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COP28ドバイ会合 日本政府交渉団のOECC加藤真氏が報告

「化石燃料時代の終焉の始まり」を宣言
途上国の現場知る強み 日本も知恵の貢献果たす

国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(UNFCCC COP28)が2023年11月末から12月中旬にかけてアラブ首長国連邦(UAE)で開催された。これまで約20年間、締約国会議に参加してきた(一社)海外環境協力センター(OECC)理事の加藤真氏が気候変動対策の進展状況やOECCの取り組みについて語った。

(一社)海外環境協力センター(OECC)
理事・業務部門長・主席研究員
加藤 真氏

神戸大学大学院で修士号(国際法)を取得。国連アジア太平洋経済委員会(UNESCAP)コンサルタントを経て2003年よりOECC勤務。2004年から国連気候変動交渉日本政府代表団に参加。パリ協定の草案作成では「途上国のキャパシティ・ビルディング」のリードネゴシエーターを担当。慶應義塾大学講師も兼務。



COP10 から政府交渉団に参加

 OECC は1990 年の設立以来、海外環境開発協力の分野において幅広い知識と経験、ネットワークを持つ専門家集団として活動し、世界の持続可能な社会の実現に貢献している。特に日本政府や民間企業、開発途上国との連携の下、パリ協定に基づき、1.5 度目標に整合した脱炭素、レジリエントな社会を目指し、各種事業を進めている。
 国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の関連では、2004 年の第10 回締約国会議(COP10)から毎年、日本政府交渉団の一員とし
て現地に参加してきた。温室効果ガス(GHG)削減などの交渉をするほか、日本政府が会場に開設するジャパン・パビリオンで記者会見やセミナー、シンポジウムなどを催し、日本政府のさまざまなイニシアティブなどの情報発信に努めてきた。
 昨年11 月末から12 月中旬にかけてドバイで開かれた第28 回締約国会議(COP28)にも交渉団員2人を含む8人を派遣した。まず、COP28 の経緯や成果について振り返っておこう。

産油国舞台に「予想外の成果」

 気候変動枠組条約締約国会議は、毎年秋から冬にかけて加盟国190 カ国以上が参加して開かれる。2022 年に中東のエジプトで開催されたのに次いで、2023 年はUAE のドバイで開催された。
 もともと産油国であるUAE でCOP が開催されれば、省エネの推進や再生可能エネルギーの拡大などが論じられ、UAE は辛い立場に置かれるだろうと見られていた。6月にドイツで開かれた予備会合でも、UAE が議長国を務めることについてNGO などが疑問視する声を上げていた。
 だが、結果を見れば、COP28でUAE 政府の議長はしたたかな采配を見せ、予想外の成果を遂げた。
 議長を務めたスルタン・アル・ジャベル気候変動特使は、UAE政府の産業・先端技術大臣であると同時に、アブダビ国営石油会社アドノックの最高経営責任者(CEO)で、国営の再生エネルギー会社マスダールのCEO も務めている。
 COP は世界中のいろいろな国が参加するので、議長は非常に難しいハンドリングを迫られる。今回もまとめ上げるのが難しいのではないかと早くから言われてきたが、ジャベル議長はかなり用意周到に1年をかけて準備し、根回しをして来たようだ。
 世界全体の気候変動対策の進捗を評価する「グローバル・ストックテイク」が初めて行われ、対策の強化に向けた合意文書が全体会合で採択された。
 その合意文書の中で、最大の焦点となっていた化石燃料については「2050 年までにGHG の排出を実質ゼロにするため、化石燃料からの脱却を進め、この重要な10 年間で行動を加速させる」との文言が記された。
 「段階的な廃止」とか、いつまでにどうするという明確な表現を避け、「脱却を進める(transition away)」と方向性を示すことで合意にこぎ着けた。UNFCCC 事務局のサイモン・スティル事務局長はCOP28 閉会のスピーチで、「私たちは化石燃料の次の時代にページを進めることはできなかったが、この結果は化石燃料時代の終焉の始まりだ」と述べた。
 こうした結果を見ると、強力な産油国であるサウジアラビアや、化石燃料への依存度が高い中国、インドのような国にとっても悪くない展開になった。予想以上に成功したというのが、日本政府の評価だった。ジャベル議長だからできたのだと、私も思った。

