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igoku本制作プロセス | 第3話 igoku誕生一年前の話

皆さん、こんにちは。
福島県いわき市の市職員イガリと申します。2019年に、「いわきの地域包括ケア igoku(いごく)」というプロジェクトで、ありがたいことに、グッドデザイン金賞を頂くことができました。

調子に乗った私(たち)は、2020年にクラファンに挑戦し、igokuについての本を制作することに。

言い出しっぺの私イガリは、自分の執筆パートを何回かに分けて、このnoteで公開しながら、制作していこうと思っていますの第3話。
第1話 『エクエク・リョウちゃん』) 約5,000字
第2話 『震災、復興、大きな挫折』) 約5,000字

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地域包括ケア推進課へ

いわき市総合計画を作成した翌年2016年に、地域包括ケア推進課に配属されます。この課は、介護保険課の介護予防係という部署が元となってできた新設部署です。僕以外の多くの職員は、その前身となる介護予防係からそのままスライド配属だったので、ルーティーン的な業務はその人たちにお任せして、僕は割と自由というか、この新しい「地域包括ケア」なるもの、そしてそれを行政として、いわきでどう展開していくのかが自分に課せられたミッションなんだろうと、着任早々、勝手に思い込みましたw。

財政課・行政経営課時代に予算や事業の調整で福祉部署を担当していたので、福祉の取り組みは、なんとなくは分かっていましたが、役所の福祉部署って、福祉に配属された人は退職までずっーと福祉と言うくらい、専門性が高く、人事異動の流動性がそれほど多くない部署。なので、僕のように30代後半で”初めて”福祉の部署に配属されるという人はなかなか珍しい。言わば、僕は福祉の「外側」からやってきた、「外部」の人間。

これまでのキャリアで経験したり、試行錯誤したり、悶々としたり、挫折したりの中で練られてきた、役所の「外」とのつながり、
そして、ここでの、福祉の「外」側からの視点。
この二つの「外」。
が、igokuの誕生やその後の展開の、一つの要素、キーワードになったのかもしれません。

この二つの「外」と新部署における自分の”自由だ”という立ち位置(勝手に決めただけですが)が私を突き動かしたのか、4月の配属直後から、手あたり次第色々な所に行きました。
「はじめまして、こんにちはー。いわき市役所のイガリです。」と言って、あらゆる所へ行く。すると、はじめは皆さん、「えっ?!役所の人、、、」と大体驚かれる。なんとなく訪問の趣旨を伝えると、「役所の人が来たのなんて、あんたが初めてだよー」となり、お茶が出されるという流れになります。

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「外」からやってきた僕にとっては、目に映るすべて、会話のすべて、出会う人すべて、取り組みや思いの全てが、新鮮で面白い。その僕なりに感じた面白さを、職場に戻り、報告がてらスマホで撮った写真を添付してメールで職場の全員、と言っても10人ぐらいですが、上司も同僚も含めて送り始めました。写真とテキストを訪れた場所ごとにフォルダで整理していたのですが、2016年5ー6月の2ヶ月の間のフォルダの数が25個。4月に新しい部署にやって来て、その1ヶ月後には、二日に一度はどこかに訪れていたという感じになります。僕以外の職場の人は、前の職場から皆スライド異動してきたメンバー。なので、唯一の新メンバーと言っていい僕が、二日に一度しか机に座っていない。彼らの目に、僕がどう映っていたのか、知るよしもなければ、知りたくもありませんw

そのうちに、誰かのアドバイスがあったのか自発的なのか覚えていませんが、「こんな所に行ってきたよ」報告メールを、自分が所属する地域包括ケア推進課だけじゃなく、福祉の他の部署にも送っちゃえということになりまして、最終的には、保健福祉部という福祉の全部署、総勢600人に勝手に一方的に送ることになりました。今思えば、若気の至りというか、ある種の狂気ですねw

部署の人たちは福祉のキャリアが長いので、「どこそこで面白い活動があるらしいよ」「あそこでお医者さんのこんな会合が行われているらしいよ」という情報は持っている。一方的に送りつけられた僕のメールを見た職員の中で「イガリはうろちょろ色々なところに行ってるから、イガリに情報を回せば行くらしい」という感じになって、東京23区のちょうど倍の面積を有する、広いいわきの各地域の情報がどんどん寄せられるようになり、僕の外回りもどんどん忙しくなるという、(僕的)好循環が生まれていきました。

行ってきましたよメルマガの内容は、例えば、その後、igokuの聖地となる「北二区集会所」に、「○○保健福祉センターの△△さんに教えてもらった好間(よしま)地区の北二区集会所というところに行って来ました」的に初めて行ってきたときの感動や、そこで行われている取り組みや思い、福祉的に、役所的にそのバリューがどれほどステキかみたいなことを、(これまでの)福祉を知らぬ僕の目線でまとめる感じです。

