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マネーと為替のメンドい関係(全文公開版)

 本日は,

・ベースマネーの比率は意外と為替レートと連動していない
・マネーの量≠ベースマネーなのに,なぜかベースマネーの方が為替との相関が高い時期がある

というパラドクスについてお話します.

※マネーサプライは現在の統計上の正式名称はマネーストック,ベースマネーはマネタリーベースですが,旧称・俗称の方がなじみがある人が多いと思うので本稿では旧称・俗称ですすめます.

まずは元々のお話

 ことの発端は私も出演していたweb番組で,高橋洋一さんが以下のように言及されました.

(為替は)ドルと円の量の比でだいたい決まるんですよ.ちょっと暗算でやってみようか.テレビだと難しいかもしれないけど.日本の円っていまだいたい660兆円なんだよね.それでアメリカのドルは6兆ドルくらいだから,割り算すると110円になるでしょ?

「虎ノ門ニュース」2022年5月20日

という発言(リンクはコチラ)があったので,これは少し方向を修正しないけないといけない(飯田がこの議論を肯定していると思われる)と思い,その後ろで「マネーの比ではなく金融政策動向で決まる」と発言しています.

 まず,数字の話.日本のマネーストック(M2)は2022年4月現在で約1200兆円.米国は約21兆USDなので,高橋さんの話はマネーそのものではなく,ベースマネー(現金+中銀当座預金)の話と思われます.
 2022年4月時点での日本のベースマネーは約690兆円.米国は約6兆USDなので割り算して115円くらいというのは確かにぴったり! しかし,これは現在偶然成り立っている関係にすぎません.少し時間軸を伸ばして2012年以降の推移をみていきましょう.

 日米のベースマネー比と為替レートはそもそも水準が全然違うし,その変化の方向性もあまり似ていません.これはもっと期間を延ばして,2000年以降について表示しても同じです.もっともこちらは変化の方向性が似ている時期もある(2008-2015あたり).これについては後で解説します.

 なぜ過日の虎ノ門でわざわざ飯田が高橋さんの話に否定的なコメントを付け加えたのかーーその理由を知りたいだけのひとはここまで読んでくれればおk.

※日米ともにベースマネーには単位根があり,為替レートにも単位根がある状態で水準の話を議論することには意味がない……という話でわかる人もここまででおk

マネタリーアプローチとベースマネー

 なお,マネーの量の比が為替レートを決めるという話はかなり古典的な話であり,為替を考える出発点としていまも重要です.だって,

・多いものは安く,少ないものは高い
・将来増える(と予想される)ものは安く,将来減る(と予想されるもの)ものは高い

というのは経済の基本ですからね.ちなみに日本で一番有名なマネタリー・アプローチの論文はコチラ(一番の注目点は著者名^^)

 ここで問題が.「日本円が多い」ということと「日本のベースマネーが多い」という話は結構違う.

※日本円の量(マネーサプライ)は日本国内の現金と預金の和.一方のベースマネーは現金と中央銀行当座預金の和です.現在日本円の現金発行額は120兆円ほど...マネーサプライの1割,ベースマネーの2割くらいなので重複する部分はそんなに多くありません.


 日本円が多い(=マネーサプライが多い)またはこれから多くなるから円安だという主張はわかるんです.一方で,ベースマネーが増えても日本円の相対的な価値が多くなるかどうか・・・はわからない.

 にもかかわらず! 90年代にはマネーサプライの比よりもベースマネーの比の方が為替レートと強く連動していましたベースマネーの比が為替を決めるという話はマネタリーアプローチから直接は出てきません(信用乗数が相当に安定していないと成立しない).

ソロスチャートはなぜ有効「だった」のか

 変動相場制移行後の日米ベースマネー比をみると,1980年代末までベースマネー比と為替レートの間にはほとんど関係がありません.むしろ両者は逆相関しています.
 しかし,90年代になると一転して両者の相関は高まる.この関係を利用してジョージ・ソロスは為替取引で莫大な利益を上げた……という伝説(真偽不明)があるため,ベースマネー比をグラフ化したものは「ソロスチャート」と呼ばれます.

寺井・飯田・浜田(2003)

 これ.めちゃ懐かしい話で,2004年に確かまだ院生だった寺井晃さん(現在京都産業大学教授)と浜田宏一先生と論文を書いたんですよね.リンクはそのDP(査読前)バージョン.
 そして2000年代に入っても2008年から2015年あたりまで,為替の動きと日米ベースマネー比は高い相関関係を持っています.(なお水準は全然違います.また当然単位根ありますが,階差をとっても相関あります.)

 なぜマネタリーアプローチ...…日米のマネーの量の比ではなく,日米のベースマネーが為替レートに影響をしている(ように見えるのか).ひとつの解釈は,

 ベースマネーの量が金融政策姿勢の代理変数(となっている時期がある)から

というものです.

 まずは90年代.当時は日米ともに金融政策を短期金利のコントロールを通じて行っています.ここで,ベースマネーの拡大を容認しているということは今後しばらくは緩和的な金融政策を続けるという中央銀行の意思の表れ……だと市場は考えるというわけ.
 2008-2015年になると,金融政策はベースマネーそのものの量を目標に行われる傾向が強まります.それならばより直接的にベースマネーを増やしているということは金融緩和姿勢継続だという市場予想につながる.

 さて.ここがポイントです.ベースマネーと為替の関係は因果関係ではない.あくまで金融政策姿勢(への予想)が為替を動かしている.そして,ベースマネーと金融政策姿勢が強く相関している時期にはデータ上「ベースマネー比→為替」という因果関係があるように見えてしまうわけです(Granger Causalityが検出される).

 現在の日本銀行はYCC(イールド・カーブ・コントロール)を中心に金融政策運営を行っているので,このようなベースマネーの代理変数性は低下しています.米国においても,この傾向は同じです.その結果,2015年以降ベースマネーを用いた為替予想は難しくなっているというわけ.

 この話については2009年のblogにわりと丁寧にまとめてあるのでご一読いただければ幸いです.ここでも「ベースマネーそのものは(リフレ政策の)ロジックの中心ではありません」という点を強調しています.

横断面と時系列

 計量経済学,というかデータを用いた議論の一番の肝は「見せかけ上の相関」をどのように取り扱うかにかかっています.
 今回のベースマネー云々の話は,ベースマネーの代理変数としての側面を軽視していることから生じる問題についてでした.極端な例ですが,体温計の数字は体温の代理変数です.体温計を冷蔵庫に入れても体温は下がりません.
 さらに,ベースマネーは金融緩和へのコミットメント手段として用いられることがあるのでさらに混同しやすくなっている.というか実際に因果関係があることもあり得る.このあたりは先ほどのリンクで説明しています. 

 また,今回取り扱った2000年-2022年の為替レートやベースマネーの推移といった時系列データでは,トレンドや単位根の存在によって見せかけ上の相関がよく発生する.このあたりの話は本マガジンでまた解説したいと思います.
 
 一方,アンケート調査のような横断面データでは,逆因果や共通要因の存在などによって生じる見せかけ上の相関に悩まされることが多い.以下の動画では経済学とデータを用いた議論の進め方について,主に横断面データを例にのんびり講義(?)をしているので,ご興味の向きはご一軒いただければ幸いです.

 

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