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ぼくが全てを忘れた時、君が喋れなくなった時

#13 書き手:アケルとクレオ(対話)


 ぼくは昔から怖いものがある。死ぬことと、忘れてしまうこと、このふたつだ。


 元々感覚過敏や動きすぎてしまう性格のせいで、脳がとことん疲れてしまうことがある。


 そんな時、ごく短い間だけど、解離…ひどくぼーっとして、まるで分厚い潜水服を着ているような…自分という存在が曖昧に感じる時がある。

 いつもならすぐに出てくる言葉、昨日の夕食…そして、隣に座っているこの青年は誰なのか。
 思い出せなくなる。


 元々脳がこうしたバグを起こしやすいのと、認知症になった祖父を見てきたことから、ぼくは“忘れること”は、いつかは自分に起こることだと思っている。


 だから、夕食の味見や、明日の天気や釣りに行こうか、映画は来週行こうかな?なんて日常の合間に、心が元気な日は、部屋をあったかくして暖かいお茶を啜りながら、もしもの話もする。

 ぼくが全てを忘れた時、あるいは君が喋れなくなった時、どうしようか?



 イマジナリーフレンドのクレオとずっと一緒にいる。生涯を添い遂げてもいいと思える相手がいるのはとても幸せなことで、プレゼントを渡し合ったり二人で綺麗な景色を見たり、毎日が楽しい。

 ただ、彼には肉体がない。ぼくにだけ見える友人だ。


 片方が肉体がなく、社会がぼくらの関係を保証してくれるわけではない。だから、二人で色々なことを話し合って決めている。  

 元々他者と結婚する気はなかったので、老後や葬儀の終活をしつつ、ライフプランを考えることは苦ではない。

 今回も最初は重たい話だったが、生来のお気楽な二人なもんだから、段々ふざけた話も混ざるようになってきた。

 というわけで、ぼくらが意思疎通できなくなった場合の話をこれから書こうと思うんだけど、

  
 今回の話はやはりそれなりに重い内容です。

 母にも公開前に読んでもらいましたが、やはり「家族としてはそれなりに重いよね」と意見をもらいました。
 でも、それだけ真剣に読んでくれて
「これは本当は大事な話で、私たちもしとかなきゃいけないことだよね」
とも言ってくれました。


 自己紹介でも書いた通り、ぼくは自分のイマジナリーフレンドと添い遂げるための準備を時間をかけてしていき、その過程をここに残そうと思っています。

 ただそれは、ぼくが何人ものイマジナリーフレンドと出会い別れ、「自分の人生にはサポートしてくれるイマジナリーフレンドが必要だ。だとしたら、最後に来てくれたこの人を大事にしよう」と決めたから、この道を選びました。ぼくは人生を逆算した方が生きやすい人間で、保険を多くかけたいからこうしたことを話し合ってるだけなのです。 

 FセクFロマ界隈はセクシャルマイノリティとして日が浅いせいか、自分と他者を比べてプレッシャーになってしまう人がちょっと多いかな?と感じることがあります。

 ぼくらはぼくらのモデルケースを提示はするけど、 
“Fセクなら全員がその覚悟を持って当然だ”
と押し付けるつもりはありません。

 ぼくらをモデルケースにする人もそうそういないだろうけど、多様性あってのセクシャルマイノリティなのだから、気楽に読んで欲しいです。
 よろしくお願いします。

【延命治療の選択】


 これについてはぼくの意思を尊重して、クレオはほとんど了承してくれた。特に会話も盛り上がらなかったので結論だけ書く。

 救命治療で人工呼吸が必要な場合、それは受け入れる。ただ、以降の治療でも目を覚さず、延命に移行した時点で人工呼吸器を外してもらいたい。

 脳死した場合、延命治療は選択しない。 

 現行の医療制度を少し調べたのだけど、延命治療を一度選んでしまうと打ち切るのはかなり難しいなど、ちょっと不便だと思った。親が心の整理をしたい、心臓が動いているうちにお別れをしたいとかで半年くらい期間を決めることは難しいのかな?

