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05. 訪問-3 採寸と調査

竣工図の確認を終えて管理室を出た後、エレベーターの5階のボタンを押してPさんの家に向かう。エレベーターは改修されてきれいになっていて、比較的広々している。実際に工事をする時にはさまざまなものを搬入することになるから、広いと助かる。特にキッチンなどの造作家具や建具などは、大きさを検討するときにエレベーターの広さがポイントになることもある。どうしてもエレベーターに入らない場合は階段を使うけど、職人さんがかわいそうだからできるだけ避けたい。

5階で降りて室番号をたどりながら共用廊下を進むと眺望が開けた。今日は少し空気に靄があるけれど、遠くに山のシルエットがかすかに望める。冬の晴れた日なら山の稜線がはっきりと見えるだろうと思う。都内でも場所によっては大きな道路沿い以外は低層住宅の地域が広がっていることがよくある。そのような地域ではマンションの4階以上になると高さのメリットがでて、抜けた眺望が期待できる。

玄関前にたどり着きインターホンを押すと、すぐにドアが開いてPさんが出迎えてくれた。その後ろで、小さなワンちゃんが興奮気味に跳ね回っている。そういえば、犬を飼っていると言っていたような気がする。ミニチュア・ピンシャーかな?興奮して激しく動いているけど吠えない良い子だ。今後訪問する楽しみが一つできた。名前を聞くとSだそうだ。よろしく。

玄関はマンションとしては広い方だと思う。ただ、外の明るさとは対照的に暗く、正面が壁だからか閉鎖的な印象だった。

挨拶を交わしながら家に入り、靴を脱ぎ、出されたスリッパに履き替えて廊下を進む。リビングに入ると大きな窓から広い空が目に飛び込んできた。さらに近づくと、眼下に緑の木々が繁る公園の素晴らしい眺めが広がっていた。

開放的な眺望はマンションの住まいのメリットの一つだ。その中でも、これほど恵まれた立地はなかなかないと思う。そしてその窓自体も背が高く、幅も十分に広く、引き分けになっていて開放感がある。そしてバルコニーの手すりも視界を妨げないシンプルな縦格子が採用されている。全体が眺望のメリットを活かした設定になっていて素晴らしい。Pさんがこのマンションを気に入っている理由はすぐに納得できた。この眺望と素敵な室内が合わされば、最高の住まいになるに違いないと思う。

マンションの中には、眺望があるのにもかかわらず、残念なことに手すりをコンクリートや半透明のパネルにしていたりすることが意外と多い。非常にもったいないと思う。たぶんマンションの設計者は、洗濯物をバルコニーに干すことによる外部から見た時の景観の乱れを心配したのかもしれないが、そんなことより住む人の気持ちを最優先にしてほしい。

改めて間取り図を見ると、この眺望と採光のメリットを受けているのはリビングとダイニングだけで、キッチン、洗面、廊下、玄関は暗く、風通しも良さそうとは言えない。キッチンはカウンターがあり対面式になっているけど、吊り戸棚で視界のほとんどは遮られている。北側に共用廊下ではなくてバルコニーがあり、プライバシーが確保できている点は恵まれていると思う。

「早速ですが、採寸と調査から始めますね。」

Pさんに、1時間ほどかかるのでその間は気にせずに過ごして待っていてほしいこと、収納なども開けて写真も撮らせてもらうこと、などを伝えて作業に取り掛かる。待たせてばかりで申し訳ないと思う。Sが興味深そうに僕を見上げている。家を案内してくれるのかな。

採寸調査は室内を一筆書きのように順々に採寸していく作業で、一人がメジャーとレーザー距離計で寸法を測って数字を伝え、もう一人がタブレットに取り込んだ平面図の中にその寸法を書き込んでいく。はっきり言って地味な作業だ。

現場調査の道具

竣工図の精度や計画通りに施工されたかどうかは、建物によってかなりのばらつきがある。実測寸法と竣工図を両方確認することで、建物の条件をより確実にする。ここで手を抜くとあとで痛い目を見るので、丁寧に行う。また、開口部や梁の形状の寸法も竣工図に記載されていないことがあるので、すべてメモする。

室内を3Dスキャンするようなイメージで漏れなく採寸するが、目的を見失うと異常に無駄な作業が増えてしまう。目的はスケルトン状態を正確に図面化しイメージできるデータを得ること。解体工事でスケルトンにすることが前提なので、細かい部分まで見る必要はない。下の写真は実際に現場調査した時のメモ。私たちの場合は、間仕切り壁も含め一筆書きに全て採寸している。きっといろいろなやり方があるのだろうと思う。

