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「2月の勝者」は何の勝者か?

 さて中学受験シーズンまっただなか! そして今日は首都圏の(多くの)受験生にとっての天王山である2/1ですよ!

※本日のエントリは2年前の2/1のエントリの改訂版です
※※今日の話はかなり論理がこみいっています.本稿での「言いたいこと」とその是非は最終行を読んでから判断してください...

 30うん年前の泰之君も2/1には開成を,2/3には海城を受験しました.開成は当然不合格.確か慶應中等部1次試験(1次は受かったけど2次で落ちたのでやはり慶應はろくなもんじゃないと思う^^)の帰りに海城の合格を知り……めでたく13歳の春をむかえたわけであります.また,学部生の時には栄光ゼミナール,後にTAP(SAPIXの母体……90年代にはまだ勢いがあった)の講師として中学受験に関わりました.

 とはいえ,今日は思い出話をしようというのではありません.

中学受験ってホントに意味があるん!?!?

というお話をします.

結論は「あります」

・・・ただし,多くの人の想像とは違う意味で.なお,以下の話の多くは中学受験に限ったモノではありません.名門県立高校受験についてもそれなりに当てはまると思います.

 コレ表でいうのしんどいんですよ.基本的に中学受験は大都市圏に住むそれなりに裕福な家庭のみに開かれた特権です.それが,後々の所得や社会的地位にプラスに働くというのは……正直メディア受けしない.しかも,それを「海城→東大→大学教員」の私が発言するのは正直しんどい.
 また,小学校生活の後半を捧げた受験で思うような結果を出せなかった子供達とそのご家族の気持ちを考えると……ここで傷口に塩を塗るような論考は書けないのが人情でしょう.だから,

「小学生の時から一部の進学塾に通ったことが「近道」になることもあるでしょう。でも、それが全てではありません。」

「2月の勝者は人生の勝者、ではない」

あたりが話の落としどころになる.私もこのタイミングでTV・新聞で中学受験にコメントを求められたら,こんなかんじの答えをすると思います.

 しかしですね.中学受験がその後の大学進学や所得に全然影響しないなら……なんで中学受験する人がいるんですか? そんなに家計って非合理的なんですか?
 私国立一貫校で過ごす6年間は大学進学やその後の所得とは関係ない特別な価値がある……みたいな話でまとめる人もいますが,ほんとかな.私は6年間の海城での生活楽しかったけど,どの中学・高校にいってもきっとその当人にとっては欠けがいのない青春なんじゃないかしら.

 こんなとき,個人は基本的に合理的であり

多くの人が進んでコストを負担しているモノ・コトにはなんらかの利得がある

はずだと考えるのが経済学っぽい発想.そしてその合理的理由はまぁ,大学進学や将来所得あたりになるんじゃないかな.

高偏差値校の進学実績はなぜ高い?

 ここでは(ルサンチマン or 成功者の遠慮ではない)論理的な「受験意味ない」論について検討しましょう.典型的なものは,

偏差値が高い中高の進学実績がよいのは……もともと優秀な学生が入学しているからでは?

というもの.つまりは「灘・開成に行ったから東大に行けた」わけではなく,「東大に受かりそうなコは灘・開成に受かる」というわけ.これを計量経済学では内生性の問題といいます.因果関係が逆なわけ.これはなかなか厳しい問題提起です.

 逆因果が存在するために,因果効果が検出できないという場合.計量経済学では定番の対処方法があります.それが操作変数法です.ひらたくいえば……

・学力関係なしに偶然開成に入学した生徒(以下ランダム開成群)を捜す
・開成以外に進学した生徒からランダムに一定数選ぶ(以下対照群)

対照群とランダム開成群の進学実績を較べ,ランダム開成群が有意に有名大学への進学が多いならば……開成に行ったことで有名大学に進学する確率が上がると言える.有意差がないならば,開成の進学実績がスゴいのは,スゴい頭のいいコを集めているからであって,そういうコは開成に行かなくてもいい大学に行くだろうということになる.

操作変数の発見

 学力関係なしに偶然開成に行くヤツなんているわけねーだろ!とお怒りかもしれません.もちろん文字通りにはあり得ない.しかし,どうにかして「偶然開成に行ってしまった」みたいな人を捜すのが分析家の腕の見せ所.

 近藤絢子(2014)「私立中高一貫校の入学時学力と大学進学実績―サンデーショックを用いた分析」,『日本経済研究』70いう論文があります.

 首都圏の中学受験は2/1が天王山であり関ヶ原となります.男女ともに御三家やそれに準じる中学の試験日が集中しているから.女子御三家の桜蔭・女子学院・雙葉いずれも受験日は2/1です....しかし!およそ7年に一度,女子御三家やその他の有名校の一部の入試が2/1以外に行われることがあるんです.そう.2/1が日曜日にあたると,ミッション系の一部の学校が受験日をずらす.
 これを中学受験業界では「サンデーショック」といいます.併願パターンや辞退パターンが変わるので,その年の各校の合格偏差値は前後の年とかなり変わります(全然予想がつかなくなる).

