被虐待児は、親の金を盗んで家出できる? 児相で8割が保護されない日本
以下の文章は、2020年3月に東洋経済オンラインに入稿済みの原稿が、編集部の都合で公表できなかった記事です。特別編として公表します!
あなたが今、親に虐待されていたら、どうするだろうか?
児相に保護を求める? 家出する? 家出先で暮らす資金はどうする? その金を準備できる余裕もなく、家を出なければならないほど切迫していたら、家族の金を盗んでもいい?
平成30年(2018年)度中に全国の児童相談所へ寄せられた虐待相談(対応件数)は15万9850件(速報値)で、過去最多を更新した。
では、虐待で相談された子どものうち、何人が保護されたのか?
平成29年度(2017年度)では、虐待相談の件数は13万3778件。そのうち一時保護された件数(児童虐待を要因として一時保護したが、同年度中に一時保護を解除した延べ件数)は、2万1268件。
これは相談対応件数全体の約16%にすぎず、虐待相談をしても8割以上は保護されていないのだ(※厚労省「児童虐待防止対策の状況について」より)。
そこで、日常的な虐待にどうしても耐えられず、仕方なく家出する子どももいる。
警察庁の発表によると、平成30年(2018年)度の行方不明者の届出受理数のうち、未成年は、1216人(9歳以下)+1万6418人(10歳以上)=1万7634人。
未成年の家出人のうち、福祉犯罪の被害に遭ったのは、年間313人にすぎない。
そこで、家出して犯罪の被害に遭う確率を求めると、313人÷1万7634人=0.0177…(約1.8%)。家に毎日い続ければ、親などから虐待される日常は変わらない。それを思えば、家出は子どもにとってはるかに安全な自主避難策なのだ。
だが、生活拠点を維持するための資金繰りを計画的に考えることなく、衝動的に家を飛び出す未成年の中のほんの一部には、やむなく売春を始めてしまう子どももいる。
新たな生活拠点を獲得するために準備金を作ろうにも、それを理由にアルバイトが学校に許可されるわけもない。
しかも、親権者には居所指定権(子どもの居所を指定する権利)もあれば、職業許可権(子どもが職業を営むにあたって親がその職業を許可する権利)や子ども財産を管理する権利まである。
子どもを虐待する親との交渉は、児相の職員ですら難しい。そのため、日常的に支配されている子どもによる交渉も望みにくい。それなら、緊急避難として家出する場合、親の所有する現金や資産を持ち逃げすれば、売春などの危険な行為や違法行為による金策を避けられる。
刑法244条には、以下の規定があるからだ。
1 配偶者、直系血族または同居の親族との間で窃盗、不動産侵奪、またはこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する
2 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない
配偶者や直系血族または同居親族の場合、告訴があっても免除となるため、刑は科されない。これは「法は家庭に入らず」という考えに基づくもの。家族間の問題は家族内のルールに基づいて解決すべきで、「法の介入」を制限しているのだ。
なお、夫のDVに苦しむ離婚前の殴られ妻には、「夫との共有資産の半分を持ち逃げして身を守ろう」というアドバイスが民間のDV救済の現場で語られることがある。専業主婦や低所得の妻にとって、新たな生活拠点を獲得するだけの資金は不足がちだからだ。
それなら、子どもが虐待する親の資産の半分程度までなら、事実上問題ないと言えるのではないか。たとえば、父親に虐待されても児相に保護されず、自分を虐待しない母親も一緒に避難をしてくれず、家出しか選択肢がない子どもには、「親の金を持ち逃げしてもよい」と言っていい気がする。
だが、そうした声は児童虐待を語るシーンではほとんど上がってこない。なぜなのか? 虐待の実態についてくわしい弁護士2名に、司法のプロの観点からこの考えについて検証を求めた。
大橋法律事務所(福岡)の後藤富和・弁護士は、こう答えた。
「刑法244条の趣旨は、犯罪とならないというわけではなく、窃盗罪ではあるが、一身的に刑罰が免除されるというもの。刑は免除されるものの、犯罪ではあるので、弁護士として正面から勧めることはできません。
また、これは窃盗にとどまった場合にのみの免除規定。金を盗む際、親にバレて親に手を出してしまったような場合は強盗となり、この規定は適用されません。そもそも刑事未成年の場合は、刑法は適用されず、触法少年として児相に送られますね。
14歳以上であっても、刑法犯にはならずとも、虞犯少年として少年鑑別所に送られる可能性もあります。僕としてはおおっぴらに勧めることには躊躇を覚えます。
(子どもにお金がなく自分で児童相談所に行けない場合は)本来、交番や学校に飛び込んで、警官や先生に相談するのが良いのでしょうが、警官や教師が子どもの言い分を聞き入れず保護者の言い分だけと聞いて保護者に子どもを返してしまう恐れがあります。児童虐待、避難の必要性について警官や教師の理解が問われますね」
家出したい被虐待児にとっては、法解釈の壁だけでなく、警察や教師に虐待の苦しみを理解されない壁まであるのだ。
一方、小野田髙砂法律事務所(東京)に所属する小山紘一・弁護士の回答はこうだ。
