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夜食のハヤシライス



ハヤシライスが晩飯に出た、それをおれは食った。
それから数時間後、銀色の車がそう、高速道路を駆け抜けて光の束になる頃
おれはもう一度ハヤシライスを食べようと思った。

でも、それからは遅かった。
食えるか食えないかわからなかった。
酒もない煙草もない詰まるところ金がない。
そんな時は何か食えるものがあれば食うぐらいしか愉しみがない。
それなのにおれは食えるか、食えないか
30年以上付き合ってきた胃袋の様子ひとつわからない。
おれはハヤシライスは好物なんだ。
食えるに決まってる。
どうだ、食えるか、食えないか。

子供の頃に食べたハヤシライス。
あの味を憶えている。どころか、今も全く同じ味だ。
ばあちゃんが作ってくれる。同じルーで。
ばあちゃんが元気なうちどころか会社が倒産しない限りは永遠に食べられる。
トマト入りのハヤシライス。

電話越しに恋人が言う。
「食べたら?」
「うん、そうする」
そんな簡単な話ではない。
でも、おれは努めて機嫌良く返事をした。
「早く行きなよ」
「なかなかねー!」
我が家はお残しを嫌う。
恋人にそんなことは言えない。
村みたいな家だと思われたくない。
村、卵仏トンネル村(たまごぼとけトンネルむら)。

おれは胃袋に訊きたい。訊きたかったよ。
お前はどう思う?食えると思う?どうなんだ。強いこころで教えてくれ。
絶対に行けるならおれは快くアクセルを踏むよ。

テレビの後ろからまた不愉快な音がする。
管を引っ張るような。ネズミの気配。
でも、それはない。絶対にいない。
うちは清潔なんだ。石鹸で洗ったようにつるっとしている。

そんなことはいい。
とにかくおれはハヤシライスのことを考えた。
だんだん腹が空いてきているような気がする。
胃袋の中身をスプーンで何度か掬って捨てたみたいにスペースが出来ていた。
行こう。
おれは階段を降りる。
親父がリビングで寝ている。
起こしてもいいやと明かりをつけて炊飯器を開ける。
空っぽだ。
冷蔵庫を開けるとライスとハヤシが別々の容れ物に入れられていた。
もうその気になっていた。
ライスを抜群にどんぶりに盛るとその上からハヤシをかけた。
ハヤシが少ない、おれはライスを押し込んで空間を空けてハヤシをかけた。
ラップをして電子レンジにぶちこんだ。
おれは食える。食えるさ。この間ひとりで電車に乗れたんだ。褒められた。
そんないい日を思い出して強気になる。
おれはしあわせになりたいんだ。
トレーの回転が止まり電子レンジの中は暗くなりピーッと音が鳴った。

おれはきっと食えるさ。

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