問われる途上国支援

 一方、開発途上国との関係では、国連気候変動枠組条約の交渉では、基本的な構図である「南北対立」が今回も見られた。
 先進国では人口が減少し、経済成長が緩やかになってきているのに比べ、途上国では人口がどんどん伸びている。途上国から排出されるGHG もこれからどんどん増えていくだろう。先進国からすると、途上国にどれだけGHG を減る方針を示していたため、「まだそんなこと言っているのか」と、NGO だけでなく欧米からも批判を浴びて来た。
 しかし、COP28 では日本のプレゼンスは大きかったと思う。資金支援だけでなく、知恵で貢献する姿勢を示した。例えば、グローバル・ストックテイクの議論では国レベルの議論が多かったのに対し、都市などの非国家主体に注目することの重要性を日本が提案した。GHG の多くは都市から排出されるし、台風や洪水の被害も都市部で多く起きている。今後の議論では、もっと都市の要素をハイライトしていこうと言う日本の提案に、多くの支持が集まった。
 これまで日本は政府開発援助(ODA)政策で、多くの途上国で都市開発計画の作成に関わったり、廃棄物など都市問題対策を支援したりしている。COP の交渉官の中にも、そうした現場を地べたで知っている人々がいる。国際会議には“空中戦”のような議論ができる優秀な人はいるが、こうした地べたの現実を踏まえて途上国の事情を知る人の存在が、日本の強みになっている。

COP28サイドイベントで登壇した加藤氏=写真提供:OECC


日本提案でパリ協定にJCM導入

 実は気候変動枠組条約の関連では、日本が主導して提案をし、国際的な制度を作った例が結構たくさんある。
 例えば、二国間クレジット制度(JCM)。1997 年のCOP3 で採択された京都議定書では、先進国の投資により途上国でGHG 削減プロジェクトを実施する見返りに、GHG 削減量(炭素クレジット)を移転させるクリーン開発メカニズム(CDM)が実施されていた。日本も、CDM の取組を盛んに行ったが、当初期待されていた技術移転や、開発面でのコベネフィット効果については限定的という課題もあった。
 日本はそのような経験を踏まえ、パリ協定においては、それを改善する仕組みの一つとしてJCM を提案し、粘り強く提案した結果、制度化された= 図参照=。
 そもそも先進国では省エネが進んでいるから、GHG の排出削減はかなり進んでおり、さらに減らそうとすると、結構コストがかさむ。だが、GHG は地球上の気体なので、アジアでも、アフリカでも減らすならどこでも良く、途上国の方がまだマージンが大きい。
 CDM は全部国連が管理していたが、160 カ国以上の途上国が案件を登録するようになった。その中でも中国やインドのような大きな国は、一度に数十件の登録をするから、登録までに長蛇の列に並ぶ必要が出てきてしまう。このため、JCM では日本とパートナー国で両国代表者からなる合同委員会で運営・管理し、国連スタンダードも踏まえたGHG の排出削減や吸収量を測定・報告・検証し、迅速に進めるようにした。
 こうして日本が中心の有志国の提案によって、CDM の後継である「国連直轄型の制度(6 条4 項)」とJCM を含む「二国間型のJCM(6 条2 項)」の両方を実施し、補完するようになった。これは決して机上で考えたものでなく、日本が途上国を長年援助してきた実際の経験が生かされている。こうして日本の強みを生かし、先進国と途上国の双方に良いWIN-WIN関係を築く貢献をしたと言える。
 このように、日本は資金面だけでなく、制度作りなどの協力もしており、日本のプレゼンスに期待度は高い。もちろん資金面ではフランス、英国、ドイツなどは大きな金額を出すし、韓国も特定分野で巨額を注ぎ込んでくる。だが、日本の「伴走型」というか、一緒に悩みながら協力の案件を作っていくようなところが評価されてい
ると思う。
 最近、英エコノミスト誌(2023年12 月16 日号)に「意図ある抱擁」との見出しで、日本と東南アジアの関係を報じる記事があった。大相撲の力士がアジアの人々を抱きしめているイラスト付きだった。アジアではとかく米国と中国のどちらにつくか、といった話になりがちだ。しかし、もう一つの大国として日本に言及し、東南アジア諸国にあまり警戒されることなく、半世紀に及ぶ友好協力関係を築いたことを紹介していた。日本が仲の良い友達か、お兄ちゃんみたいに思われている信頼関係が描かれ、嬉しく思った。