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愛と尊敬を込めに込めまくって、”あえて”そう呼ばせてもらっているんですが、いわきの”ジジイ”や”ババア”が集まっている地域の集会所だけでなく、この時期は、同時に医療や介護の専門職の人たちの勉強会なんかにも参加しまくりました。

業界のパッションを発信しなきゃ

印象に残るエピソードを一つ。
初めて、医療介護の専門職の勉強会に参加した時のことです。
そもそも福祉が初めて、ましてや役所の外で行われいる医療介護の勉強会。初めて尽くしでしたが、恐る恐る突撃です。
受付で、参加費500円。
「おお、参加費があるんだ〜」から既に驚きですw
会が始まる頃には30人ぐらいの参加者で会場はびっしり。
「みんな一日仕事をしてきて、夜7時からの勉強会に、こんなに集まるんだー」と、これまた驚きです。
その日の勉強会は、何人かのケアマネジャーの方々が自分が担当された事例を紹介・共有・検討する形のものでした。ケアマネさんって、名前は聞いたことあるけど、実際には、こんな思いでこんな感じで仕事をしてるんだなぁと思いながら話を聞いていると、一人のケアマネさんが事例を紹介しながら、
「私が担当していた、このご利用者さんは先日お亡くなりになられました。最後の3ヶ月を担当させて頂いたんですが、ご本人やご家族への私のお声がけやアプローチがもう少し違っていたら、もっと素敵で心安らかな3ヶ月が過ごせていたかもしれません」と反省しつつ、涙ぐまれたんです!!!

僕の驚きはピークに達します。
「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ」です。
一日お仕事をされた後に、500円の会費を払い、自らの事例を振り返りながら、もっとできたに違いないと涙を流しながら反省する?!
聞けば、参加者は所属している会社も職種も異なるとのこと。○○病院の病院内の研修・勉強会ではなく、バラバラの所属先と職種の皆さんが、自発的に集まってる。

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いわきの医療や介護に携わってる方々が、こんな勉強会を開いていること。職種や立場を超えて、仕事が終わっても会費を払い、涙を流しながら反省と学びを積み重ねていること。そして、それを支える仕事へのパッション。
恥ずかしながら、役所の僕は、そんな方々がいるということ、勉強の会のこと、そしてこのパッション、全く知りませんでした。
と同時に、医療介護の外にいる市民の皆さんも、僕同様に、このことを知らないんじゃないかと思いました。一般的に、人が介護の方達と接点を持つのは、自分や配偶者の「親」の介護の時と、自分や配偶者「自身」がお世話になる時だと考えれば、長い人生の中でも数回しか機会がない。そして仮に接点があったとしても、その人たちの裏にあるパッションのことや勉強会のことまではなかなか知ることはできない。
だから、人生の最期や暮らしに欠かすことのできない医療や介護のこと、それを支える人たちがどんな人たちで、どんな思いとパッションで支えているのかについて、誰かが「発信」してもいいんじゃないか、発信すべきなんじゃないかとこの時から思い始めました。
ちなみに、この初めて僕がお世話になった勉強会、2016年の時点で既に10年の歴史がありましたが、2022年の今、コロナ 禍にあっても、オンラインと形式は変えつつ、でもまだ続いています。

着任早々から外に出て行きまくった結果、「地域の人はこんなに面白く生きてんだ」「医療・介護の専門職の方はこんなに情熱的に勉強して、暮らしを支えようとしているんだ」というようなことを直接感じさせられる機会と出会い、そしてネットワークがどんどん増えていきました。この一年間が、確実にその後のigokuのベースになったと思います。

結局、地域包括ケアって何なの?

「結局地域包括ケアって何なの?」と言われた時に、未だに何が正解かよく分かりませんし、一言でズバッと言い表すことはできませんが、(僕的には)その人がどんな状態であっても、自分が暮らしたいと思う地域で最後まで暮らしていけるようにすることが、地域包括ケアなんじゃないかと考えています。
かつてだと、高齢者になって自分の身の回りのことができなくなってしまって、家族も介護が難しいという時に、自分が暮らしたいと思う地域を、住み慣れたまちを離れざるをえなかったかもしれません。
でもその人の人生はその人のものだから、その人が例えば「生まれ育ったこの家で暮らし続けたい」と望んだら、「なんとか家で最後まで看取っぺよ」みたいなのが、我々igokuが考える地域包括ケアです。それには家族・医療・介護の3者だけでは難しい場合もあるかもしれない。行政ももちろん、なんならご近所の力もお借りするなど、周囲の様々な人が力を合わせて、お一人おひとりの「この地域で、この家で最期まで暮らしたい」を実現できるような仕組みを作っていく。
その仕組みとネットワークが、地域包括ケア「システム」と呼ばれるポイントなんだろうと考えています。

