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「死のロングウォーク」読書感想文

著者

スティーヴン・キング(1947~)
8月16日読み始め8月22日読了。

訳者

沼尻素子

あらすじ

 全米から集められた少年100人が、名誉と賞金を得るためにロングウォークに挑む。ルールはシンプル。規定以上の速度で、休みなく歩く。それだけ。脱落者および逃亡者は即射殺。

印象に残った人物

 レース開始早々、主人公ギャラティとブチューをかわした女性。なんだか鮮烈なエロさで、その後次々と死んでいく少年たちと「生(性)と死」の対比を、見事に演出している。

感想

 休みなく歩き続け、脱落したら射殺という、シンプル極まりないルールのロングウォーク。少年たちは昼夜を問わず歩き続ける中でも、友人関係を築いたり、逆に敵対関係を作ったり、ルールや管理する兵士たちに逆らおうとしたりと、それなりに“社会”を築こうとする。しかし、どんなに何かを築き上げたとしても、行きつくゴールは「優勝者以外、全員の死」で、その優勝者でさえ、レースによる肉体的精神的損傷で、その後の人生をまともに歩めないことがある。それでも少年たちは、歩く。なんとも不毛な非情さ。しかし、よく考えてみると、人間の一生もそんなものなのかもしれない。物心つく前から、人生のレールを歩かされ。歩みを止めたり脱線した者は、社会的地位を失う。いずれは死ぬことも分かっているし、文明が滅亡することも分かっている。もっと言えば、地球がなくなることも分かっている。なのに、人はレールの上を歩いていく。
 このロングウォークそのものだけでも奥深いものがあるのに、ここにさらに二つの要素が絡んでくる。それがレースを主催・管理する“少佐”だ。軍用のハーフトラックに乗って現われては、少年たちを鼓舞し、群衆からは拍手喝さいを受け、颯爽と去っていく。少佐の細かい描写はなく、ただ絶対的権力として、そこに当然ある権威として描かれている。それにしても権威の象徴として出てくるのが元帥とか大将などのトップ中のトップではなく、まあまあ偉い“少佐”ってところに、奥深い不気味さを感じる。
 そしてもう一つの重要な要素が“国民”。なんと驚くことに、アメリカ国民はこのレースを娯楽として楽しんでいるのだ。レースに参加する少年たちは“ウォーカー”として讃えられ、歩く先々で群衆から大歓迎を受け、ウォーカーの私物や糞便は、あたかもホームランボールのように取り合いになる。異常なまでに英雄視されている一方で、群衆は目の前でウォーカーが射殺されることを秘かに望んでいる。少年たちの苦しむ姿や死が、群衆の喜びとなっているのだ。
 “少佐”に象徴される絶対的権力。そして正気を失った国民。そこで行なわれるロングウォークという残酷なお祭り。これはもう、全体主義の要素を過不足なく取り入れた、素晴らしいディストピア小説と言えるだろう。
 人間は何のために生まれて、どこに向かって生きていくのかを深く考えさせられた。

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