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Family.25「とんぱた亭」になろうよ

あらすじ

「100年経っても好きでいるよ」
醤油でも味噌でも塩でも豚骨でもない。
横浜豚骨醤油に心奪われた男、家長道助。

“家系を食べる=家族を増やす”
ことだと思っている孤独な男の豚物語。

まずはこちらから↓

家系ラーメンとは?

総本山【吉村家】から暖簾分けを経て“家”の系譜を受け継ぐ、伝統文化的ラーメンであり横浜が誇る最強のカルチャー。大きく分け【直系】【クラシック系】【壱系】【新中野系武蔵家】4系譜。鶏油が浮かぶ豚骨醤油スープに中太中華麺「ほうれん草・チャーシュー・海苔」の三大神器トッピングを乗せた美しいビジュアルが特徴。また「麺の硬さ・味の濃さ・油の量」を選択する事が出来、好みにもよるが上級者は「カタメコイメオオメ」の呪文を唱えがち。


「よく映画とかで見る斧あるじゃん」

『あの海外の宿とかに置いてありそうなやつね』

「そうそう、あの斧の俗称って“マスターキー”らしいよ」

『開けると言うか破壊だべそれ』

 平日の昼下がり、閑散なファミレス。テーブルには山盛りのポテト。目の前には中学からの親友がいる。

 きっと「パルプ・フィクション」だったらここでハニー・バニーとパンプキンが銃を構えて大声を張り上げているだろう。

『そういえばさ、中学の花田って覚えてる?』

「あのショートカットなのに縦ロールだった花田さん?」

『そう、縦ロール8つかましてた花田』

「さすがに8つはかまし過ぎだなぁ」

 残念ながら此処は我らが地元・片倉町の「デニーズ」。ランドマークタワーも無ければ、観覧車もない。もちろんマクドナルドもないし、ドリームランドさえない。

 そんな平和な街が故、タランティーノ映画のようにドラマチックなバイオレンスは巻き起こらないのが常。

 大人になった今、何も無い街で中身の無い会話をしている我々は、大人12年生。干支は一周し、喫煙席が無くなる程度には時が流れていた。しかしあの縦ロールは時が経った今でも目に焼きついて離れぬ。バイオレンスメモリーだ。

 子供の頃、デニーズにひどく憧れを抱いていた。36段ギアのマウンテンバイクでお店の前を通る度に、漏れ出る美味しそうな匂いに鼻腔が刺激された。楽しそうに笑う他人の家族が眩しく見えた。

 道助にとってファミレスは明る過ぎるのだ。行く相手もお金もなく、自転車のギアを上げ全速力で走る事しか出来なかった。

 本当の事を言えば「カート・コバーン」や「ジミ・ヘンドリックス」みたいに27歳で死にたかった。「27クラブ」の仲間入りをしたかった。大人12年生のくせに、心は中学2年生で止まっている。

 そんな5年間のアディショナルタイムを生きているあたしは、凡人ながらこう思う。

 大人になると時間とか友達とか体力とか気力とかエロさが失われていくが、1番失われるのは“エモさ”だと。

 だがどうだ?10年前にこの街を出てもなお失われる事ない親友があたしには居る。あの頃憧れていた「デニーズ」でだ。ドラマよりドラマチックだろう。

 ちなみに彼は走り屋だった同級生が結婚して、奥さんの尻に敷かれて軽自動車もどきに乗っている事を笑っていた。好きだよ、そう言うところ。

 途端恥ずかしくなって吸えなくなった煙草への想いと一緒に、そっと胸に仕舞い込む。未来永劫続きそうな不変さに猛烈なエモさを感じ「デニーズ」を後にした。

 次なる目的地は、道路の真向かい。もっと上のエモさを求めて信号を渡る。横浜しかなかった家長道助の脳内には「ヨコハマシカ」が流れる。そこには俺たち思い出の店が待ち構えていた。