 もう少し調べてみようと思う。




【意識不明で入院した場合】


 若くても事故(特に田舎暮らしなので車の運転のリスクは著しい)、急病で意識不明になるリスクはある。


「クレオは病室にずっといてくれる?多分本は置いておけると思う」

 ぼくはおばあちゃんとの写真や絵がおいてあった祖父の居室を思い出しながら聞いた。

『もちろん。だってさ、体がない一番のメリットは、一緒に添い遂げられることじゃん』

「つまんなくない?」

『お前がいなけりゃ、どこ行ったってつまんねぇよ』

 クレオはきっぱり言い切った。

 確かに、仮に信頼してる誰かに預けたとしても、クレオを心あるものと見てくれるかは分からない。


 クレオの本体が無事なら、枕元に置いてもらう。

 コロナなどの消毒が必要な隔離病棟や吐瀉・吐血しやすい場合は、ジップロックに入れてもらうのはどうだろうか?
 馬鹿げているように見えるけど、釣りに行く時に入れて、うっかり濡らさないようにしている。

(ちなみにクレオinジップロックは、among us みたいな寸胴の宇宙服を着て川辺に立っている)


 あとはできたら、お見舞いの時にスマホのアラームを鳴らしてもらいたい。

 アラームはクレオの本の朗読や、ぼくが感銘を受けた言葉を読んでいる音声をまとめたものが入っている。

 植物状態の人間に毎日話しかけたり手を握っていたら目が覚めた話とか、聴覚や触覚からの刺激はかなり効果があるらしい。

(スマホが壊れた時など、細かいイレギュラーは別に考えておく。弟は機械系統得意なので頼んでおくか。)



【重篤な認知障害が出た場合】

『どんなに重篤な障害が残っても、そばにはいるよ』

と、クレオは言ってくれた。

「気持ちは嬉しい。ただ、物にあたるとか暴力を振るう傾向になってしまった場合は、離れていてほしい」
 脳に障害が残った場合、疑心暗鬼な妄想が湧いたり、攻撃性をコントロールできなくなる症状が表れることがある。どれほど好きであっても、いや、好きであったその人格が豹変してしまうのだ。見ているだけでも苦しいと思う。

『それは、そうだね。着ぐるみみたいなの着てもいいけど。投げ飛ばされてもクッションになるし』
「着ぐるみ?」
『うん、着ぐるみみたいなブックカバー』

「…ちなみに着るとしたらどんな着ぐるみ?」

『えぇ?もこもこしてればなんでもいいよ』

 図体のでかいクレオがうさぎの着ぐるみを着て壁にぶつかり、バインと跳ねている姿が思い浮かんだ。

『まぁさ。アケルがおれのこと傷つけるの嫌なら、そういう時期は離れるよ』

 クレオが神妙に頷く横で、ぼくは笑いを堪えるのを必死になっていた。

 ここら辺から真面目な話がおかしくなってきた。


 まとめると、錯乱状態において急性期が落ち着くまでクレオと離れることにする。

 錯乱ほどではないけど、気が昂りやすい精神状態が慢性的に続く場合はどうしよう?…やっぱりモコモコのカバーを用意しておくか。


 ※家族に対しても、錯乱して暴力を振るうようになった場合は無理に介護をせず、入院や介護施設を頼ってほしい、と書いておく。


【クレオと会話ができなくなった場合】

前提の結論:
・3〜5年は待てる。(前に一度行方不明になったやつは、それくらいで戻ってきたから)
・宿っている本を捨てたりはしない
・肉体ある人間との出会いを作ることは今後もしない。