アモルファス変圧器1万台導入

 私たちOECC も、途上国の温暖化対策や脱炭素化に直接、協力を進めている。例えばベトナムでは、GHG の削減目標をどのように決め、どのようなシナリオを作ってそれを実施するかといったお手伝いを大々的にやらせていただいている。そのために、日本の環境省や経済産業省、国際協力機構(JICA)などの力を借り、ベトナム国内の法律・法令を作る支援もしている。
 ベトナムとの協力でOECC が手がけた案件には、アモルファス合金を使った日本製の高効率変圧器の導入がある。ベトナムでは送配電の際、変圧器が老朽化しているため、電力のロス率が7 〜8%にもなっていた。電気の1 割近くが失われるのだ。変圧器の投資コストが高いので、そのままになってきたが、日本が支援して電力ロスを減らせば、GHG を削減することにもなる。JCM でこの削減分の一部を分けてもらえば、地球環境にも良いし、日本の国益にもなる。もちろん日本製品やインフラの輸出にもなる。
 途上国からすれば、省エネの技術移転と普及につながり、持続的な脱炭素化が図れる。このアモルファス変圧器はJCM によってベトナムで1万台以上が普及し、電力公社の電力ロス削減目標の達成にも貢献。さらにラオスでもJCM で普及が進んだ。
 こうした日本のJCM パートナーは2013 年から2023 年末までの10 年間で、アジア、太平洋島嶼国、中南米、アフリカの計28 カ国になった。私たちOECC にとって、JCM は事業の大きな柱の一つであり、このうち10 カ国のJCM プロジェクトに対応した。
 前述のベトナムのほか、モンゴル(飲料工場のボイラー燃料転換)、カンボジア・バングラデシュ(太陽光発電)、インドネシア(化学工場への高効率冷凍機の導入)、フィリピン(メタンガス回収発電)などの国々である。

海洋温度差発電の展開に注力

 OECC では近年、島嶼地域の電源として海洋温度差発電(OTEC)の展開にも力を入れている。島嶼地域では火力発電などに頼っているが、ウクライナ危機の影響もあり、輸入燃料は高騰している。島嶼国も今後、ネットゼロ排出を目指す上で、有力なソリューションの一つとして海洋温度差発電の導入が期待されている。
 日本国内では現在、沖縄県の久米島で実証試験をしており、商用化が近い。既に100 キロワットのOTEC プラントを導入し、今後さらに拡大する構想を描いている。くみ上げられた深層水を活用し、エビやカキ、海ぶどうなどの養殖をしており、経済効果や雇用が創出されている。
 このような技術をナウル、パラオ、モーリシャスなどの島嶼国に移転しようというのが私たちの狙いだ。特に、OECC はナウルにおいて電源開発計画や水資源開発計画に基づくプロジェクトを進めている。これまで事業化調査で、経済性分析や導入技術仕様の特定などを実施してきた。将来は「緑の気候基金(GCF)」に事業案件を申請することを念頭に、大規模プロジェクトへと発展させることを視野に入れている。
 OECC は、環境省のイニシアティブのもと、「環境インフラ海外展開プラットフォーム(JPRSI)」の事務局も担っている。日本の技術を海外に展開したい企業と途上国のパートナーとのマッチメーキングを推進しており、国内企業とパートナー国企業との具体的な事業形成に向けた話し合いも進展している。会員数は520 を超えたところだ。こうした活動を通じて、さまざまなレベルのステークホルダー間のコミュニケーションを円滑に図っていく期待に応えていきたい。


掲載誌のご案内

本記事は国際開発ジャーナル2024年3月号に掲載されています
(電子版はこちらから)


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