「近年、児童相談所における保護の件数は着実に増加しており、保護が必要な児童に対処できている件数は増えています。
そのため、親に心身を虐待されている児童は、まずは児童相談所(虐待対応ダイヤル189)や人権擁護局(子どもの人権110番)、警察等の公的機関へ相談を。弁護士会やNPO法人が運営する子どもシェルターへの相談でもかまいません。
現在の法制度や社会状況の下では、児童が独力で生きていくのは非常に困難。親の同意がなければ、賃貸借契約も労働契約も締結できないことがほとんどであり(義務教育終了前の児童はほぼ不可能)、安定した生活拠点も収入も確保できません。
親に心身を虐待されている児童は、保護を受けるべき存在。ともかく保護を求めて欲しい。そして、周囲の大人は全力でその手助けをして欲しい。
しかし、『保護を求めて行動したけれども保護されない児童』も出てくるはず。その場合は、自分の生命・心身・尊厳を守るための最後の手段として家出を選択することも、当面の生活のために親の金を持ち逃げすることも仕方ない。
もっとも、どれくらいの金額まで持ち逃げしていいかの基準を示すことは極めて困難。離婚時に財産分与を行う『夫婦の関係』とそうではない『親子の関係』を同列に考えることもできません(妻が夫の資産の半分を持ち逃げする行為を一概に合法と断定することはできません)。
ただ、法的観点からは、親に心身を虐待されている児童が親のお金の持ち逃げする行為でも、刑法235条の窃盗罪に該当する犯罪行為(14歳以上)または触法行為(14歳未満)。少年審判の対象となること等に照らせば、保護されるまで、または自活できるようになるまでの必要最小限にとどめるべきと言わざるを得ないかと。
富裕層の親の資産の半分程度というのは明らかに必要最小限とは言えないでしょうし、生活保護世帯等なら親の資産の半分以上を持ち逃げすることも必要最小限と言えることもあるはず。
本当に家出しか選択肢がない状態まで追い込まれた児童については、どれだけ親の資産を持ち逃げしても、法的責任を問われるべきではないと考えています」
小山弁護士のご指摘の通り、「刑は免除され、犯罪でもない」ようにするには、法改正が必要になる。被虐待児の家出については、条件付きで親の資産を持ち逃げしても犯罪に問われない権利を法的に保証してもらいたい。
警察が把握しているだけで年間1万7634人も未成年の家出人がいる現実は、10年間なら約17万人、20年間なら約34万人もの未成年が家出せざるを得ない現実に苦しめられていることを意味する。
日本の子どもは法律上、親権者もしくは児相(とその先の社会的養護)のどちらかにしか身柄を預けられない。子どもの命ですら、子ども自身のものではないのだ。だから、家族に虐待されて家にいられず、児相にも保護されない子どもには、家出という選択肢以外には、虐待の被害に耐え続けた先に自殺しかない。
厚労省が公式ホームページで公開している「自殺対策白書」(令和元年=2019年版)には、こう書かれている。
「年代別の死因順位をみると、10~39歳の各年代の死因の第1位は自殺。こうした状況は国際的にみても深刻であり、15~34歳の若い世代で死因の第1位が自殺となっているのは、先進国(G 7)では日本のみであり、その死亡率も他の国に比べて高い」
この自殺対策白書をさかのぼって見てみると、平成20年(2008年)から平成29年(2017年)までの10年間、15歳から39歳までの死因1位はずっと自殺だった。
平成23年(2011年)だけは、15歳から19歳までの年齢階級で「不慮の事故」が1位で、自殺は2位だが、その年には東日本大震災が起こっていたのだ。
親に虐待され続けた果てに自殺するより、安全な生活拠点を求めて家出して生き延びる方がはるかにマシだ。
筆者が今日、同じ境遇の未成年なら、迷うことなく親のへそくりを探し出したり、成人の友人を作っては車で親のいない時間に自宅に来てもらい、家電や金目のものを中古ショップに売り払っては現金化し、年齢などの詳細を厳しく問われずに雇ってくれる宿付きの職場を探すだろう。
高原野菜の農家やリゾートバイト、年齢詐称が平気で通るパチンコや建築土木などの業界を含め、人材不足で若い力がほしい職場は少なからずある。高校を中退しても、成人後に単位制や通信制の高校で不足単位をとればいい。あるいは、高卒認定試験に受かれば、自分の稼ぎやクラウドファンディングなどで大学にだって行ける。
もっとも、10代の起業家が急増している今日では、10歳くらいから無料で受講できる子ども向け起業塾を民間で運営してくれれば、中高生になる頃には親より稼げる人材に育てられ、親から離れても困らずに、合法的に生きていける希望も持てる。
先行き不安の日本経済を思えば、喜んでそうした塾に子どもを送り出す親もいるだろう。無料塾なら、どんな家庭の子どもも参加しやすい。子どもに大金を貸す人はいないので、経営リスクはゼロに等しい。
自分で会社を作れるのは15歳からだが、株式会社などの法人さえ作ってしまえば、法人口座に親が手をつけることはできなくなる。
虐待する親とは、金の切れ目が縁の切れ目なのだ。
以上。
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