型にはまらないオルタナ系ラーメン『とんぱた亭』

 マイホームタウンにあるここ『とんぱた亭』は学生時代からよく訪れていた。『六角家』に続いて家族でも来ていたし、思い出と豚の旨みが詰まった大切なお店だ。

 だからラーメンと言えば「家系」だし、他にラーメンなんかないとさえ思っていた。

 しかし『とんぱた亭』を始め、源流である『せんだい』でこんな論争が巻き起こったりした。

「これは家系ラーメンなのか?」


 血で血を洗うのか、豚で豚を洗うのか、そんな終わりなき「家系論争」は今でもイエリストたちの間で議論され続けている。

 だがどうだ?カート・コバーンのように型にはまらないオルタナティブロックがあるように、家系でも家系じゃなくても良くないか。好きか好きじゃないか、大切なのはそこに尽きる。


 平日の19時、大好きな『とんぱた亭』の暖簾をくぐる。およそ6年ぶりの来訪だった。

 当時は子供ながら行列のメニューを全て暗記する店員さんをカッコいいと思ったものだ。しかし2024年現在、2人の若い女性店員さんがオーダーをタブレットに打ち込んでいる。

 あんなに男臭いラーメン屋だったのに、ジェンダーとITの波は片倉町にまで押し寄せているとは思わんだ。

 さらにメニューを見ると「炒飯」もあった。大丈夫か?心配も押し寄せる。

「ちゃんと固めでオーダー通るかな?」不安になりながら『たかさご家』カラーである緑のエプロンの女性店員さんに注文をする。

「あ゛い゛よ゛」



 厨房の奥からダミ声の返事が店内にこだました。昔からいるおっちゃんだった。こんな藤波辰爾みたい声だったか?

 だが赤文字から金文字に期待値が跳ね上がる。安心感が半端じゃない。おっちゃん時を経て、言わせてくれ。ありがとう。ずっとお世話になってたぜ。

 調理開始。テボではなく平ザル。金文字からゼブラ柄に昇格。

 眼前に置かれた青磁の器。キュインキュインキュイン。P(ig)サイレンが鳴り響く。

 手のひらを合わせる。心が加速する。一口スープを啜り、確信する。

「間違いない。これは家系ラーメンだ。」


 そう、家系は間違いないし、歓喜の音楽は鳴り止まない。永遠に青春だ。


「にんにくを入れたら美味い事を学んだのはいつだっけ?」「初めてとんぱたを食べたのはいつだっけ?」

 覚えのない朧げな記憶を溺れるように呼び起こす。

 だが、そんな事はどうでもよくなった。麺を啜る手は、もう止まらねぇ。極上のスープが飲みたらねぇ。あほんだらでいい。もう『とんぱた亭』に身を委ねるだけだ。

 多幸感にぷかぷかと浮いているあたしに、2つの味玉が呼びかける。


「た゛べ゛て゛」


 なんて美味しそうなのだろうか。ここからが本番だね。

 バイオレンスに弾けた鶏の子供たち。ライスと言うステージ上で、ヴィンセント・ベガとミア・ウォレスみたいに極上の味玉たちが激しくダンシング。

 あたしはこれを求めていたのだ。地元に戻ってこれを味わいたかったのだ。



脳内妄想本番通り。

豚骨鶏油でオーバードーズ。


 これで飛べなきゃ変。だぜ。

 さっきまでは『とんぱた亭』はオルタナ系だと思っていた。違った。

『とんぱた亭』は「ほんわか系」だった。




 食べただけで心も身体も温まる。一口食べただけで地元での思い出がフラッシュバックする。そんなエモ過ぎる一杯なのだ。


横浜生まれ家系育ち、固そうな奴は大体友達。俺の隣にはコイツだけ。

――――――とんぱた亭、このままでいい。

こうして【とんぱた亭】が道助の家族になった。幸せになろうよ。


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