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【観察記録】 カトチャン
キューティクルの光る栗色の髪の毛。
スマホを触る細長い指には、ラメ入りのピンクのネイルが施されている。
肩から垂れている白いブラ紐。
大きい背中。
「こちらの席です」という声に誘われて、オペレーションが大変そうな小上がりになった半個室の部屋に通される。彼女は振り返った。サラサラした髪が揺れ、花のような香りが漂う。目が合うと、カトチャンはニッタリと目を三日月形にした。
「久しぶり」
膜がかかったような高い声。オペラっていうんだっけ? 歌ってる時みたいに高くて、作り物みたいな声。でも、これが彼女の声だ。小動物のようなつぶらな瞳は、恋人を見るみたいにキラキラ光っていた。「元気だった?」なんて返事をしながら彼女の前に座る。真正面に座れば良いのに、なぜか彼女の対角線側に座る。
彼女はブラ紐を直しながら「泡盛にしようかな」と呟いた。「いいね」と同調。彼女は可愛い声で「すいませーん」と店員を呼ぶ。海ぶどう、パパイアサラダ、ジーマミー豆腐、ゴーヤのおひたし、カーリーフライ、もずくの天ぷら。彼女は次々に注文をした。手にハンドクリームを塗り込んでいるのか、メニューをめくるたびに、甘いシャンプーみたいな香りがした。
乾杯をすると、彼女は海ぶどうを頬張りながら言った。
「あたし、今度、個展することになったの」
「すごいじゃん、どこで?」
「新宿」
カトチャンは前髪を直すのがクセ。そして、二重を強調するように眉毛を上下に動かす。いつも身体のどこかを動かしながら喋る。自分が一番可愛く見えるポジションを調整しているのかもしれない。
「お金はかかるんだけど、知り合いのキュレーターさんも手伝ってくれて、なんとか開催できそうなんだよね。七月になりそうだから、もしよかったら、ヒビキも来てね!」
彼女は左手で箸を握り、舌をだらしなく伸ばしながらジーマミー豆腐を口に運んだ。猫舌の人の食べ方だ、と思う。一瞬、沸き起こる嫌悪感。汚い食べ方だな。カトチャンはわざとこんな食べ方をしてるんだろうか。それとも無意識か。
「・・・ねえ、聞いてる? 絶対来てね! あと絵を買ってくれそうな人も連れてきて! 本当にお金かかるから、個展で稼がないと話にならないんだから!」
「いくよ、いく! 今、予定があったか思い出してただけだから。てか、どんな作品を出すの?」
待ってましたと言わんばかりに、カトチャンはスマホを取り出し、インスタを開く。身体中からお花みたいなオーラが溢れている。犬が尻尾を振ってる時みたいな喜び方、なんて思ってしまうのは失礼だよね。
インスタグラムにはパステルカラーのグシャグシャしたえが100枚くらい並んでいた。スワイプしてもスワイプしても、全部が同じ色味、同じ絵に見える。時々混ざってくる、カトチャンの自撮りは実物の5倍くらい可愛い。
コメントに迷う。どれも、決してうまい絵ではないから。だからアートは難しい。いくつか作品をタップすると、「見えない光」、「impossible」、「鬱憤」なんて言葉がタグ付けがされていて、ますます分からなくなる。
なんとか言葉を探し「これは何を使って描いてるの?」なんて、それっぽいことを言うと、これまた待ってましたと言わんばかりに、カトチャンは目をしならせた。
「基本的には、水彩なんだけど・・・、あ、これとかはデジタルも混ざってるよ。水彩とデジタルのハイブリットみたいな感じかな。だから、今、家の中キャンパスで溢れてて大変なことになってるんだよね」
言い終わると、カトチャンはサラダを大きな口に運んでいく。カトチャンは驚くほどの食欲で、パクパクと食べ物が消えていくんだよね。それはいいんだけど、その度に伸びる桜色の舌に、また嫌悪感。うえ。
大食い。骨張った頬骨。がっちりした肩幅。大きな手のひら。
カトチャンはどこか、チグハグしている。
でも、それが、面白い。
「なんか、カトチャン、輝いてるよ」
本音だった。カトチャンは、光っていた。
自分のやりたいことを見つけ、なりふり構わずに走ろうとする姿はカッコイイ。
「そう? 嬉しい、ありがとう。確かに今はすごい元気。前に会った時は病んでて、ずっと悩んでたから霧が晴れた感じはする」
「思った! 前に会った時より、顔がイキイキしてる」
「やっぱり、前のあたし暗かったよね、ごめんね」
カトチャンは恥ずかしがりながら、グラスを傾けた。泡盛のソーダ割は、スルスルと彼女の喉に流れていく。グラスをカンとテーブルに戻す。
口の前に拳を作り、ゲップを抑えると、彼女は話を続けた。
「性転換した時も世界が違って見えたけど、それにすごく似てる感じがする。やっぱり、私の居場所はここだったんだなって」
その瞬間、夏の風が吹いた気がした。
彼女が、すごくすごく、羨ましかった。
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