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まったく新しいものをつくり出すよりも、今あるものをどう捉え直せるか。「記憶のえんぴつ」についても、本来ただ捨てられるだけの木なんですが、それを何かを描く道具と捉え直してみると、普通のえんぴつでは思い描けない何かが生まれるかも知れない。そこに価値があると思っています。 〜obakeインタビュー〜

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【記憶のえんぴつ】
鉛筆×記憶の詰まった木材

2002年の創設以来、様々なオリジナルデザインに賞が贈られ、受賞作のいくつかは実際に商品化されてきたコクヨデザインアワード。2020年のグランプリは友田菜月さん、三浦麻衣さんのユニットobakeの『記憶のえんぴつ』(受賞名:いつか、どこかで)。取り壊しになる建物や捨てられる家具から出てきた古い木材を再生して鉛筆にするというアイデアです。三浦さんは国内外の広告賞を受賞した福島民報の『おくる福島民報』にも関わっていて、その時にもお話をうかがったご縁でインタビューさせてもらいました。今回obakeのお二人は宮城県蔵王でアーティストインレジデンスに参加して、新たな作品制作をされていたそうで、そのお話も聞いています。広告会社にいながら、アート活動もしている二人の原動力はなんなのか、探ってみました。

——まずはグランプリ受賞おめでとうございます。アワードのウェブサイトでこのデザインを見て、今の時代にあったコンセプトでとてもいいアイデアだなと思いました。2020年のテーマが「♡」だったんですが、そこからどういう経緯で記憶のえんぴつにたどり着いたんですか?

三浦麻衣さん(以下、三浦) アイデア自体は7案つくりました。その中でこの案は特に、プロダクトデザインと言えるのかちょっと不安な案でした。笑

友田菜月さん(以下、友田) 最初は賞味期限という概念を文房具につけたらどうなるかという仮説を立てて、たとえば100年後の日付が書かれた鉛筆をつくったらどうかと。でも未来の話はどこか嘘になるんで、三浦が「前世の記憶がある鉛筆」はどうかと言い出して。再利用という文脈であれば、木材が使われていた住所が書いてあったり、その姿が想像できる表面を残したらどうだろうと、どんどんアイデアが膨らみました。

三浦 ハートを「愛着」と捉えて、手にする人にどう愛着を持たせられるかと考えていったと思います。震災の瓦礫などメッセージ性のある木材を使ったらどうか、あるいはスクラップアンドビルドの批判としたらどうかなどいろんなコンテクストを想定してみたんですが、でも最終審査に向けてモックアップをつくってみたら、何も語らずともこれで行ける!と思いました。物語よりも「ものが持つ力」の方が強いことがわかり、ハート=心で「想像力を掻き立てる鉛筆」に落ち着きました。

小学校の床材を利用した記憶のえんぴつ

——最初のプレゼンとモックアップをつくった後では考え方に変更があったってことですね。

友田 単に画面上で合成してつくったものと、実際手を動かしてつくったものに大きな差があって、重さや香り、持った時のジーンとくる感じとかが1本1本違っていて。そこに住所が刻まれて、例えば「〇〇銭湯」って書いてあると、どんな銭湯だったんだろうって想像を掻き立てられる。鉛筆を手に持った人が自分の心に問いかけていく行為を促すことが、今回のテーマに応えているんじゃないか、そんな議論をたくさんしました。

三浦 審査員のプロダクトデザイナーの柳原照弘さんが「アイデア時点ではノーマークだったけど、ものを見たら印象が変わった」と推してくださったのがすごく嬉しかったです。やっぱりモックアップの力が大きかったと思います。あとは再利用という観点で、コクヨという企業がやる意味を評価いただけました。

それぞれの古材の質感の違いが記憶の違いになる

——それを商品化する際にはもっと大変だったんじゃないですか?

友田 鉛筆って、単純に見えて芯を真ん中に納めるとか、きれいな六角形にするとか実は難しくて。特に今回の鉛筆は表面のテクスチャを残すことを条件にしたので、一つ一つ手作業でつくる必要があります。なのでどうしても製造方法と価格が問題になりました。
 
三浦 ご縁のあった兵庫の古民家でひとまず商品化できたものの、みんなが欲しい!と思うものにできたかどうかは反省点です。本当なら何種類か同時に出していくとか、木材のストーリーを慎重に選ぶとか、そういうことが必要だったかもしれません。

——鉛筆が持つストーリーを買ってもらうというのが肝だったのに、そこは商品化に活かせなかったのでしょうか?