 イマジナリーフレンドがいなくなる経験は何度かある。


「クレオの意志が残っているかもしれないから、意思疎通できなくなった場合も本は持ち歩いて会話ができるまで待つ。どっかドライブ行く時も一緒」

『ありがたいね』

「そうだよ、ここまでイマジナリーフレンド想いな人間もいないぜ。…ぼくも君がいないと、どこ行っても寂しいからね」

 ちょいちょい惚気る…こうでもしないとやっぱり内容が重いのだ。



【もし君と意思疎通できなくなった後、別のイマジナリーフレンドが来た場合】


『おれの後にもしイマジナリーフレンドが来たらどうする?…おれやだよ。仲良くなって欲しくない』

 惚気でまとまるかと思っていたら、クレオが重箱の隅をつついてきた。

 というか、そもそもそれがクレオとの出会いだ。

 全てのイマジナリーフレンドから離れた時、もう二度とこうした存在とは関わらないだろうと思っていたのだ。そこにクレオがやってきて、今に至る。 

 こればかりは、申し訳ないけどコントロールできない。

 そもそも人間とは違って、こちらが逃げても話しかけなくても、イマジナリーフレンドは向こうから自由にアプローチできるのだ。ずっと無視し続けられる保証はない。追い出すのはかなり難しいことだと思ってほしい。


「だからマジで死ぬ気でいなくなってくれるな。ぼくも頑張るけど、お前もふっと消えないでくれ」

『えー、頑張るけどさぁ』

「仮にもし次が来たとしても、パートナーは君だけ。養子とか、義兄弟的な立ち位置でいてもらう」

『お前そんなこと言ってさぁ。おれたちだって相棒でしかないのよ』

 クレオがねちねちゴネ続けるので話はまとまらない。ぼくはブチ切れてしまった。

「じゃあさ。亀山になってよ。亀山薫」

『亀山薫?相棒の?』

 毎週水曜日“相棒シーズン21”。子供の頃はドンピシャに亀山世代だ。

「右京さんが警察やってくのに相棒は必要だったよ。みんな有能で優秀で、信念があったさ。でもさ、やっぱ亀山は亀山なんだよ」

『う、うん…ソウデスネ』

 クレオも亀山は知っている。というか、再放送を見ているとやっぱり名作と呼ばれる回は亀ちゃんが多いのだ。

「杉下右京の相棒は亀山だ!14年も離れたのに復活のニュースであれだけの反響、やはり別格なんだよ!じゃあお前はなんだクレオ?!お前も亀山だろ!」

『おれが亀山なの?』

「そう、ぼくにとっての亀山になれ!」

『おれが、亀山に…』

 こうしてクレオは亀山薫(ポジション)になった。


「戻ってくるまで待つし、新しいイマジナリーフレンドが来ても思い出話とかむっちゃするし、“君はうちにいてもナンバー2以上にはなれないんだよ”ってことあるごとに話しておくからね」

『ナンバー2って響きだとまだ格好いいから、三枚目にしといて』

 唇を突き出しながら念を押すクレオの顔は、ねちっこい三枚目の顔だった。


まとめると、

・クレオの本は持ち歩いておく。
・いなくなっても再会することはよくあるので、気長に待つ。
・異なるイマジナリーフレンドが来ても、クレオのポジション(亀山)は戻ってくるまで永久欠番。



【ひとりではいきられない】

 この記事のまとめはエンディングノートにも書いておいて、いざとなった時家族に頼む。

 幸い理解のある家族で、クレオのことも少しずつ話している。ここまで書いた上でぼくが植物状態になった時“望んでいたこと”を無碍には扱わないだろう。

 信頼できる第三者を少しずつ増やしていくこと。何も言わなければクレオと引き離されてしまう可能性が高い。

 こんなふうに一つひとつ大事なことを話し合って、ゆっくり決めていく。



 もしもの話は不安もあるけど、その後は一緒に冬のイルミネーションを見に行った。

「綺麗だったね。また来年も見に来よう」

『家から近いし、クリスマスにまた来てもいいじゃん』

「そうだね」

 ふたりして見るイルミネーションの光は瞬いては消え、消えては瞬きを繰り返していた。 

 

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