ロジックモデルと成果指標について(1)

 多くの日本企業の統合報告書では、ロジックモデルを用いた価値創造プロセスが示されることが多いです。アウトプットとかアウトカムといった表現で項目が区分されます。また、それぞれの進捗状況が成果指標(KPI)とともに報告されます。ここでのロジックモデルとはいったい何なのか、成果指標としてどういったものがあるのかについて、前半と後半の2回に分けて説明します。

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 ロジックモデルとは、1970年代にアメリカで政策評価の理論的手法として開発されたものです。アメリカの国際開発庁(USAID)はロジカル・フレームワーク(ログフレーム)と呼ばれる手法を用いて開発協力プロジェクトの設計を行ってきましたが、これはロジックモデルの一つの応用形態であるといわれます。日本では、ログフレームが国際協力プロジェクトの形成や進捗管理のために使われました。その後、2000年代に入ると、日本政府や地方自治体に於いても政策の企画立案や評価の手法として注目を集めるようになります。

 近年は、冒頭で述べたとおり、民間企業が作成する統合報告書の中で、価値創造のプロセスを示すためにロジックモデルが多く使われています。その切掛けになったのは、2013年に公開された「国際統合報告フレームワーク」です。企業の長期にわたる価値創造を、ロジックモデルにそって描くことが、このフレームワークで求められています。

 ロジックモデルとは、資源の投入、政策や事業活動の実行から、その成果が発現するまでの論理的過程を描くものです。政策や事業活動を通じて、最終的に目指す変化・効果を発現させるための設計図でもあります。例えば、「少子化の抑制」という社会変化を最終的に目指している場合、何の資源を投入して、どういった活動を実行し、どのようなサービス等を提供することが、「少子化の抑制」に繋がるかの因果関係を検討します。そして、これを図示するのがロジックモデルになります。

 モデルを構成する要素は以下の四つです。
 ・インプット(投入):事業活動(諸活動)等を行うために使う資源(ヒト・モノ・カネ)
 ・アクティビティ(活動):モノ・サービスを提供するために行う諸活動
 ・アウトプット(産出):事業活動によって提供されるモノ・サービス
 ・アウトカム(成果):事業活動を通じて生み出すことを目的としている変化・効果

 なお、アウトカムは、事業活動を通じて比較的短期間で直接的に生み出されるものと、変化の発現までに時間を要する、あるいは変化の発現が直接的でないものに区別されることがあります。その場合、前者は直接的アウトカム、後者は中間的アウトカム、最終アウトカム、あるいはインパクト(影響)と表記されます。ただ、インパクトは研究者や金融機関等によって別の意味でも使われるので注意が必要です。

 インプット(投入)→アクティビティ(活動)→アウトプット(産出)→アウトカム(成果)

 この四つ構成要素のうち、インプット(投入)は活動に必要な「ヒト・モノ・カネ」の資源のことであり、わかりやすいです。民間企業であれば、人材や設備、資金/資本がこれに相当します。アクティビティ(活動)についても概念は明確であり、民間企業の場合は事業活動全般がこれにあたります。営利的な活動に限られず、例えば産休・育休の提供や社員研修の実施といった社内の取り組みや、社外の取引先への技術支援といった非営利の活動もこれに含まれます。

 一方、アウトプット(産出)とアウトカム(成果)については、それぞれ何が該当するのか少しわかりにくいです。「国際統合報告フレームワーク」においても、2021年の改訂版の中で、アウトプットとアウトカムの違いについて、自動車産業を事例に改めて解説しています。(※1)

 前述のように、アウトプットとは「事業活動によって提供されるモノ・サービス」であり、自動車メーカーであれば、当然ながら自動車が主なアウトプットになります。アウトカムとは「事業活動を通じて生み出すことを目的としている変化・効果」であり、自動車メーカーの場合は、自動車を生産することで発現する企業内外の変化がこれにあたります。例えば、自社や関連企業の利益の増加、顧客のモビリティの向上、物流の促進等でしょう。アウトカムは良いことばかりではなく、負の側面もありえます。自動車数の増加による温室効果ガスの排出、交通事故の発生といった事態が負のアウトカムとなります。

<自動車メーカーの事例>
アウトプット:自動車
アウトカム(正):利益の増加、顧客のモビリティの向上、物流の促進
アウトカム(負):温室効果ガス排出、交通事故発生

 このアウトプットとアウトカムの違いについて、もう一つの例として「SDGコンパス―SDGs の企業行動指針」で使われているロジックモデル(※2)をご紹介します。ある製薬企業が開発途上国の住民に向けて、浄水用の錠剤を開発し、これを製品として販売している、とします。この場合、アウトプットは浄水用の錠剤となります。この錠剤を使って対象とする人々に現れた変化がアウトカムであるため、この錠剤を使った生活用水の浄化がアウトカムに相当します。さらに、水の浄化により水系感染症発生率が低下することになれば、これが最終アウトカム、あるいはインパクト(影響)と見なされることになります。

<製薬メーカーの事例>
アウトプット:浄水用錠剤
アウトカム(正):生活用水の浄化、水系感染症の低下

 ここでの留意点は、アウトカムは必ずしも企業の事業活動だけの影響で発現されるものでは無いということです。対象とする人々や社会にどのような変化が引き起こされるかは、様々な外部要因に影響されます。たとえば浄水用錠剤のケースでは、いくら錠剤の生産量や販売量を増やしても、何らかの事情で家庭内での使用が適切でなければ生活用水の浄化にはつながりません。また、水系感染症の発生は生活用水の汚染状況以外にも、様々な要因があるでしょう。

 アウトプットの量はインプットの量を変えることで、企業が調整することができます。しかしアウトカムの量は、必ずしも企業が事業活動を通じてコントロールすることはできません。アウトカムの変化を測るためには、指標を設定して定期的にモニタリングすることになりますが、その結果を解釈するにあたり、この点に注意が必要です。


(※1)p43, “International <IR> Framework”, January 2021, IIRC
(※2)p14, 「SDGコンパス- SDGsの企業行動指針」、GRI, UNGC, WBCSD

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 次回はアウトプットとアウトカムの変化を測る成果指標について解説します。

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