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高齢化に備えた包摂的なまちづくり:日本からの学び【世界銀行】

世界銀行 持続可能な開発担当副総裁
ユルゲン・フォーグレ氏
持続可能な開発担当副総裁として、農業、食糧、気候変動、環
境、天然資源、ブルーエコノミー、環境・社会枠組み(ESF)、社
会開発、都市、防災、強靱性、土地、水などの分野を所掌。東京
防災ハブ(DRM)、東京開発ラーニングセンター(TDLC)も担
当。1991年入行。独ホーエンハイム大学農業工学修士号。



世界国の知見集めたレポートを発表

 人類史上初めて、65 歳以上の高齢者数が5歳以下の子どもの数を上回り、都市で暮らす人口が農村を上回った。都市化の傾向は続き、2050年までに世界の3分の2の人口が都市で暮らすことが予測されている。この傾向が意味するのは、経済をけん引する若年労働人口の集まる場所である、という従来の都市の在り方から、高齢化する多様な世代が社会の生産的で重要な役割活発に担う場所である、というものに変化しているということだ。したがって、多様な年齢層にとって持続可能で、包摂的で、平等な社会を実現できる都市を築くことが一層大切になってくる。
 日本の高齢化率は世界一である。日本の超高齢化の背景には、出生率の低さ、医療の発達と栄養の改善による安定した寿命の延びといった要因が存在する。都市化がもたらすさまざまな需要に応えつつ、人々が慣れ親しんだ土地で、安全で自立し、また意義のある老壮期を快適に過ごすことができるようになった日本の経験は、開発途上国にとって非常に示唆に富むものである。
 日本をはじめとする世界各国の高齢化における都市づくりに関する経験は、「高齢化に備えた包摂的なまちづくり:Age-Ready Cities とは?」という世界銀行グループが最近発表した報告書で取り上げられている。本報告書は、高齢化、都市化する都市の未来がどのようなものであるかを描いている。高齢者に優しいまちづくり、という視点だけではなく、高齢化に備えた包摂的なまちづくり、という未来を見据えた視点で、技術イノベーションや効率的かつ多様なニーズに見合う政策やインフラ整備の在り方を論じている。適切な政策を取れば、高齢化と都市化が同時に訪れることは、多くの機会につながるということが示されている。
 本レポートで紹介された日本の知見のうち、特に有用な3分野を以下で取り上げる。


高齢者の快活な生活を実現する都市

 2015 年より日本政府はスマートプラチナ社会推進会議を立ち上げ、年齢に関係なく100年を見据えた人生を過ごすことを推奨している。経済発展と社会的課題の解決の両立を目指すSociety 5.0 という日本のビジョンにおいては、高齢者は活発に労働に寄与し、社会の一員として貢献することが推進されている。こうしたイニシアチブは、高齢者を拡大する市場ととらえ、長寿経済において重要な役割を占めると考えられている。

(左)報告書「高齢化に備えた包摂的なまちづくり:Age-Ready Cities とは?」表紙
(右上)TDLC の都市開発実務者向け対話型研修で訪問した富山市まちなかケアセンター (
右下)高齢化に備えたまちづくりについて講演する世界銀行のマイトレイ・ダス氏


高齢者のニーズを踏まえたインフラ整備

 日本の大型インフラの多くは戦後急激な都市化と人口増加に対応するために建設された。更新時期を迎えるインフラも多く、高齢化する社会のニーズに見合うような工夫がなされてきた。例えば、廃校になった校舎を高齢者福祉施設として再利用したり、地域の公共施設を平時は地域交流に使いつつも、災害時は避難施設や災害対策センターとして利用したり、空き家を活用するために若い学生やアーティストを呼び込んで再開発のきっかけづくりを模索したり、などである。すなわち、高齢化する社会では、良質なインフラを整備することと併せて、良質なインフラ管理を行うことも大切である。


ユニバーサルデザインによる公共交通の改善

 日本の高齢者の中には、都市のモビリティの高さ(アクセスの良さ、歩きやすさ)の恩恵を得るために農村よりも都会に住むことを好む人もいる。公共交通のユニバーサルデザイン化が進んでいるということは、高齢者だけでなく、障害者、ベビーカーを押す人などにとって乗り降りや乗り換えがしやすく利用しやすい、ということを意味している。国土交通省は国土整備と公共交通整備の政策を展開する中で、こうした考え方を歩道、公共施設、交通機関に適用してきた。「高齢者、障害者等の移動などの円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー法)においては、既存建築・新規建築双方および公共交通施設とその事業者に対して、アクセシビリティに関する包括的なガイドラインを規定している。こうした努力により、高齢者のアクセシビリテが上がり、彼らの仕事や社会活動をしやすくしている。公共交通の利用の促進はまた、温室効果ガスの排出削減にも寄与することから、環境にやさしいまちづくりも可能になる。
 東京開発ラーニングセンター(TDLC)は、日本政府と世界銀行のパートナーシップのもとに設立され、日本の知見を途上国に共有している。TDLCは世界中から分野専門家を招しょうへい聘することで、開発途上国や世界銀行職員に対して技術供与している。TDLC は日本の知見に基づいて、活発で、生産的で、全ての人にとって暮らしやすい都市の実現に寄与するように、国によって異なるさまざまな都市問題の解決策を具体的に提供している。こうした日本の経験に焦点を当ててきたTDLC の活動の一環がきっかけとなり、例えば未整備なインフラや脆弱な社会保障制度しかない途上国が将来高齢化したらどうなるか、といった議論が世界銀行内外で始まっている。
 こうしたパートナーシップは大変貴重で、今後も東京開発ラーニングセンターを通じて、日本から発信できる都市開発における変革的な施策を世界中に伝えていく。日本の都市は世界に先駆けて高齢者が健康に快活に生きる指針を世界に対して示してきた。これまでに日本が乗り越えてきた課題や捉えてきた機会は、世界中の都市が高齢化を迎える上で含蓄に富むものとなるだろう。


掲載誌のご案内

本記事は国際開発ジャーナル2022年7月号に掲載されています。
(電子書籍はこちらから)

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