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レモンドーナツ

おれはとにかくレモンドーナツが食べたかった
中にレモンジュレが入っていて外側にはレモンチョコレートがかけてあるやつだ
それを手に入れるには手紙を書かなければならなかった
通信販売でしか売れていない
それはこどもの頃に拾ったポルノ雑誌の真ん中らへんの通信販売の欄に書いてあった
それを大人になってから実家の片付けをしていて偶然見つけた
それは妙におれの好奇心を揺らした
しかも、電話番号は書いてなくて欲しい数を書いて手紙を送れと書いてあった

おれは一日中そのことを考えて、ハイネケンを3本飲んだあと手紙を書いた
それはまるで少年のころに二軒の先に住む女の子に書いた手紙のように柔らかで嘘がなかった

書いているうちにどんどん文章は長くなりいつのまにかじぶんの核の部分
親父に捨てられて仕方なく母親と汚い町に引っ越して母親が身体を売って日銭を稼いでいたことを書いていた
涙が止まらなくなり鼻をかんだ
そうして書いた手紙に切手を貼って送ると1週間後にレモンドーナツは届いた

おれの手紙の内容に触れるような物は一切入っておらず、領収書とレモンドーナツが6つ入っていた
おれはそれが嬉しかった
相手のいないキャッチボールの許可をもらったようなものだ

喜びに浸りながらレモンドーナツをかじるとこれがとても美味かった
レモンの新鮮さを感じる癖になる味だった
おれは6つ食べ終わると毎回長文の手紙を書きレモンドーナツを受け取った

一体どんなひとが作り、おれの手紙を読んでいるのだろう

そんなことを繰り返していると秋が来て冬が来た
クリスマスの気配が近づいていた

おれはクリスマスカードにいつものお礼を書いたのを手紙に同封して送った
クリスマスの日レモンドーナツの箱が配達されてきた
中にはレモンドーナツと領収書とクリスマスカードが入っていた

そこには店の住所であるアパートの場所と部屋番号が書いてあった
意外と近い距離にあった

おれはバスに乗って会いに行くことにした
たどり着いたアパートは影がかかったように見えた
階段を上がり書いてあった部屋のインターホンを押すとしばらくするとドアが開いた
小さくて丸くて瓶底メガネの老人が立っていた
手招きされるままに部屋に上がるとレモンのにおいがした

老人はおれを席につかせると冷蔵庫から七面鳥や野菜を肉で巻いたもの、様々な料理を出しては電子レンジで温めていた
おれは変な確信を持ってしまった
(彼はおれを捨てた父親じゃないか?)

料理が揃うと食べるように促されて食べ始めた
老人はずっと暗い顔をしておれが料理を食べるのを見ていた
なんらかの神経症なのか右肩をビクッと時々震わせた
料理はおいしかった
ある程度食べると老人は泡の出るワインの栓を抜いておれのグラスに注いでくれた

おれは色んなことを話したいのに父親かもしれないという疑念がちらついてここへ来てからまともな会話が出来ないでいた
そうしていると老人は奥の部屋に行って戻ると作りかけのジグソーパズルを持ってきた
それはクリスマスツリーの絵柄のようだった

「いつも、この時期になると作るんだ。でも、間に合わないし完成しない。」
そう言うとおれに手伝うように言った

老人はパズルのピースを顔から近づけたり遠ざけたりしながら確認していた
おれは老人のペースに合わせてゆっくりパズルを完成に近づけていく
やっとの事で完成すると老人はふーっとため息をつきパズルをしばらく見つめるとまたばらばらにした
「来年のお楽しみだ。」
すっかり夜が更けていた

おれは帰り支度をして最後に老人にお礼を言うと老人はおれを引き留めてレモンドーナツの入った箱を渡してきた
おれはそれを受け取るともう一度お礼を言って外へ出た
雪が降っていた
バス停で凍えていると15分遅れでバスが来た

乗り込むと貧しそうな親子しか乗っていなかった
母親はケーキを買ってやると言うが子供はそれを断っていた
自分の子供の頃を思い出した
おれは立ち上がると彼らにレモンドーナツの箱を開けて見せた
「ドーナツです。とてもおいしいのでよかったら食べてください。」
母親が黙っていると子供がお礼を言って受け取った

窓の外は楽しそうな人たちや飾り付けられて輝く家が見えた
おれはいい夜だと言いかけてやめた
ほんとうにいい夜だったから

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