友田 第一弾は、とにかく商品化することが優先事項になっていました。
 
三浦 まずは製造方法を確立できるかの挑戦でした。でも第二弾はJR東日本さんからお声がけいただいて、群馬県井野駅の木造駅舎が取り壊されるというので、そこの廃材を利用したワークショップをしました。駅舎に使われていた表情が違う3種類の木材の中から好きな材を選んでもらって、芯をサンドして貼り合わせ、四角形の鉛筆に仕上げる。さらに街の人たちから駅の記憶を聞くという。

井野駅の駅舎の記憶がつまった鉛筆

——鉛筆という誰もが普段使っているものを、記憶を呼び起こすツールとして価値を与える。それをコクヨという企業がやる意味はすごくあると思うのですが、なかなか実現しづらいってこともあるんでしょうか。

友田 そうなんです。木材の表面を残すために手作業で一本ずつ製材してるので原価が高くて。鉛筆としてどうなんだっていう価格になってしまう。 
 
三浦 価格が高くても企業のブランディングにもつながると、コクヨさんにとっても世の中にとってもそれだけの価値がある取り組みとして受け入れられるのではと思っています。
 
友田 ちなみに第3弾は駅の開発で地中から出てきた約150年前の木で、コクヨさんとやろうとしていて。歴史的にもとても貴重な木なので、強いストーリーを持った鉛筆がつくれそうな気がしています。ストーリーが強いのである程度の価格でも共感して手に取ってくれる人がいることを期待しています。

 
——そうやって少しづつ形にしていって、ウェブサイトもつくりたいですね。

友田 ちょっとずつつくり始めています。
 
三浦 木材のバリエーションが増えると楽しそう。全国各地から選べるとか。

——アーティスト・イン・レジデンスのお話を聞かせてください。宮城県の遠刈田温泉に行ってたんですね。

三浦 はい、10日間滞在して、最後の2日間で成果を発表するという流れです。私たちが滞在したのはリノベーションされたレジデンス。でもその奥が実は廃墟化していました。温泉街なので観光客の目を意識して表側はどんどん新しくするのですが、裏は放置しっぱなしということが常態化していて。私たちはそこに目をつけて、裏庭をひたすら掃除して人が入ってこられるような道をつくりました。
 
友田 街のことを知るにつれて、街の記憶が人によってバラバラでちゃんとアーカイブされていない。事実かどうかわからない不思議な伝説も残っていて。そんな街の象徴がこの家だと思い、裏庭への道を整備し、隠れていた風景を眺められる場所をつくった。もともとそこが旅館だった歴史や子どもたちの遊び場だった形跡などが、その場所から感じることができます。
 
三浦 最後の2日間で街の人たちを招き入れました。それは彼らが記憶を辿るきっかけになったと思います。

——なるほど。「記憶のえんぴつ」と考え方は同じですね。誰かの記憶を再生するための装置をつくっているというか。

三浦 そうですね。ユニット名がobakeなのも見えないものを見えるようにするって意味だったり。
 
友田 古いものとか歴史とかが好きなのかもしれません。二人で住んでいるシェアハウスも築60年ですし。
 
三浦 まったく新しいものをつくり出すよりも、今あるものをどう捉え直せるかに興味があって。
「記憶のえんぴつ」についても、本来ただ捨てられるだけの木なんですが、それを何かを描く道具と捉え直してみると、普通のえんぴつでは思い描けない何かが生まれるかも知れない。そこに価値があると思っています。obakeが作家として、自分で絵を描くんじゃなくて、「誰かが何かを描きたくなるような道具をつくる」こともおもしろいと思ったんです。

——最後にこれからどんな活動をしていきたいか、お一人ずつお願いします。

三浦 私たちは広告会社にいて、マーケティング的な手法やデータ、過去の成功事例を元にした発想を求められたりします。だけど今回に関しては自分の中に見つけた小さな発見を少しずつ大きくしていってアイデアにした感覚がありました。さらにそれがグランプリや商品化を通じて、誰かの心にちゃんと届いたという実感がもてたこと。まだまだ規模は小さいけれど、それでも一歩ずつこういう活動を大きくしていけたらもっと自信になる気がしてます。

友田 最近はデザインにもAIを使ったりとか、デザインする人のハードルが下がっている中で、デザイナーである私たちはどこに向かっているのかってことを今は考えています。誰かのためにデザインすることは嫌ではないけど、自己表現としてのグラフィックや、個人的にやっている吹きガラスを深めていけば、自分の中に問いとして上がっている「デザイナーは今なにをすべきか」ということに答えが見つかるかもしれないと思っています。

——「記憶のえんぴつ」という名前もいいし、アイデアもわかりやすいので、たくさんの人に知ってもらいたい。なんとかこれを広げられるようにがんばってください。応援しています。今日は長い時間ありがとうございました。

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