繋がる空
神社の境内に立ち入ると、サラサラと枝が揺れる音が聞こえた。厳かな雰囲気に自然と背筋が伸びた。手水舎で手と口を清め、本宮へ向かう。本宮に着くと、賽銭箱へあらかじめ準備していた賽銭を投げ入れた。
「今日が合格発表日。どうか合格していますように」
少し冷たい風を感じながら、仲島遥(なかじまはるか)は一年前を思い出していた。
……
一年前。宅建試験 合格発表日前日(23時50分)
資格予備校各社の合格予想点は、34~36点の間でバラついていた。自己採点では34点。二回目のチャレンジで、前回は合格点に3点足りなかった。
自室でスマートフォンとにらみ合いながら合格点の発表を待つ遥。合格発表日の0時頃に、SNS上に合格ラインの点数がフライングで発表されるのが通例となっているのだ。
SNSのタイムラインには「34でありますように」「イヤ、35だろ」と、気持ちの昂ぶりを感じさせる投稿がひっきりなしに流れてくる。
いいじゃん、34点で。35点の人だって合格なんだから。でも、33点の人も居る…… あー、みんな仲良く合格にしようよ。
うんざりした気持ちでSNSを閉じかけた。そこに流れてきた新着の投稿に、一瞬呼吸が止まった。
「確定! 34点!」
鼓動が早くなる。遥は慌ててタイムラインを最新の情報に更新した。とある会社が今年の合格点を投稿し、猛スピードでシェアされている。
「……やった」
しかし、直後に見た一つの投稿が遥を不安にさせた。
「マークミス、していませんように」
合格発表日当日(9時25分)
ベッドの上に座り、受験票とスマートフォンを握りしめる。寝不足で頭が痛い。仕事が休みで良かった。
正式な合格発表は9時30分。自己採点では合格なはずだけど……1分1秒が長く感じた。スマートフォンをタップしては、また閉じる動作を繰り返す。
ついに定刻。
自分の合否をスマートフォンで確認し、静かに目を閉じた。高揚している気持ちを鎮めるように、大きく息を吐く。
再度スマートフォンを開きSNSを見ると、タイムラインが合否報告で溢れかえっていた。
遥は、左手でピースマークを作り写真に撮った。「合格!」と言葉を添えて投稿する。
仲良くしているアカウントだけでなく、関わったことのなかったアカウントからも「おめでとう」のコメントやハートマークが次々と付いてゆく。
その中に、これまで励ましあいながら共に勉強を続けてきた「きょんちゃん」の名前を見つけた。
「やったね! おめでとう」
そうだ……きょんちゃんは? 自己採点では同じ34点だったはず。
「きょんちゃん」のアカウントにアクセスしたが、昨日の朝から更新はされていない。
どうしたんだろう……。あとでメッセージ送ってみようかな。
SNSを閉じようとすると、スマートフォンが震えて新着メッセージの通知がついた。「きょんちゃん」だ。
「合格おめでとう。私はダメだったよ。自己採点ではいけたと思ったんだけどな。一緒に宅建士になろうねって言ったのにごめん。来年こそは合格するので、一年だけ待っててください!」
きょんちゃんとは、前回の宅建試験合格発表日に繋がりを持った。自己採点で不合格ということはわかっていたものの、他の受験生が合格報告に沸くのを見て落ち込んでいた時のことだ。
「悔しくても、共に頑張った仲間を祝福できるっていいね」
共通のフォロワーへ向けたきょんちゃんの投稿を偶然見つけ、惹かれた。それからSNS上での交流を重ね、一緒に宅建士になることを約束した。
あの言葉、やっぱり強くて優しい……。
胸がギュッと締め付けられる。彼女の気持ちを想像したことで瞳が濡れていくのを感じた。遥は涙を指で拭いながらメッセージを打った。
「きょんちゃんのおかげで頑張れたよ。本当にありがとう&お疲れ様でした。実際に会ったことはないけれど、心友だと思っています。応援してる!」
すぐに既読マークがつき、返信がきた。
「ありがと。親友じゃなくて心友なんだ(笑)」
あ……親友。でも、きょんちゃんは心友だ。例えSNS上での繋がりだとしても、心の支えになってくれた。これから先も関係が続くのか、そんなことは関係ない。彼女の合格を願おう。
そう誓い、遥は涙でくしゃくしゃになった顔で微笑んだ。
……
神社の正門を抜け駐車場へ向かう。ショルダーバッグから、SNSのメッセージを知らせる通知が鳴った。スマートフォンを取り出して見ると、時計が9時35分を表示している。
きょんちゃん……。
はやる気持ちで通知ボタンをタップする。一枚の画像が画面いっぱいに広がった。空に向かって力強くピースをする女性の後ろ姿と「合格」の二文字。
遥は小さく頷き、そして空を見上げた。雲から漏れ出る陽の光に少し目を細める。
遠く離れていても通う心。文字だけで繋がる不思議。
そんな奇跡に応えるように、左手でピースマークを作る。空高く掲げ、シャッターを切った。
写真に言葉を添えながら、笑みがこぼれる。
「おめでとう、心友」
END
※本投稿はフィクションです。実在の人物や団体などとは少しだけしか関係ありません。
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