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残月記(小田 雅久仁)読書感想文

 この物語の世界では、「月昂」という感染症が存在する。これに感染して発症すると、月の満ち欠けで体の状態が大きく変化するようになる。満月およびその前後の明月期には精神が異常に昂り、身体能力も飛躍的に高まる。一方、新月およびその前後の暗月期には、その逆の状態となり、最悪の場合死に至る。
 物語は、月昂感染者となり、国の施策に基づき強制隔離されることとなった宇野冬芽が、自分の置かれた環境の中で、精一杯生き(闘い)、そして同じような境遇の女性・瑠香を愛し、様々なものに翻弄されながらも、ひたむきに、ただひたむきに、愚直に生きた様を描いている。

 読み始めてまず思ったのは、文章が抜群にうまい。理路整然とした教科書通りの文章に、奇抜になりすぎない絶妙な外連味、「この文脈にはこれしかない!」と思わせる気の利いた比喩、そして何より、作者の熱い想いが加わって、あっという間に文章(物語)の中に引きずり込まれていた。
 先にも書いたが「愚直」というのが、この物語の肝のようなきがする。瑠香を惨めな境遇から救い出すために剣闘士として闘い続ける冬芽。保養所(という名の収容所)で木像を掘り続ける冬芽。クーデターに巻き込まれて偶発的に自由の身になれたものの、保養所の中にいる瑠香のために、危険を冒して木像を届ける冬芽。そして、彼の隠れ家での、ひたすらに瑠香への愛を貫いた彼の死に様。なんというか、そんな冬芽の姿に、いつまでも主人を待ち続けた忠犬ハチ公が重なって、涙がボロボロ零れてきました。
 最後に、瑠香へやっと言えたあの言葉。それはもしかしたら夢の中での出来事なのかもしれないけれど、最高のハッピーエンドのような気がした。

 表題作「残月記」の他に、短編二つも収録。これがどちらも、長編小説の序章みたいな感じなので、続きをあれこれと想像できて楽しいです。
 いやあ、良かった! 本当に良い小説でした。

追記:
 この小説を「ディストピア小説」とする向きもあるが、それについては違和感がある。ディストピア小説とは、ディストピア社会そのものが主役でなければならないように私は思う。この小説は、確かに舞台は近未来のディストピア社会ではあるが、主役はあきらかに宇野冬芽であり、彼の生き様を描いたのがこの小説である。その証拠にタイトル「残月記」の残月。これは冬芽が木像を作った際に彫り込む雅号である。残月記とはつまり、宇野冬芽の生き様を記した物語という意。ディストピア社会は、あくまでもこの小説の一要素に過ぎない。

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