祈る。おれは祈る。おれの言葉で、おれの神に。
おれは生きていくなかで必要な悪事も不必要な悪事も働いた。
時には蜘蛛の巣を壊さず通り抜けることもあれば孤児になるであろう子の親をみせしめで殺したこともある。
それでも驚くだろうが罪の意識はしっかりあった。
車窓から見える教会のシンボルに懺悔の言葉を口の中で噛みこぼしたこともある。
やがておれも死を待つ身となった。
裁判にかけられ死刑を言い渡されたのだ。
次の日を待たず緑色の廊下を歩かされてガスで眠らされた。それで終わりだと思っていた。
どうだろう目が覚めて、おれは定点カメラの様に同じ方向しか向けない。おかしい。
看護婦がやってきておれに手鏡を見せた。
それはもう驚いた。
おれには身体がなく頭部だけが残っていた。
たくさんの管を差し込まれて機械に繋がれている。
医者と他にスーツを着たなんだかわからん奴らが来てこう言った。
「お前ほど罪深いものはそういない。このまま百年でもそれ以上でも生かしたままにする。死ねるのはお前の中に罪が無くなった時だ。」
つまりこういうことだ。
おれが懺悔を、おれの中の神やそのシンボルに懺悔し続けて赦しを得たら解放される仕組みらしい。
おれは信心深いところがある。
子供の頃は必死で祈っていたさ。次に来る父親はおれを打たない。ぶち込まない男であってくれと。神様、そのぐらいはできるだろう。だってそうだ。クリスマスを平穏に過ごせる家の子供達だっておれと同じかそれ以下には祈っている。おれにだってモミの木から小さな、金色じゃなくて良い、少しだけ照りがついた赤い、いや緑色のオーナメントを分けてくれたっていいだろう。
来る日も来る日もおれは懺悔した。それは決して毎日来る牧師見習いの男にじゃない。おれの中の聖書に書いてある文言でおれの中にいる神におれの言葉で病院のように冷たい懺悔室で。そしてそれは口には出さずに血液やリンパ、歯の中膿の中に隠していた。
初めて人を殺した時のことを覚えている。
とぼけた顔の農夫だった。
怪我をして座り込んでいたおれを家に招いてくれた。
彼は善人だった。彼の家族もまた善人だった。
彼はピアノを弾いてくれた。毎晩寝付けないおれの為に。
ある日彼の娘が行方不明になった。
必死に捜した。警察犬のようにすべての感覚を使って捜した。
そしてやっと見つけた時には彼女は死んでいた。
おれから彼女をぶんどるようにして彼は大声で泣き出した。
「こいつだ。こいつに違いない。こいつが来るまでこの土地で妙なことは起きなかった。」
おれは捕まりこそしなかったが、荷物を持って家を出た。
大きな月が浮かぶ冷たい夜だった。
1時間ほど町に向かって歩いて、また1時間ほどかけて戻って彼と彼の妻を殺した。
残酷なことはしない。死んだことにすら気づいてないだろう。
それからおれは生きるために民族も肌の色も性的嗜好も関係なく殺し、奪い続けた。
もっと人間が頑丈で、例えば本の中に出てくる銀色のロボットしかいない世界で人間がおれだけならこんな無茶もしなかったろう。
おれは懺悔と言ってもただ悔いるような真似はしなかった。
かと言って罪に対して申し開きをしたいわけじゃない。
あの日の太陽、風、汗の匂い、頭の快適さその辺を細かく思い出して感じていた。
そして、したことを何度も思い返していた。
そんなことを気が遠くなるほど続けた。
今では殺した人間の顔のシミひとつシワの一本まで思い出せる。肌にだって触れられる。
会話だってできる。
おれは彼らと対話した。なぜ殺したか、なぜ殺されたか。
悲しさはない。
ただ行為と結末があるだけだ。
やがて分かりあうと彼らは去っていき二度と現れなかった。
そうして頭の中の最後のひとり、あの農夫と話し始めた。
農夫はおれに問い続けた。生きることとは。奪うこととは。罪とは。罰とは。神とは。
おれは答える。おれの土から生まれた言葉で、子宮に忘れてきた思い出の懐かしさで、殺しあうひとのうつくしさで。
彼はピアノの前に座り、おれを招いた。
運指をひとつづつ教えてくれた。長い時間をかけてひとつの曲を覚えた。
記憶の片隅からつま先の埃までわかり合った。
寂しさすら感じた。
彼はすこやかに笑うと去ってしまった。
おれは胸に手を当てて悶えた。
苦しかった。悲しみなんてわかりゃしない。
真っ黒な太陽がおれの背中を潰して殺そうとする。手を伸ばした。何かが掴んだ。目を開けると…
おれの首は固定具から外れて床で跳ねた。
「やっと終わりましたね。」
「記録して終わったら帰ろう。」
やがて四角いフレームにいつか見た教会のシンボルが見えた。
ざらついた質感で8秒再生されるとまた初めから再生された。
ここは地獄かそれ以下か。
おれは祈った。
ここを出ることでもなく来世への期待でもなく祈った。
それが最も美しい姿勢だったから。
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