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バンド 【完結】

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2022年9月の記事一覧

【小説】 母と娘。

 この時の時計ほど埒のあかない遅いものはなかった。清々しい太陽を遮光カーテンで締め切った…

井川文文
1年前
4

【小説】 血の気と、腹の虫。

 私は分別なくリビングをぐるぐる歩き回っていた。脳が無意味でもそうして動いていろと命令す…

井川文文
1年前
3

【小説】 運命の恐ろしさ。

 その日の朝は、やけに静かだった。いつも聞こえてくるはずの子どもたちの声が聞こえてこない…

井川文文
1年前
5

【小説】 雲の影。

 楽屋に戻ってからも、しばらく頭がボンヤリしていた。身体には疲労感があり、終演した手触り…

井川文文
1年前
1

【小説】 俯瞰したライブ。

 身体がビリビリと震える。  ステージ奥に設置された巨大スクリーンにオープニング映像が流…

井川文文
1年前
8

【小説】 チグハグの開演前。

 私たちはチグハグのまま時を過ごしていた。  私はチグハグを見ないフリをしながら過ごして…

井川文文
2年前
3

【小説】 波紋。

 芸能の世界は水商売だと言われたりする。それは音楽も同じこと。ミュージシャンだって、源流は一緒なんだと思うんだ。水のように掬っても実態は見えない。音楽をしているだけなのに、どうしてお金が稼げるのか。どうして人が集まるのか。人気って、どこから発生するのか。本質的には分からない。  水に石が放り込まれると波紋はどんどん広がっていくように、バンドの評判も広がっていく。風が吹いたら波が起きる。波のエネルギーは累乗されていく。  私たち『HIRON A’S』は、まさにそんな大波の中にい

【小説】 実感のない、告白。

 プロポーズされた。でも、あまり実感がなかった。  メールをもらってから数日後、同じ言葉…

井川文文
2年前
3

【小説】 違和感とビート。

 タオルで額の汗を拭う。大きく息を吐き、鏡に映る自分を見た。肌には張りがあり、毛穴も閉ま…

井川文文
2年前
1

【小説】 楽しくないライブ。

 誰が見ても順風満帆なバンド人生だった。デビューして間も無く注目を浴びて、人気者になった…

井川文文
2年前
6

【小説】 大きな、穴。

 アキちゃんの声が戻った。しかも前よりパワーが増している。  久しぶりのスタジオ練習が終…

井川文文
2年前
3

【小説】 久々のスタジオ練習。

 スネアドラムをジャジャジャンと叩く。みんな一様にアンプのつまみを捻り、エフェクタを足で…

井川文文
2年前
4

【小説】 取り戻したい、時間。

“みんなでスタジオ入らない? 高校の時みたいに意味もなく”  メールの送信ボタンを押せず…

井川文文
2年前
2

【小説】 外に出てみて。

「ああ、すみません! もう一回いいですかぁ?」  耳にキンキンくる黄色い声がスピーカーを振動させた。カタカタカタと乾いた操作音がコントロールルームに響く。「じゃあ、もう一度同じところからいきますね!」と私はマイクに向かって話した。  シンセサイザーで加工されたピアノのポップな音が始まる。ギターが重なり、ドラムとベースが支える。大きな塊でみれば、ウチのバンドとやっていることは同じはず。でも、なにもかも違うから面白い。個性という言葉を疑ってしまうほどだ。人が変わるんだから、そり