 近藤(2014)では1998年のサンデーショックに注目して,「その年だけ合格偏差値が下がった中学の6年後の進学実績」「その年だけ合格偏差値が上がった中学の6年度の進学実績」に注目した分析を行っています.ここに注目することで,たまたま入試日変更の影響でラッキーで女子学院に受かっちゃった子がいる学年について調べることが出来るというわけ.

※サンデーショックで女子学院の偏差値が上がったか否かは(論文に示されていないので)わかりません.あくまで例え話です.

 その結果……「その年だけ」偏差値が上下しても,その6年後の進学実績には差が出ないことがわかる.つまりは,中学入試時の偏差値は大学進学実績に影響しない.ということは……例年なら桜蔭に受からないであろう子であっても,桜蔭で6年間過ごすと例年の桜蔭生並みの進学実績をたたき出すというわけ.

ふたつの「ピア効果」

 この結果について,同論文では「中学入学後の学校によるインプットの貢献が相対的に大きいことが示唆される」ーーつまりは"いい学校"に通うことは進学にプラスの効果があると結論しています.

 "いい学校"に通うことが有名大学入学や将来所得に好影響があるのはなぜか.一般的に指摘されているのがピア効果です.まわりに勉強する子が多いと自分も勉強するようになる,賢い人が多いとなんとなく自分も賢くなるみたいなやつです.
 ただし,サンデーショックを用いた分析では同学年全体の中学入学時学力が変化している.つまりは全体的に生徒の質(中学入学時学力)が低くなった学校ではこのピア効果自体が薄れているはず.

 それでもなお,名門校の進学実績が高いのはなぜか.名門だからというのがひとつの答えではないかな.

 天下の桜蔭中・高に合格したこと自体が,生徒の自信や学ぶ意欲を高めるというわけ.
 
 この名門効果?についてはSmith(2013)等の研究で示されています.自身の元々の成績にくらべやや背伸びした大学に進学した学生ほど卒業率が高い(ドロップアウトしにくい)という分析です.その解釈としては「いい大学に行ったらことでやる気が出た」「こんないい大学に入ったのに中退してはもったいない」というものになるでしょう.

 もっともこの名門効果は諸刃の剣です.本来の実力や自己評価よりも高い学校に進学した生徒・学生はその実力以上の力を発揮できる反面,何らかの不運で実力よりも低い学校に進学した場合にはやる気をそがれてしまう結果にもなりかねない.

 ちなみに,私の場合――開成に落ちて海城にいった当初は「この程度の学校なら自分がトップに決まってる」と意気込んでいたため,定期テスト順位は学年で一桁台でした.受験で思うような結果が残せなかった……場合にはこのような逆奮起にむかうこともある.
 そして中1・2とかなりの好成績だったことにおごり高ぶった結果,中3あたりから私の成績はどんどん落ちていき,高2の終わりには下位20%の常連なりましたので...やはり油断・驕慢は良くないですね.

本当の勝者(?)とは

 もっとも近藤(2014)の分析は「有名中学に進学すると有名大学に合格しやすくなる」というものに過ぎません.そしていい大学に進学することが,その後の人生の成功に結びつくわけではないわけです.

 では有名大学への進学とその後の所得にはどのような関係があるのでしょう.まぁ所得=人生の成功ではないのですが,ひとつの基準として考えてみましょう.

 同分野の研究としてはDale and Kruger(2002)をあげないわけにはいきません.同論文は有名大学に入学許可をもらったけど行かなかった人(米国だと金銭的事情や教育環境を考慮して,手厚い奨学金が取れた大学を選ぶことがる)を対象に分析したところ――卒業大学のランクとその後の収入の関係はほとんどないとのこと.

 つまりは「ハーバード合格したけど金銭的理由で州立大に行った人」と「ハーバード卒業生」の所得の差はないというわけ.
 
 日本のデータについてもNakamuro and Inui(2013)などで同様の傾向が示されています.例えば,異なる高校・大学に進学した一卵性双生児でその後の所得を比較すると,所得に有意差がないとのこと.

中学受験は大学受験には効く!
けれどもその後の人生にはたいした影響はないっぽい

といったところでしょうか.一方でこれらの論文では「高校進学以前の学力」の重要性を指摘するものが多くなっています.つまりは,どの高校(や中学),その大学に進学するかではなく――中学受験や高校受験時の学力・知識・論理性などの方が重要というわけ.

 さて,ここでもう一度結論をひっくり返します.どの中学・高校・大学に行くかは重要ではない,一方で中学受験時や高校受験時の学力・知識・論理性は後の所得に大きく影響する……ここから導かれることはなんでしょう?

中学受験の果実は合格ではない!
小学校高学年でガチで勉強することそのものに意味がある!

というわけで,

「2月の勝者」は志望校に合格した子のことではありません.小学校後半の数年間を勉強という苦しくも楽しいことに投入した全ての生徒とその家族が「2月の勝者」なのです.
 

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