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【人材育成のプロ集団 JICEの貢献】定住外国人の就労と途上国の若手官僚育成に貢献

人材育成支援に生きる”研修のDNA”
介護や建設、運輸業など人手不足に直面する日本社会。どう対策をとっていくかは国内課題の一つだ。この視点から注目されるのが(一財)日本国際協力センター(JICE)が実施にあたる「外国人就労・定着支援研修」だ。また、JICEが四半世紀にわたり実施している「人材育成奨学計画」では、途上国の若手官僚育成に大きな成果を上げている。“研修のDNA”が生きるJICEの取り組みを追った。


就労につながる日本語教育
 「外国人就労・定着支援研修」が始まったのは2009 年。厚生労働省の委託事業としてスタートした。背景は2008 年に起きたリーマンショック。その余波を受け自動車産業を中心に日系人労働者の大量解雇が発生したことは、まだ記憶に新しいところだ。その対策の一つとして、政府は帰国の旅費を支援するなどの措置を講じたが、日本での再就労を目指す人も多く、その支援策として導入されたのがこの事業である(当時の名称は「日系人就労準備研修」)。
 現在は日系人に限らず、定住外国人を対象とした事業となっている。ちなみに、受講者の国籍は89 カ国・地域に及んでいる(2021年度実績)。
 JICE は事業開始当初から実施にあたっており、半世紀近くに及ぶ研修監理業務の実践的なノウハウが随所に生かされている。
 特に注目されるのが、就労のあらゆる局面で必要となる「日本語教育」である。多文化共生事業部の長山和夫部長は「働くための日本語研修」という点を強調する。「ハローワークで求人票を読む、履歴書を書く、面接を受ける。実際に働き始めたら、職場で使う日本語ばかりでなく職場文化にも慣れなければならない。私たちはこれらの点にポイントを置き、あくまでも実践的な研修を重視している」と長山氏。
 日本語教育を所管する文化庁は、2019 年に日本語教育基本法を制定。目的別に①留学、②生活、③就労に整理し、それぞれに必要となる教育内容(レベル)を明示した。JICE が集中的にノウハウを提供し、実績を積み上げてきているのは就労分野である。

課題達成型メソッド
 JICE の日本語教育は「課題達成型メソッド」を基本とする。初級はレベル1~3まで設定されており、各レベル100 時間が基本だ。レベル1で目指すのは「顧客とのやりとりがなく、上司・同僚から簡単な指示を受けて行う単独業務」、レベル2では、例えば組み立てや加工などの製造、清掃やベットメーキングなど「上司・同僚との限定的・定型的なやりとりで実施可能な業務」が目安となる。
 長山氏によると、「JICE 研修のレベル2を終えていればドライバーとして雇いたい」といった連絡も入るようになったという。レベル3では「顧客のやりとりで不明な点があれば、上司・同僚の助言で実施可能な業務」が目安となり、例えばレジ打ちや飲食店での接客、介護施設での食事や入浴などの介護業務、足場組立などの建設業務といった就職事例がある。
 「聞く・話す・読む・書く」の4技能を学習するが、長山氏は「総合学習ではないので、均等に学習するカリキュラムとはしていない。特に書くことについては高いレベルまで要求しない」と話す。文字学習は、レベル1と2では、ひらがなとカタカナ、レベル3では簡単な漢字の読み書きができること目指す。職場で使う漢字でも「危険」や「厳禁」など、書けなくてもその意味を知っておく必要のある漢字については理解向上を図っている。

日本語の“ 空白地帯” 埋める
 2023 年度の研修実施地域は28都府県・114 都市。実施予定クラスは285 クラス。年間受講予定者は5,700 人に上る。
 JICE では面接の現場を想定した研修もあることから、対面形式を重視している。ただ、オンラインでしか受講できない定住外国人もおり、285 のうち80 クラスは遠隔で実施し、「日本語の“空白地帯”を埋めたい」(長山氏)考えだ。
 カリキュラムと使用するテキストは、これまでの日本語教育のノウハウを凝縮した“JICE オリジナル”。テキスト「はたらくための日本語」は、①職場のコミュニケーション編、②職場の語彙と表現編、③キャリアプランニング編で構成され、あくまでも就労に役立つ学習目標を明確にした課題達成型の教材だ。おそらく他に類書はないだろう。
 カリキュラムとテキストの内容などについては、特に経験豊かなベテランの日本語教師が重要な役割を果たしている。JICE に登録する日本語教師は現在700 人。定住外国人のニーズは地域によって多様化しており、これに対応できるカリキュラム作成力も日本語教師には求められてきている。JICE では、日本語教師の質・量両面の確保が大きな課題だとし、その育成と確保にも注力していく方向だ。
 日本で暮らす外国人は約300万人。介護や建設など業種によっては、人材不足が深刻化している。こうした国内課題の解決と定住外国人の就労は、もはや密接不可分のテーマだ。その意味でJICE の就労支援研修は注目されるところだ。

発展を担う若手官僚を育成
 一方、政府開発援助(ODA)を活用し、開発途上国の行政官ら若手官僚の育成に貢献しているのが「人材育成奨学計画(JDS)」だ。その動向については本誌も再三報道してきたところであるが、開発協力「人財」育成の観点からその成果が注目される代表的な支援事業だ。この事業がスタートした1999 年度から実施面を支えているのがJICE である。
 JDS の狙いは、将来自国の社会・経済開発の計画立案・実施にあたる若手行政官らを留学生として受け入れ、日本の大学院で各国が重視する開発分野や課題解決のための専門知識を習得し、帰国後は各国の政府中枢で課題解決に向け活躍できる行政官になってもらおう、というものだ。「専門知識の習得にとどまらず、知日・親日家のネットワークを世界中に広げていく効果も大きい。間違いなく国益につながっている」、と話すのはJICE 留学生事業第一部の井代 純部長だ。
 本邦大学院におけるJDS 留学生の受け入れ課程は、修士課程と博士課程(2016 年度から開始)。英語での修学が基本だ。学費や滞日中の生活費などはODA の無償資金協力で賄われており、事業開始から2023 年度までの受け入れ実績は22 カ国・6,029 人。このうち、JICE の実績は20 カ国・5,746 人に上る。
 事業の特徴は対象国の援助重点分野に基づき、①受け入れ分野、②募集対象機関、③日本の受け入れ大学などを原則「4年間」固定する。4年間にわたる受け入れ計画は、JICA が実施する協力準備調査で作成されている。
 また、対象国の代表機関が実施機関となり、先方政府側と日本政府側で「運営委員会」を組織し実施方針を検討。JICE は先方の実施機関と実施代理契約を結び、現地におけるJDS 留学生の募集・選考から受け入れ、滞日中の各種支援業務、さらに帰国後のフォローアップなどの実施までと一貫したサービスを提供している。そこに生きているのは、まさに“研修監理DNA”だ。
 光が当たりにくい部分だが、留学生の悩みやトラブルなどに24時間対応できる体制を整備しているのもJICE の“優位性”だ。留学生事業第一部留学生事業課の一橋礼子課長によると「実際、留学生からの相談は多い」ということで、メンタル不調などに対しては専門の臨床心理士らと契約し、日常的なケア体制の整備に留意している。
 「人財」の育成を扱う事業の本当の難しさは、こうした点にあるのかもしれない。
 2023 年度のJDS は19 カ国から300 人以上を受け入れている。


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本記事は国際開発ジャーナル2023年11月号に掲載されています
(電子版はこちらから)


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