現場調査のメモの例

採寸しながら、床、壁、天井をコツコツ、ドンドンと叩いて、コンクリートに直接仕上げているか、空間があるかを確認する。説明はしにくいが、なんというか、叩けば響き方や硬さで下地の作り方もイメージできる。

例えば、直貼りフローリングのマンションの場合、水まわりだけスラブが下がっていて置き床の下が配管スペースになっているが、このスラブが下がっている範囲についての表現が竣工図だと曖昧なことが多い。床を叩くことで置き床と直貼りの境界を確認することができる。天井は手が届かないけど、コンベックスを伸ばして先端で叩いた時の音で判断できる。

それぞれの窓の見込み寸法(壁からサッシ枠までの奥行)、ガラスの種類もチェックする。窓に防犯設備が設置している場合があるので注意する。気づいた細かな点は写真も撮る。

室内のカビや結露の跡、日射による仕上げ材の焼け、気になる汚れ、傷なども写真やメモに残し、ヒアリングで質問することにする。

室内を順々に採寸していくと少しずつPさんの暮らしの風景が目に入ってくる。第一印象としては、少し雑然としているが、なんとか秩序は保っているという感じだろうか。整頓されているように見えているのは、たぶん私たちの訪問に向けていろいろ準備した結果だろう。クローゼットや日用品の収納の様子、洗面スペースやキッチンの様子。暮らし方、整理整頓の雰囲気、収納している物の量、清潔さ、使っている家具や照明、飾っているもの、趣味などもそれとなく見ていく。

クローゼットが多い間取りだから洋服は収まっているが、中はぎっしり詰まっている。タンスがいくつか置いてあるけど、たぶん子供たちが使っていた物だろう。

キッチンが狭いからだろう、食品や飲料のストックがいろいろなところに点在していて、大きな食器棚がダイニングに置いてある。キッチンの作業スペースの床にもゴミ箱やダンボールが置いてあって大変そう。

ダイニングまわりには書類やプリンター、日用品などもあり、少しカオスな感じがある。

和室には3台の本棚が壁を覆っていた。高さや奥行きが少しずつ違うから、元々は子供が使っていたものをここに集めたのかもしれない。さまざまな本や雑誌、書類、CD、DVDなどがぎっしり詰まっている。

リビングにはアート作品やモビールが飾られ、小さな置物や書籍などからもアーティスティックな雰囲気を感じる。全体的に少しアンティークな雰囲気も混ざっているだろうか。Pさんの住まいのユニークな特徴になるかもしれないから、後で聞いてみよう。

パイプスペースまわりを注意してみて、点検口があれば開けて中をカメラなどを使って確認する。置き床の高さや排水管の方向や高さなども確認できる。点検口がない場合には竣工図が頼りになるが、場合によっては後日、壁を開口して内部を確認し、点検口を設置する。トイレの排水についても注意して確認し、配管が見える場合は採寸し、写真を撮る。

ユニットバスの天井点検口から躯体天井の状態、断熱材の状態、換気設備、天井高さなどを確認し、天井内部を撮影する。

室内の採寸が終わったら、バルコニーと共用廊下に出て、エアコンの配管と室外機の設置状況、給気口、ダクト排気口、給湯器、メーターボックスの内部などを確認する。特にダクト排気口の位置や高さは天井高さなどに影響するが、竣工図ではわからないことが多いのでしっかり調査する。

最後に、インターホン、火災報知器、防犯設備、スプリンクラー、床暖房、浴室換気乾燥暖房機、ディスポーザー、インターネット機器など、壁や天井に設置してある細かい設備類を確認しながら、全体の写真を撮影していく。収納量の把握のためにもクローゼットや押し入れの中もざっと撮影する。1時間強で採寸調査が完了した。ここまで集中力のいる単調な作業が続く。

終了をPさんに伝えるとテーブルの席をすすめてくれて、冷たいお茶を出してくれたので一息つくことができた。とてもありがたい。Pさんも待っている間は落ち着かなかったと思う。Sがいつの間にか足元で座っていた。

いよいよヒアリング。さあ、お話ししましょう。

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こんにちは。ホシナタケシです。

リノベーションのための室内の採寸と調査でした。できるだけ曖昧なところを少なくして正確に調査することで、最後までスムーズに計画が進みます。

次回はPさんとたくさんお話しします。

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