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タツゴロウ参上【小説】

#37 アケルとクレオ

 春だというのに高気圧が続いて、夏のような天気だ。

 アケルとおれは、縁側でアイスキャンディーを頬張っていた。

 色とりどりのアイスキャンディーは連日の陽気でみるみる減り、今日が最後の2つだ。

 おれのはメロン味の黄緑、アケルはパイナップルの黄色だ。一番好きな味を残していた。その2本も残り半分。名残惜しいので啜るようにして食べると、アケルが

「変顔するなよ」

と愉快そうに笑っていた。
 こうして縁側で日を浴びながら、のんびりするのは楽しい。

 ある一点を除いて。


「おう、ええもん食うとるのぅ。ワシの分はどこじゃ?」

『うわ出た。あるわけないでしょ』

 タツゴロウだ。おれたちが縁側にいるのが門から見えると、こいつは決まってうちに入ってくる。

 太い綱を右手で引っ張って来ると、精悍な顔つきの黒い犬がついてきた。飼い犬のミツミネの散歩でぶらついていたようだ。

 おれたちのご近所さんでアケルの幼馴染。アケルにとっては数少ない人間の仲間だが、おれはいまいちこいつが気に入らない。なぜって?見ていれば分かりますよ。


 タツゴロウはつっかけをポイポイと脱ぐと、おれとアケルの間を抜け、縁側から上がり込んだ。

「邪魔するわ〜」

 そのまま台所に消えると、バタバタガサガサと音が聞こえてきた。音の出所はおそらく冷蔵庫だろう。

「くぅーん」
「ミツミネ〜。馬鹿な主を持ってお前も大変だなぁ」
『お前だけが癒しですよ』
「わふっ、わふっ」

 日頃から何を言っても聞かないことが分かってるからおれたちは腹いせにミツミネを撫でる。

 紀州犬は気難しく主人以外に懐かないはずだけど、ミツミネは顔だけキリッとしたまま、腹をひっくり返して鼻を鳴らす。

 主人の狼藉への謝罪から体を差し出すうちに、顔だけイケメンで撫でられるのが大好きな、残念な犬と化していた。


 そうこうしているうちに、ゴソゴソという音は近づいてくる。言わずもがな歩く音だけでなく、彼奴が家中の棚を荒らしまわる音だ。

「はぁ?なんじゃこの家は。客に対してなんも出てこんのか?」

「そこの棚にゴン太のほねっこあるぜ」

「おお。ありがとさん。…いや、ワシのは?」

「一緒にほねっこ食えば?」

「なんじゃあ!犬じゃ思っとるんかぁごらぁ」

 すげないアケルにタツゴロウは唸る。本人は「コラ」と軽く言ってるつもりなのだろうけど、ドスが効いて「ごら″あ″」と聞こえるのだ。アケルはよく切り返せるな、と思う。

 おれは家の中をそっと見返した。棚は開けっぱなし、所々、服や本が引っ張り出されていた。凄みたいのはこちらの方なんですがね。

 アケルとおれの冷たい視線を意にも介さず、タツゴロウは縁側の、わざわざおれとアケルの真ん中にどかりと腰を下ろした。

 アケルは無言でおれの本体を膝に引き寄せる。

「煙草くれ、たばこ」

「居直り強盗かよ」

『角の自販機でいつも買ってるじゃない』

「のうなってもうた…」

 タツゴロウは大きく肩を落とす。

「え?売り切れ?」

 タツゴロウは黙って首を振る。そういえば、一昨日くらいにトラックが停まっていたが、どうやら自販機自体無くなったようだ。

『ああ、もう煙草吸う人なんていないもんね』

「来年税金も上がるしな。金持ちの買うもんだ」

 二人して内心ザマアミロと暗い笑みを浮かべると、タツゴロウは俯いたまま右の手のひらを上に向ける。

「…お手?」

「お前煙管持っとるじゃろ。寄越せ」

「……」

『……』

「よーこーせー!」

 二人して顔を見合わせると、ため息をついた。ミツミネは主人の乱心を諌めるようにキャンキャン吠える。口に咥えていたアイスキャンディーも、もうなんの味もしなかった。


 幼馴染特有の間違った距離感でここまで過ごしてきたために、近所の頼れる兄貴分はおかしなタバコ廃人になっていた。


クレオ『三題噺で小説を練習してみようとしたら、変なお題が出ちゃったので、思い出のタツゴロウをいじることにしました。
 原案・構成はおれ、文章はアケルです』


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