08. 訪問-6 ヒアリング-マンションのキッチン
マンションの既存のキッチンは、ほとんどの場合、決まりきった形と広さで、誰にとっても狭くて使いにくいので、当然、みんなが不満を持っている。特にPさんの奥さんみたいに料理が好きで、食事を楽しみにしている人にとっては尚更だろうと思う。これが理由で、マンションより戸建てが良いと考える人も少なくないと思う。
Hデザインがマンションリノベーションで提案するキッチンはコンロ側とシンク側の2列のアイランド型で回遊できるようにしていることが多い。Pさんも完成見学会や過去の事例で見ているHデザインのキッチンが気に入ってくれている。キッチンについては後でじっくり説明することになると思う。
「Pさんがキッチンで使っている調理道具や食器、必要な収納などは後日、形状や量、配置などきっちり把握して計画しますので安心してください。今日のところは大まかにイメージしていることを教えていただければ良いですよ」
基本的にはHデザインのオープンなキッチンが良いと考えているから「いつものように提案してくれれば」と奥さん。
「食事会が始まると私はキッチンとテーブルの間を行ったり来たりすることになります。今のキッチンだと囲われていてみんなのお話に加われないのが寂しいんですよね」
食事会の参加メンバーは家族、親戚、友人だから、Hデザインのキッチンのように開放的だったら、会話もできるし、少し料理を手伝ってもらうこともできるから楽しいのではないかと考えていたそうだ。
「今はキッチンに入ろうとすると追い出されるからね」とご主人。
現状のキッチンだとギリギリ足の踏み場があるぐらいの狭さだし、行き止まりで逃げ道がないから二人で使おうとすればストレスになってしまうのだろう。
「それにオープンでフラットだったらテーブルにお皿を持っていく時も片付ける時もスムーズでしょう?今はお皿を持ってぐるーっと回って行くしかないから」
ダイニングテーブルの席でヒアリングをしている私たちはPさんの話を聞きながら改めて周りを見回す。大きな食器棚があるし、キッチンの吊り戸棚の中もぎっしり詰まっていたからかなりのボリュームになるだろう。
「現時点で新規導入や買い替えを検討しているキッチン家電などがあれば教えてください」
冷蔵庫は買い替えて少し大きくしたいこと、オーブンレンジはできればビルトインにしたいこと、調理台はIHにするかガスにするか検討中であること、トースターも買い替え、炊飯器はやめるけど別の調理器を検討中であることなどが奥さんから伝えられた。
「あと小さくて良いからワインセラーも」と言うご主人に「えーっ」と奥さん。「スペースがあれば良いけど」
「来客の人数は、私たち夫婦を含めて6人、できれば8人ぐらいダイニングに座れると良いかなと思います」
キッチンとダイニングについては今の段階ではこのぐらい聞いておけば良さそう。
「それではいくつか質問させていただきますのでお答えください」
洋服や日用品などの収納する量について聞いてみる。
「洋服も他のものもきっといらないものがたくさんあると思うので、この機会に整理したいと考えています」
プレゼンテーションと見積もりの提出後に本格的な打ち合わせがスタートしたら、持っている物のサイズと量をPさん自身で把握してもらうことになるので、自然と整理されていくと思う。
洋服や布団など二人暮らしにしては多いように感じたけどかなり減るだろうか。
「今より洋服はかなり減らすつもりでいます。お布団なんかも子供達が使っていたものが残っていたりするのでずっと少なくできると思います」
他に収納で嵩張るものや希望があるかどうか尋ねる。
「スーツケースが二つとゴルフバックがひとつかな」
「どこでも良いけど本棚が欲しい」とご主人。「少し整理はするけど写真集や図版が多くて、それは残したいしこれからも増えると思う」
今の住まいで一年を通して考えたときの環境、例えば暑さ、寒さ、結露、日射や外の音などで解決した方が良いことがあるか尋ねる。
「冬は北側は寒くて結露も結構します。あと全体的に風通しが良くなるといいかなと思うのと、今は廊下や玄関が暗いので全体が明るくなると嬉しいです」
「相談会で私たちの家を見学してもらった時に、玄関ドアを開けたらすぐにキッチンが見えて、リビングも全部見渡せたと思います。そんなふうに玄関を開けたら丸見えになる感じは気になりますか?」
人よっては開放的すぎる玄関が気になる人もいるので聞いてみる。
