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児童手当の所得制限ー本当の論点は?

 さて本日の教材は経済同友会の新浪代表幹事のコメントです.児童手当の所得制限撤廃に反対であるとの発言なのですが……なかなか「上手い」コメントなので,これを題材に補助金制度について考えましょう.

 ことの発端は火曜日に岸田首相が発表した「こども未来戦略方針」です.2028年度までに取り組む「加速化プラン」で年3.5兆円規模を投じ、急激に進む少子化に歯止めをかけるとのこと.なかでも,現在世帯所得960万円未満の家計に限定されている児童手当の所得制限の撤廃について……

「児童手当の所得制限の撤廃を決めたことには大反対だ。7人に1人の子どもが貧困化しているという状況を考えると、必要なところにもっと厚く対応し、貧困の連鎖が起きないようにすべきだ」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230614/k10014099551000.html

というものです.「必要なところにピンポイントで給付すべきだ」という反論は,時に,単なる支出増への戦略的反論方法として用いられる.低所得者層に負担の大きい,つまりは逆進性のある消費増税を推奨しておきながら返す刀(?)で貧困問題を憂慮する発言が出ると・・・これはどうも文字通りには信じられないという人もいるでしょう.
 「必要なところ=貧困層」への手当を厚くすべきだと思うなら,貧困対策や生活支援の拡充を主張すればよい.高所得層への手当を増やそうが減らそうが……低所得者層の生活は楽にも苦しくもなりません.仮に財源の問題を気にするならば……累進課税の強化や資産課税を主張すればよいのです.

 各種手当への所得制限は「資産はないが所得は高い層」と「資産リッチで所得は高くない層」間の不平等を生じさせます.例えば,将来確実に1億の不動産を相続できる年収700万円/親が資産をもっていない年収1000万円では経済的余裕が大きいのは前者でしょう.現在の制度では,前者は児童手当支給対象,後者は対象外となります.
 このような齟齬をなくすためには,所得再分配は,児童手当とは別の所得税・資産税によって行った方がよい.制度はシンプルな方が運用・維持しやすくなります.

 児童手当問題に限らず,基本的に1つの政策で解決できるのは1つの問題だけです.児童手当は「出産・育児をして"いない"世帯」から「出産・育児をしている世帯」への分配政策に他なりません.ここに所得の不平等問題を混入させるのは非効率的です.

 そして児童手当が「出産・育児をして"いない"世帯」から「出産・育児をしている世帯」への分配であることに注目すると……現在行われようとしている「こども未来戦略方針」の目的がクリアになる.

 本マガジンでも何度も指摘していますが,金銭的な誘導で出生率はあがりません(→参考:「"異次元の少子化対策"の異次元っぷりについて」).このような当たり前のことを政治家・官僚が理解していない可能性は限りなく低い.
 現在進んでいる出産・育児支援の本質は「出産・育児の社会化」にあります.「少子化対策」というのは表看板に過ぎません(なので私はこの看板を掲げるのに反対です).
 かつての日本社会では結婚し,子どもを産み,育てる……というライフサイクルを送る人が多かった.つまりは,

・「育児手当を受け取った人」はいつか「その財源を負担する人」になる
・「育児支援の財源を負担した人」はいつか(または過去に)「育児手当を受ける(た)人」でもある

可能性が高かった.財源という言葉が気にいらなければ資源配分と言い換えてもよいですが……財政支出に財源は不要だ論の人は過去のエントリ「財源不要論の根拠と無根拠」「防衛費の財源は増税ではない……そして国債でも貨幣でもない」を参照ください.
 このような状況で所得制限なしの児童手当支給は,理念としては,「行ってこい」になります(もちろん,所得によって税負担額がことなるので完全に負担と受給が同じ人は稀).

 だからこそ,児童手当に所得制限を設けることで「子育ての負担を富裕層から低所得者層に付け替える」という資源配分を行っていました.低所得者層のみに手当を支給することで,低所得者層の負担を軽くしようとしたわけ.

 現在の晩婚化・未婚化は「過去・現在・未来いずれのライフステージにおいておいても出産・育児をしない人」の増加を意味しています.このとき,育児手当の性質は出産・育児の負担を(過去・現在・未来の)当事者以外に負担させることに変質します.
 すると,同じ所得・資産環境の家計の間で,出産・育児を経験する場合とそうではない場合で金銭的な差をつけるのは至極当然のこと.むしろ,児童手当に所得制限があるのは不自然なことになるわけです.

 このように考えると,今次の所得制限撤廃案には別の観点からの反対論が出てきてしかるべきでしょう.

 「こども未来戦略方針」の目指すところは,「過去・現在・未来いずれのライフステージにおいておいても出産・育児をしない人」から「いずれかの年齢で出産・育児を経験する人」への再分配です.自発的に子どもをもたないと決めた/または残念ながら授からなかった世帯と子どもを授かった世帯の間に処遇の違いがあること……仮に所得制限撤廃に反対するなら,合理的な論点はここにあるはずです.

 私自身は所得制限撤廃に賛成です.そして,子育ての社会化--出産・育児の負担を当事者以外も負うことに賛成です.しかし,多様な家族のあり方や積極的な独身人生を主張されていた方からそのような反対論は聞こえてこない.私にはこれが不思議でならないのです.

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