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コロナ禍の教訓を未来に生かす報告書を発表~今こそ求められる強靭な保健システム構築に向けて

世界銀行は、2022年11月に、報告書「Change Cannot Wait: Building ResilientHealth Systems in the Shadow of COVID-19」を発表した。コロナ禍における各国のケーススタディや文献調査に加え、国際保健分野の実務者や研究者らとの議論に基づき作成されたものだ。各国における保健システムの強靭性の向上を目指す本報告書の概要を、世銀本部のコンサルタント、森田 大氏が紹介する。

[ 寄稿者 ]
世界銀行本部
保健・栄養・人口グローバルプラクティス
森田 大(コンサルタント)
[ 協力 ]
井上 肇(シニア保健アドバイザー)
北村 尭子(保健専門官)
Zara Shubber(上級保健専門官)
Sulzhan Bali(保健専門官)


「強靭な保健システム」とは

 2019 年12 月の最初の症例の報告が公表されて以降、世界での新型コロナウイルスを原因とした死者数は、670 万人以上(2023年1月時点)に達した。実際の死者数は、報告数の3倍程度になるという指摘もある。世界保健機関(WHO)によるパンデミック宣言から3年が経過したが、現在もその脅威は続いている。新型コロナパンデミックは多くの国での保健システム基盤の脆弱性を浮き彫りにした。そして、次なるパンデミックを予防するため、各国の備えの充実と、迅速な対応を可能にするより強力で統合された保健システムの必要性が明らかになった。新しい感染症が流行するたびに生じる「パニックとネグレクト」(パンデミック発生時には各国政府が強い危機感を示し、その対策に資金・人員を手厚く投入するものの、収束の兆しが見えると、そうした努力を手薄にしがちになり、根本的なパンデミックの予防を怠る現象)の連鎖を終わらせることが重要だ。そして、将来の感染症危機に対して、より強靭な保健システムの構築に向けて、迅速に取り組んでいく必要がある。本報告書では、「強靭な保健システム」の特徴を明らかにした。

  1. 危機やリスク因子を認識していること:国民の健康ニーズと医療保健分野のリスク要因や脅威を認識し、自国の保健システムの強みと弱みを整理していること

  2. 変化する保健ニーズに対する機敏さを有していること:変化するニーズや不確実性に、エビデンスに基づいた対応ができること

  3. 保健システムに対する衝撃を吸収できること:危機にさらされる保健システムを支えるため、

  4. 保健危機を最小化するための適応性があること:疾患ごとに
    異なる予防・対策アプローチを個人・集団ベースで提供できること

  5. 過去の教訓から学び、変革する力:これまで経験してきたパン
    デミックの教訓を生かし保健システムを再編成する柔軟さがあること


求められる政策的取り組み

 また、報告書は、上記した強靭な保健システムを構築するため「①実現要因」と「②キャパシティ」の必要性を明らかにしている。それらを実現するにあたり提言している有効な政策的取り組みは以下の通りだ= 図表1参照。①実現要因は、以下の4要因から成る。

図表1
  1. ガバナンスとパートナーシップ:政府がより強力に公衆衛生機関へ投資すると共に、法律や規制枠組を更新し、リスク情報に基づいた計画策定と意思決定プロセスを強化すること(ガバナンスの強化)。また、人間・動物の健康および環境の健全性は、相互に依存しているので、それらを包括的に構築することが、人類の健康安全保障に直結するという考え方、「ワンヘルス」に基づき、多様なセクターに所属するアクターが参加する調整プラットフォームを導入することで民間セクターおよび市民社会との連携(パートナーシップの拡大)を推進すること

  2. 保健財政の確保:パンデミックに対する予防・備え・対応(PPR)への投資の優先順位を上げること。そして感染者の保護・追跡体制を確立するための予算を確保したり、「保健危機対応ファンド」を設立することで保健危機時でも基礎的保健医療サービスを利用する人々の経済的負担の軽減を実現すること

  3. 人的資本の確立:地域コミュニティにおける保健人材を拡大すること。さらにPPR 対応ための研究を促進すると共に、パンデミックの際には医療現場の最前線に立つ医療従事者の対応能力を強化すること

  4. イノベーション:パンデミックが発生した際に状況に適応可能な規制システム構築のための投資を拡大すること。そして、多アクター間の共同研究および研究能力を強化すること

②キャパシティについては、以下のことを求めている。

  1. 保健医療インテリジェンスの構築:早期警戒システムの構築と疫学情報の収集と分析機能を強化するため、デジタル機器と新技術を活用すること

  2. 保健医療サービスの提供:各医療施設のキャパシティや備えを評価し、改善計画を策定すること。そして、「コミュニティ中心のプライマリーヘルスケア」を実現するための投資や、保健医療施設間のネットワークを構築すること

  3. リスクコミュニケーションとコミュニティ・エンゲージメントの拡大:危機下における政府や公衆衛生機関のコミュニケーション能力を強化すること。また、各コミュニティの代表者と協力することで、感染症を巡る根拠のない噂や、フェイクニュースの拡大を防ぐ監視体制を強化すること

  4. サプライチェーンの強化:パンデミック下でも機能するサプライチェーンを構築すること。そのためには、国内の医療機材・薬品などの生産能力を強化したり、地域協力体制を強化したりすること

 「実現要因」と「キャパシティ」を構築する上で、各国はどこに優先的に投資を行うべきだろうか。
 多くの国では、パンデミック危機の対応に多額の支出を行い保健医療のための予算が縮小するという事態に陥っている。その教訓を生かし、将来的な新しいパンデミックを抑え込める強靭な保健システムの構築の優先順位を上げることが必須である。最も効果的かつ費用対効果が高い投資は、公衆衛生機能の向上や健康を維持するための生活習慣の促進、疾病予防、そしてプライマリーヘルスケアの強化だと報告書は記した。


「対処」より「予防」を

 本報告書では、各国の投資選択を支援するために、3層のフレー
ムワークも提案した= 図表2参照。多くの国における新型コロナ対応は、出費が最も多い第 3 層「高度な症例管理と需要増への対応」に集中していた。しかし、今後のパンデミック発生を予防するため、第1層「リスクの軽減、予防、コミュニティにおける備え」と第2層「検知、封じ込め、被害の軽減」へ投資が求められよう。そうすることで各国は「パニックとネグレクト」の悲劇的な連鎖を断ち切り、次の危機に対処し、多くの命を救うことができる。世界銀行グループは、引き続き低・中所得国を中心とした各国におけるパンデミック準備を推進し、保健システムの強靭性確保に寄与していく。

図表2


※本報告書は、日本政府が世界銀行内に設けている日本開発政策・人材育成基金(PHRD)のユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)ウィンドウの支援を得て作成されました。なお、文中意見にわたる部分は筆者の私見であり、世界銀行の方針・見解を示すものではありません。


本記事掲載誌のご案内
本記事は国際開発ジャーナル3月号に掲載されています
(電子版はこちらから)



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