「気にならなかったですね。知らない人が玄関ドアから中まで入ってくることはありませんし、出入りがしやすいからかえって開放的な方が良いかなと思います」
ご主人も頷いている。
「少し漠然とした質問ですが、新しい住まいについてどんな風景をイメージしていますか」
奥さんは少し考えて静かに答えてくれる。
「今使っている家具やカーテンなどの色々なものは、このマンションを買って住み始めた時に、元々の床の色や、ドアの色に合わせて決めたものだから、今のこのテイストがすごく好きと言うわけじゃないんです。他のものははっきり言えば行き当たりばったりで買ってしまったものもあります。それに、ここ数年はリノベーションをしたいと考えていたから、家具や収納も良い物や欲しい物を買うことをなんとなく我慢していました。」
ご主人は腕を組んで斜め上を眺めて考えていたけど、奥さんが話し始めたら頷きながら聞いている。
「ですので、この今の家の状態を見てイメージして欲しくないです。でも自分たちだけでHデザインの事例のような素敵な感じにする自信はないので、基本的にはお二人にお任せしたいし、色々教えて欲しいと思っています。家具や照明なども全て変えたいと思っていますので、できれば提案してほしいのですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」と頷くと奥さんは安心したように微笑んで言葉を続ける。
「今は色々なものがリビングでもキッチンでもたくさん表に出てしまっているけど、本当は全て収納して見えなくしたいと思っています。もちろん物は整理して少なくするつもりです。それから、友達などのお客さんを招くのが好きだから、お店じゃないけどおもてなしするような、そんな雰囲気も加えてほしいです」
室内を採寸していた時に見かけたアート作品や美術関係の書籍について話を振ってみる。
「ギャラリーの展示会や美術館に行くのが好きで、旅行に行く理由も地方の美術館に行くためだったりするんです」
それはかなり物を見る目が養われているのではないだろうか。今まで訪れた中で気に入った場所を尋ねてみると、Pさんはタブレットを持ってきていくつかインテリアの写真を見せてくれた。旅先のカフェやホテル、美術館での一コマでPさんが撮影したもののようだ。それぞれの写真の場所やどのあたりに良い印象を持ったのかを質問し、写真のデータを後で送ってもらうことにした。
「作品や空間を鑑賞するのと自分の家をおしゃれにするのは別物だったんだよね。今まで自分の家の参考にしようなんて思いもぜず、そう言う目で見ていなかったから、なんか勿体無いことをしていたなと思うよ」とご主人。「これからは違うと思うけど」
確かにどのように意識をするか、どこにフォーカスするかで物の見方、印象、受け取る情報は変わる。Pさんはすでに目が肥えているから今後はガラッと変わるだろう。私たちも頑張らないといけない。
ヒアリングはこれで終了。プランに関してはあまり具体的な要望を聞かないことにしている。聞いてしまうと検討時に発想が縛られて、アイディアの幅が狭まってしまう感じがする。打ち合わせが始まればもっと細かなヒアリングをすることになるから、プランニング前としてはこれで十分。
話が終わったことに気づいたのか、Sが起き上がってプルプルしながらダウンドッグとアップドックのポーズをしている。
最後に次回のプレゼンテーションの日程を決め、長い時間がかかったことのお詫びとお礼をしてPさんの家を出る。Pさんは何度もお礼を言ってくれて、Sも尻尾を振って見送ってくれた。
エレベーターに乗り、ドアが閉まって、ふぅと一息つく。長い訪問だった。とっくにお昼を過ぎてしまっている。
少し離れたコインパーキングに向かう途中、素敵な雰囲気のお店が目に入った。洋食のお惣菜が並んでいるデリで、ワインも少し売っているみたいだ。お腹すいたね。今日は疲れたし、ここで買って帰って早めの夕食にするのが良いかも。ちょっと寄って行こうか。
もう今日の仕事はお終い。
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やっと訪問の一日が終わりました。
大変だけど情報収集のための大切な訪問です。ヒアリングの内容はきちんとメモをとりながら話をしていますが、そろそろAIに任せたいなと思っています。
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