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それは役所が何かの事業を予算化すれば解決するような取り組みでは決してなく、もしかすると死生観みたいなものにまで触れていかないと、そういう社会にはなっていかないかもしれないと思いました。
そこで、「自分が望んだ場所で最期まで暮らしたいをみんなで支える」という地域包括ケアをいわきで展開するための一歩目として、僕が色々なところに”ほっつき歩った(※)”中で出会った、業界のパッションも含め医療介護のことと、いわきに暮らす”じじい”や”ばばあ”達の明るくたくましくしなやかに毎日を楽しんでいることを伝えながら、人生の最期のことやその先の地域包括ケアのことを、市民や医療介護の専門職の人たちと一緒に考えられるようないわきにしていくことが必要だなと思うに至ったわけです。

※ 脚注
ほっつき歩った•••あちこち歩き回ったのいわき訛り
類似方言に「うすらかすら」
使用例「オメェ、うすらかすらしてんでねぇぞっ、この」
ちなみに、「歩った」も「歩いた」の訛り

2つのデータとマザーテレサ

人生の最期をどこで過ごしたいかという問いに、7割ぐらいの人はが家がいいと答えています(※)。全国の市町村ごとに、家で亡くなった方の割合のデータも厚労省が出していて、全国平均でも1割ちょっとぐらいで、その中でもいわきは低い感じです。個々人の死生観の問題でもあるので、この自宅で亡くなる方の割合が上がれば、それはいいことだと乱暴に言う気はありませんが、いわきも含め、全国のこれまで亡くなってこられた先人、先輩方の7割ぐらいの方が「自宅で最期を過ごしたいなあ」と願いつつ、結果1割ぐらいの方しか自宅で最期を過ごせていなかった。この2つのデータから、もしかしたら多くの人は、自分の望んだところで最期を迎えられていないんじゃないかという「課題の芽」のようなものを考え始めました。

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マザーテレサの言葉で、「たとえ人生の99%が不幸であったとしても、最後の1%が幸せならば、その人の人生は幸せなものに変わる」というのがあります。この言葉を、先ほどの2つのデータと共にひっくり返して考えてみると、人生の最後の1%のフェーズが自分の希望通りではなかったら、人生の99%が恵まれた人生だったとしても、不幸なものに変わりうることもあるんじゃないかと思いました。逆に言うと、それほど、人生の最期(の1%)は、それまでの長きにわたる人生をひっくり返してしまう、上書きしてしまうほど、重要で大変なことなんだと考えるようになりました。

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自宅で最期まで過ごすということも含め、人生の最期の1%を自分の希望通りにするために、当時漠然と課題として考えていたのは、どこでどう誰と最後まで暮らしたいのかというのを、本人が考えて、それを周囲に話すことがまずは一丁目一番地として必要だけど、死について考えたり話したりすることに対する縁起でもないという空気やタブー感がその前に大きな壁として存在するということ。

もう一つの課題としては、実際に最期を迎えるフェーズの80代後半から90代ぐらいの方たちは、そもそも家でサービスを受けるという選択肢が頭の中にない場合が多く、例えば、病気になったら病院で最期を、介護が必要になったら施設で最期を過ごさねばならないと思い込こんでらっしゃる。家で最期まで暮らすためには、まず、家でサービスを受けながら暮らすという選択肢があることをご本人やご家族が知っておく必要があるということです。

情報がないから、自宅で過ごすっていう選択肢を本人や周囲が知らないし、死について語れない空気があることによって、自分がどういう風に最期を迎えたいかということが家族に(もしかしたら、自分自身ですら)共有されていないという状況が存在する。これを変えていくのが、地域包括ケアの大きなミッション。「医療、介護のことを伝える」「老いや死という人生の最期のフェーズのタブーを乗り越えて、考え、話し、共有する」、この2つの課題を解決というか、そこにアプローチをしていこうというものとしてigokuは立ち上がりました。
その時に、過去の挫折や反省を踏まえ、また「老いと死」のタブーという難敵に対して、今まで以上に伝える力が必要だということで、自分1人でやるのではなく、『チーム』を組もうと思ったのです。(続く)

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以上、igoku本イガリパート下書き第3話。ここまでお読み頂いた方が、もしいたとしたら、本当にどうもありがとうございましたー。何ヶ月後かに、igoku本が晴れて世に出ることになりましたら、読み比べてみると、おもろいかもしれません。あざますー。

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