見出し画像

レッサーパンダ:動物福祉が向上すると行動多様性が上がる?

一般的に、飼育動物に対する動物福祉が向上すると、行動多様性は増加すると考えられています。このことは、以下の論文などで紹介されています。

https://w.jzar.org/jzar/article/view/423

行動多様性とは、飼育動物が行う行動の種類が沢山あるということです。

行動の種類は、動物種によって異なりますが、歩く、走る、飛ぶ、泳ぐ、登る、採餌、毛づくろい、巣作り、吠え、鳴き、マーキング、嗅ぐ、休息、睡眠など多岐にわたります。また、ペアや群れで生活する動物では、上記の行動を、単独でも、互いでも、集団でも行うこともあります。
これらの行動のバリエーションが多いほど、動物福祉が優れていると考えられています。(注:「行動多様性」は「動物福祉」を実現するための一要素に過ぎず、「行動多様性」だけが優れていても「動物福祉」が優れていることにはなりません。詳細については、WILDWELFAREのEラーニング「動物福祉の概念」をご覧ください。 )

このように、一般的に、より高い行動多様性を示す飼育動物には、より良い動物福祉が与えられているという指標になりますが、これは全ての動物種に当てはまるわけではありません。

では、飼育下のレッサーパンダにとって、行動多様性と動物福祉の関係はどのようになっているでしょうか?

この疑問に答えてくれるのが、今回紹介する論文「Predictors of psychological stress and behavioural diversity among captive red panda in Indian zoos and their implications for global captive management(インドの動物園で飼育されているレッサーパンダの心理的ストレスと行動多様性の予測因子と世界の飼育管理への提言)」です。

この論文は、インド北部の3つの動物園で飼育されている、26頭のレッサーパンダに対して、常同行動の程度と行動多様性を評価し、心理的ストレスと行動多様性の要因とその関係を評価することを目的としています。

この論文では、常同行動を以下のように定義/紹介しています。

Stereotypy is associated with inappropriate environmental conditions, lack of stimulation, small enclosure size and lack of environmental enrichment. These variables will alter animals’ activity and behaviour in captivity, but once established, stereotypy may persist despite improvements in housing conditions.
(要約:常同行動は、不適切な環境条件、刺激不足、狭い展示場、環境エンリッチメントの不足と関連し、一度習慣化した常同性は、飼育環境を改善しても持続する可能性があります。)

常同行動の程度
調査対象となった26頭のうち、24頭で常同行動(反復行動、舌を振る、旋回行動の3行動)が確認され、観測時間(6:00 - 18:00 * 2017/5 - 2018/4)のう2%の時間を占めていたそうです。他の行動比率は、休息・睡眠が54%で、非常同行動が39%だったそうです。

この観測された2%の常同行動の原因を以下のように分析し、紹介しています。

常同行動に影響を与える因子

The extent of stereotypy was higher in pandas fed once compared to those fed twice. Sub-adult pandas showed more stereotype than adults and cubs. Stereotypy ncreased significantly with the density of logs on the ground; however, we found that the relation between log density and stereotypy might be deceptive, because  our individuals that showed highest stereotypy were housed in small enclosures with no trees but more logs on the ground.(要約:常同行動は、餌の回数が2回より1回の方が多く、亜成体は、成体や子パンダより多い。展示場に丸太を増やすと常同行動は多くなったが、展示場の広さ、樹木のなさが理由の可能性あり)

「野生のレッサーパンダの生息場所は水場と餌となる竹葉が必要だが、竹葉にアクセスするための丸太や倒木がない場所は適さない」という先行研究の結果から、丸太を展示場に置くことは、生息地の特徴に合わせることになります。この調査では、26頭中4頭で、丸太の密度を増やと、常同行動も増加したという結果が生じました。動物福祉(環境エンリッチメント)の一環として丸太を設置したところ、常同性が増加するという本末転倒な結果が生じています。しかし、この4頭の展示場は、登るための樹木がなかったため、丸太を増やしても動物福祉が向上したことにならず、丸太増と常同性増は疑似相関の可能性があると本研究で記されています。

行動多様性に影響を与える原因については、以下のように紹介していました。

行動多様性に与える因子

Univariate linear regression revealed that behavioural diversity decreased with ambient temperature, enclosure area and tree height used by pandas. (要約:パンダの行動多様性は、周囲温度、囲い面積、利用する樹木の高さによって減少する。)

この「行動多様性に与える因子」の記述が、レッサーパンダは動物福祉を向上させても、行動多様性のつながらなず、多様性は低下するを表しています。

なぜ、レッサーパンダは、動物福祉を向上させると行動多様性が低下するのか?

先日noteで紹介した最近の野生下のレッサーパンダの調査では、休息/睡眠時間は、日中で約50%、夜明けと夕暮れで約70%、夜間で約75%となっています。

動物福祉が目指すことは、飼育動物の行動を、野生下での行動の種類、配分に近づけることです。飼育環境を、野生下でのレッサーパンダの行動が発現するように整えれば、休息/睡眠時間も野生下のレッサーパンダのそれに近づくことが期待できます。

常同行動と行動多様性の関係
常同行動の時間が増えると、他の行動に費やす時間が圧迫されるため、行動多様性が低下すると思われますが、この論文の調査では、行動多様性の低下は見られるものの、優位に低下しなかったようです。このことは、今回の調査限界であるとして、他の研究が待たれることを記していました。

今回、本note記事で論文の大掴みを紹介しました。しかし当該論文の本当の面白さは別のところにあります。それは、論文中に散りばめたレッサーパンダと動物福祉のトレンドです。この一番面白いところをnoteで紹介すると、とっちらかること甚だしく「なぜ面白ポイントなのか?」の説明が必要なため、とてつもない執筆時間を必要とします。この論文の面白さを実感したい人は、ぜひ上記で紹介している論文を紐解いてみてください。

編集履歴
・2022-8-25:公開
・2022-8-26 : 紹介論文のリンクに誤りがあり訂正しました

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?