できる.または税率はもっと下げられる.

 しかし,財政支出や減税を無限に拡大していく。。。ことはできない.その限界がインフレです.需要が財やサービスの供給能力を上回るとインフレ=物価上昇が発生します.マクロの経済は需要と供給能力のうち小さい方で決まります.
 するとインフレが起きているとき(経験則として2%以上の継続的物価指数の上昇)は経済が供給能力で決まっているということ.ちなみになぜ0%ではなく2%なのかは物価指数という統計のクセによります.

※ここでは需要の過剰が供給能力を引き上げる履歴効果は考慮せずに説明しています.履歴効果を考慮すると目安になるインフレ率が少し上がりますが,議論の大勢に影響はありません.

完全実物経済での経済政策

 経済が供給能力で決まっている経済では,「誰かが今までより多く財・サービスをつかう=他の誰かが財・サービスをつかえなくなる」という関係が成立します.
 例えば,一国の経済が米のみからなる完全実物経済を考えましょう.生産力の上限は100万石とします.このとき政府がこのうち40万石を食べる=民間は60万石しか食べられないわけです.

 このような供給主導経済での経済政策は有限のパイをだれから取って,だれに渡すかによってしか行うことができません.この「だれから取って」という部分……これは税金に他なりませんよね.供給能力が十分に活用されている経済では,税を財源にした政策しかできないのです.

 ちなみに,このような供給主導の局面でも国債を発行して政府が米を買うことは可能です.しかし,米の量が合計100万石であることは動かせない.ここで政府がいままでより多く米を使うと,米の値段があがります.要はインフレが加速する.民間はいままでより高い米を買うことになる……この民間の値上がり損はインフレ税とよばれます.やっぱり何らかの民間負担≒税金を財源にしないと政策を遂行できないというわけ.

ポイントは不要不急?

 一方で,供給能力よりも需要が小さい状況では政府の支出拡大が供給自体を増やすことが出来ます.このとき,政府が使う分が増えても民間はいままで通りの消費ができる.これならば民間負担≒税なしで財政支出ができるということになりますね.

 同じ国債発行による政府支出でも,インフレ税という税負担が生じる場合/生じない場合が分かれるわけ.

 ちなみにインフレはすべての財・サービスに一様に起きるわけではありません.必需品(=経済学用語ではなく,値上げをしても消費を減らすことが難しいタイプの財)は値上がりしやすい傾向があります.そして,低所得者層ほど必需品への支出割合が高い.私はインフレ税はけっこう重要な徴税法だしメリットもあると思いますが,基幹的な税としてはあまり効率・公平性が高いとはいえません.税収の主役にはなれない.

 そのため,インフレが加速し始めた場合には,政府は支出を抑える/増税するのいずれかの方法で,さらなるインフレを抑えることになります.比較的動かしやすいのは支出の方.だから,需要不足=公債発行による政府支出が生産増をもたらすシチュエーションで実施する政策は,状況が変わったら取りやめることができるものが望ましいわけ.

 年金や医療,生活保障のような途中で「やっぱやーめた」ということが出来ない政策はやはり税財源を基本にするしかない.これが今日の結論.財源不要なのは需要不足の時だけだし,その際も,状況次第でやめられる政策への支出を増やす方が筋が良いというお話です.まだまだ財政にやれることはたくさんあるけど,何でも出来るって訳ではないんです.







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