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Family.21「あさが家」になろうよ

あらすじ

「100年経っても好きでいるよ」
醤油でも味噌でも塩でも豚骨でもない。
横浜豚骨醤油に心奪われた男、家長道助。

“家系を食べる=家族を増やす”
ことだと思っている孤独な男の豚物語。

まずはこちらから↓

家系ラーメンとは?

総本山【吉村家】から暖簾分けを経て“家”の系譜を受け継ぐ、伝統文化的ラーメンであり横浜が誇る最強のカルチャー。大きく分け【直系】【クラシック系】【壱系】【新中野系武蔵家】4系譜。鶏油が浮かぶ豚骨醤油スープに中太中華麺「ほうれん草・チャーシュー・海苔」の三大神器トッピングを乗せた美しいビジュアルが特徴。また「麺の硬さ・味の濃さ・油の量」を選択する事が出来、好みにもよるが上級者は「カタメコイメオオメ」の呪文を唱えがち。


「明らかに好きだよね」金髪の女の子があたしにそう聞いてきた。何に対して言っているのか分からず、コトバにできないまま時間だけが過ぎていく。

 道助の好きは狭い。そして少ない。嫌いな物を数える方が大変だし、イライラするからあまり数えた事はなかった。

 好きな物を聞かれた時の正解はなんだろうかとかれこれ30年以上悩んでいる。これは非常に難しい。ヒムズだ。

 「映画」と答えれば本当に映画好きなのかと訝しげに見られ映画偏差値を求められる。「漫画」と答えれば少しオタク気質な自分を曝け出す事になる。「アニメ」と答えれば確実にマウント合戦になる。未だ一般社会においてのカルチャーへの理解は狭いし乏しい。

 「家系!」と自信を持って答えられるが、必ず「どこのお店が美味しいの?」と聞かれてしまう。成り立ちの説明は必須だし、そもそもラーメンは超個人の好みに左右される食べ物なので「美味しくない」と思われたらやってられないので答えたくない。

 ブランディングとやらを気にし過ぎなのだろうか。それともみんなが気にしなさ過ぎなのだろうか。きっとあたしが気にし過ぎなのだろう。

 気にし過ぎで言うとコンビニもそうだ。QRコード決済でスマホを差し出す時、バーコードレジスターを直接スマホに付けてくる店員さんに少々なりとも憤りを感じてしまう。なんとか空中で頑張れないものか。好きだけでなく心も狭いみたいだ。

 気にしいの狭小ハートである道助に対して、この「明らかに好きだよね」と言う質問はTOEICで900点以上を叩き出すくらい難しいのだ。無限の解答例があるし、正解はひとつじゃない。

 映画の世界に逃げようにも本の世界に逃げようにも、あの問いが頭から離れない。仕方がないから全速力でサウナに逃げ込む。しかし無の空間故、逆に考えざる負えなくなった。音楽を聴いたら歌詞が入って来なかった。禅問答かよ。

 脳の回転数を考えず、自分と他人を素直に愛し「マイペース」に過ごせたらどれだけ楽だろうかと思う次第。能天気さんたちに憧れと畏怖を常に抱く。

 魑魅魍魎の世の中では自信を持つなんて時期尚早で、意気揚々と生きようとしても日々悶々するばかり。悩み苦しむ問題。あたしたちはそう言う生き物だし、仕方ないのかも知れない。

 結果、精神ガンガン揺さぶる天真爛漫な彼女の前で感情を隠すだけだった。

言いたい事も言えない、タカシソリマチ。

食いたい物を食えない、アタシヨクバリ。


この先どうなるかなんて誰にもわからねぇ。

だが、変えられるのは未来だけ。

どこに向かうかなんてのは後でわかるから進め。

C'mon, Let's go。

そうだ、家系を食べに行こう。

まさかなトウキョウクラシカル【あさが家】

 阿佐ヶ谷駅から徒歩2分。土地と同じ名前を持つ『あさが家』の前に降り立つ。痛ましい魂を救う解決策は一つしかなかった。

 ここはあたしが1番好きな『寿々㐂家』系譜。そう、家柄がいいのである。


 東京の地で本格的なクラシックな一杯を提供する『あさが家』は、なんと深夜1時まで営業している稀有なお店だ。

 道助は何度閉店間際に会いに行っただろうか。てっぺんを越えて食べる“深夜家系”は感情のてっぺんを簡単に超える。

 どんなに最低な1日でも最高の1日に様変わりだ。最高の1日の時は、もっと素敵な1日になる。終わりが良いと素晴らしいぞ!

 深夜にばかり会ってるあたしたちだけど、きょうはお昼だから真っ赤な看板が燃え上がるように映えているヨ。

 そんな甘言を吐きながら店内に足を踏み入れ、食券を買う。カウンターに座る。カタメコイメオオメを唱える。あとは腹を空かして祈るだけだ。

 目の前に置かれた美しいフォルムに、自然と口元に笑みが浮かぶ。

 「THE SHOW」豚と道助による喜劇のスタートです。

 レンゲの重みを右手に感じつつ、まずはスープとK.I.S.S。


きっと いつまでも 死ぬほど 好き


 旨みが口の中でキラキラと輝く。まるで味の宝石。すでに神の領域だ。

 なんて積極的な豚なのだろうか。旨みを生み出すアグレッシブタ。豚がアグレッシブだ。

 多くのプロップス集める豚さんにまず一礼する。

 そしてお気づきだろうか…鶏油がたっぷり浮いていることに…

ただでさえカロリーの高い家系なのに油多めなんて考えらない

どこかの愚者が呟く。

そんなマイナスのバイアスはいらないのだ。

鳥と豚、ヤバいやつとヤバいやつを橋渡し。箸を持ちあたしの元へと口移しする。

まともな精神状態でない情報がこの1枚に詰まっている。


 脳内で彼らの音色が鳴り響く。Rain Dance。歓喜の雨が降り注ぐ。もう誰も恋ダンスを踊っていない。それでもあたしは永遠に求愛のステップを踏み続けるだろう。

 続いて相も変わらずストロングスタイルで、愛のカタマリである味玉をライスに乗せる。幸せの2乗だ。

 漬けにんにくとマヨネーズを添付する。幸せの3乗

 極上スープを浸した岩のりをエンチャントする。幸せの4乗

 真っ白い米をぐっしゃぐしゃにする。幸せの5乗

 それを海苔で巻いたらもう領域展開。無量空処。幸せの五条悟

 メガギガテラ増えてく容量みたく、幸福のメモリーが倍増していく。

もしかしない。確実な美味。

Have a nice day!ハンパないっすね!

 昨日も今日も希望の炎を燃やし、家系への愛を「青磁の一杯」に表現する職人さんの魂を感じる。クラフトマンシップ。

バズは三日程度 クラシックは未来永劫

KREVA「クラフト feat. ZORN」


 家系を巡るべくめくるめく毎日に彩りを。

 作り手と同じくらいの情熱で啜り喰らう。あたしも目指す家系のエキスパート。


 ちなみにここ『あさが家』はこの前3周年を迎えたばかりだ。

あさが家タオルを持っていれば、Like a 花山薫
「チョット憧れちゃいますね・・・男として」


生まれてきてくれてありがとう。

食べたらもう逢いたくて。

精神安定剤。これがあたしのトランキライザー。

明らかに好き」の答えはこれだった。

此処が居場所、敵がいない国。

阿佐ヶ谷の地がくればいいのに。

――――――あさが家、これが温かな愛だな。

こうして【あさが家】が道助の家族になった。幸せになろうよ。


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